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Double.第五部  作者: Reliah
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4.戸惑いと疑念



 ――あの男!


 まぶしさにくらくらとした頭を押さえ、女は舌打ちする。愛用の斧で煌々と輝く光を遮りつつ、ドアを開こうとするも――どんな方法を使ったのか、それなりに腕っ節に自信のある自分でも開きやしない。建てつけが悪いとかいう理由ではなく、どうやら何か「仕掛けて」あるらしい。体当たりで破るという事も出来たが、そんな無意味な労力を使うよりは――

「窓から出るよ!」


 既に復帰し、先程の代行対象が放った光をかき消していたマリウスに怒鳴りつける。こいつさえ情に絆されていなければ、せっかくの獲物を「浄化」出来たのに――半ば責任を彼に押し付け、開けもせずに窓ガラスを割って外に飛び降りる――破片が通行人に降り注いだが、このくらい気にするほどでもない。

 着地してあたりを見渡すと、緑色の何かが路地裏にさっと入っていく所が垣間見える。後に続いてきたマリウスは無視して、そのまま追いかけた。


 路地裏に入れば、また緑が角を曲がって消える。片方の足が遅いのかもしれない、彼らにそんなに大したスピードは無い。これならば追い付くのも時間の問題と、背後にしっかりついてきていたマリウスを振り返った。

「し、シトリー?」

「クライスト側に抜けるために、必ず正門に出るはずだ。あんたは先回り、あたしは奴らを追い回す――次はヘマをするんじゃないよ」


 ぎろりと睨みつければ、マリウスはこくこくと頷いて身を翻す。こんな路地裏を通るよりも、大通りから正門へ向かった方がはるかに速いのは誰にでも解る。しかしながら追いかけている連中がそうしなかったのは、大通りを走りまわれば目立つうえに追いつかれやすいからだろう。

「ほんとに大丈夫かね、あいつ……」


 今更ながらに心配になる。そして、いつもと印象が違うマリウスに対する疑念――自分がいらついているせいかもしれないが、何か疑わしい。だが、今はあの二人を追いかけるべきだろう。なんなら、意地でも追いついて先に代行してやればいい。無理に納得し、シトリーは緑の影を追いかけた。






 ドアに仕掛けた陣はあまり意味がなかったどころか、路地に入ろうと瞬間聞こえたガラスの破壊音――それで、逆効果だったかと舌打ちする。単純に窓から出る方が、着地さえできれば移動は早い。仮にも代行者である彼らが、そんな事すらできない間抜けなはずがない――開けられない窓をぶち破るとは思わなかったのが失敗だったか。

 程なく、殺気が背中を焼くようにじわじわと追いかけてきた。この気配は、恐らくあの金髪の女の方か――

 イオンが居る時点で二手に分かれるという方法は、選択肢に入っていない。脚が遅い上、一人で逃げるなどこの少年には不可能だ。どこかで泣いているうちに殺されかねない。


 結局引っ張るように走るが、イオンはすでに息を切らしている。このままでは、追いつかれるのも時間の問題――

「――イオン、俺が抱えて走ればお前、魔術が使えるよな?」

「……、は、はい」

 自分の体力が少々心配だが、シャインは思い切ってイオンを抱えあげる。驚いた様子で返事を返す少年に、問答無用で「デカイの一発お見舞いしてやれ」と囁いた。

 シャインには、イオンが扱うような強力な言霊は到底扱う事が出来ない。秘めている魔力の違いも関係するが、そもそもの性質が影響しているようにも思える。

 そのため体力のないイオンに変わり、自分がおとりになって彼に詠唱の時間を与える――そんな戦法ばかりが板についてきた。


「わかりました――」

 やや気が進まない様子ながらも、イオンは軽く息を吸い込んで長い呪文を詠唱し始める。先程よりは若干走る速度が遅くなったものの、まだ追いつかれるような距離ではない。程なく、頭上で魔力のうねりが増大する気配を感じ取る。


「――天空の使者の剣よ!」


 言霊が放たれた瞬間、中空に幾つもの剣が召喚される。質量を持って地面に突き刺さっていくそれは、恐らく足止めも考えているのだろう。ちらりと振り返れば、剣の向こうで女が斧を振るっている――が、言霊で異界から召喚された剣がそうそう簡単に折れるはずもない。数時間もすれば剣自体は消えるが、良い足止めになってくれているようだ。

「よし――このまま正門まで出るぞ。お前は引き続き後ろを注意してろ」


 若干息が切れてきたものの、これならば余裕で逃げ切る事が出来る――安堵して、ペースを保ったまま走り続けた。





「……気が進まないな」

 誰もいないレディエンスの正門前。そこでぼんやりと立ったまま青年は呟いた。

 先回りして、あのドライアドの生き残りを挟み撃ちに――そう言ってシトリーと別れたは良いが、ゆっくり走ったつもりなのに随分と早く辿り着いた。既にあの二人が逃げ出した後であると思いたいが、距離からしてそんな事は不可能だ。そして、あの二人もシトリーも帰りが遅い――

 もしかすると、シトリーは既にあの二人に追いついて代行を完了させたのかもしれない。それならばそれで、あの緑の澄んだ瞳を見ずに済むから、ありがたいことだ――。


 イオンと名乗ったあの少女は、どうしてかマリウスにとって「近寄ってはいけない」雰囲気を持っていた。

 人懐っこい笑顔と子供っぽい無邪気さに触れた事があまりなかったからだろうか。あれを自分の手で壊せば、何かとても悪い事をしたような――そんな気持ちになってしまいそうで。


 人の命を絶つことなんて今までたくさんやってきたのに、どうしてあの少女に対してだけあんなにも心揺れてしまうのだろうか。

 いっそもう、目の前に現れないでいてほしい。あの緑の瞳に惑わされるのはもうたくさんだ――

 そう思ったのに、現実は残酷である。


「――やっぱり、先回りしてやがったか」


 聞き覚えのある男の声。見上げればそこに、緑の髪の青年と、少女が立っていた。



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