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Double.第五部  作者: Reliah
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2.旅商人の憂鬱



「――相変わらず殺気立ってやがるな」


 開口一番そんな台詞が出るのもどうかと思うが、それ以上にそう言わざるを得ない街並みもどうかと思う。溜息を吐いて、シャインは重い荷物を抱え直す。

 傍らで大きなリュックを背負った相方に同意を求めれば、自分よりかなり背の低い相手は小さく頷いた。


 はたから見れば、十五、六歳ほどの幼い娘。ゆるくウェーブのかかった草色の髪に、薔薇で飾られたヘアバンドが良く似合う。

 本来ならその下には、少女らしいキュートなワンピースがあるはずだ。しかしあまりに寒いため、茶色のローブをしっかりと着込んでいる。

 シャインも着込んでいるそのローブは、クライスト領にある商業都市レディエンスに存在する商人ギルドの支給品だった。つまり、このローブは二人がギルドに所属している事を示しており、商人であることを裏付ける要素だった。


 商業都市ネクロミリアで認定を受けている商人たちは、世界中のギルド支部でサポートを受ける事が出来る。それ以上に商売に対する信頼が非常に高く、茶色いローブを着ている商人は一種のブランドであった。

 ギルドで支給されるローブは、どんな環境にでも適応できる、通気性も保温性も良い素材で作られている。故に、旅商人などでこのローブを着て出歩く人間は非常に多かった。


「以前来た時以上に、街全体がピリピリしている気がします」


 大きな瞳を伏せ目がちにしながら、相方が呟いた。少女とも少年とも取れない中性的な声は、この街を拒絶しているかのように重たかった。

「――イオン、下向くな」

 ぼそりと、相方の名を呼ぶ。下を向いて歩いていると、この国――レディエンスではいつ何が起こるか解らない。いきなり代行者の標的にされたり、神の代行の現場にぶち当たったり、そんな事はざらにあるのだ。慌てて顔を上げたイオンに、苦笑して軽く頭を撫でてやった。


 神の代行とは、この国――レディエンスでもっとも有名な習わしの一つだった。とはいっても褒められるような代物ではなく、簡単に言えば国家ぐるみの殺人奨励政策だ。

 レディエンスでは、不老不死や人間以上の力を持つ者は汚れた者として扱われていた。現状冷戦状態となっているクライストとは全く反対のその思想から、クライストは平和の国、レディエンスは混沌の国とも呼ばれている。


 シャインもイオンも、そのレディエンスの制度が好きではない――というより、大嫌いの部類に入っていた。疑わしきは罰せよというスタイルで、近年のレディエンスの「代行」には見境が全くない。数十年の間に激化していった神の代行のせいで、レディエンスはもとよりクライスト側のいくつかの「疑わしい」街や集落も、一瞬にして滅んでしまった。

 その中には、最近まで二人が出入りしていた街や取引先も多分に含まれていた。知り合いのいる集落さえあった。長いこと旅をしていた二人にとって、取引先も友人すらも奪っていく神の代行は――そのものが悪なのだ。イオンがこの街を良く思わない気持ちも、シャインには痛いほど理解できるのだった。


「数日だ。取引先に荷物を置いて、さっさとクライスト領のほうに戻っちまおう」


 宥めるように呟けば、ローブの裾をぎゅっと握られた。甘えん坊な相方を引きずるように歩き、まずは宿を探そうと地図を見た。






 宿に荷物を下ろし、二人は溜息を吐く。適当に見つけた安宿だが、無いよりはまし――が、数日はぐっすり眠れそうもない。なぜならここは、レディエンスのど真ん中。旅人から金品を巻き上げる宿なんかざらにあるし、隣の部屋の客が襲ってくるなんて事もある。何度か訪れて経験している事なだけに、安心には程遠い。

 街自体の雰囲気も、この街は何もかもが常識で考える事が出来ない。というよりは、「良識」で考えられないのだが。


 落とした財布がどうなるか。大抵戻ってくるのがクライストだとすれば、絶対戻ってこないのがレディエンスだ。どのくらい治安に差があるかは、歴然だった。


「……しかし、寒いな」


 とはいえ、夕方に差し掛かる程度のこの時間では主に神経が向かう先は「寒さ」だ。北国ならではの寒さだが、良く考えてほしい――この国は、クライストとの国境からさほど離れていない地域にあるのだ。直前に通って来た国境沿いの村は、陽光に包まれ風が吹き抜ける穏やかな村だったというのに。――娼婦まがいのスリはいたが。

 最近のレディエンスは、気候が目まぐるしく変化しているという話だ。寒暖の差がとてつもなく、昨日は猛暑で今日は雪……なんて事もよくある。

 一体どうしてそこまでの異常気象に見舞われるのか謎だが、クライスト領に入るとそう言った異常気象はいきなり成りを潜めてしまう。


 そのせいか、レディエンスは呪われたんだとか、神の怒りにふれたのだという噂がまことしやかに流れている。それも納得できない話ではないから余計に困るが。


「コーンポタージュ、飲みますか?」


 寒さに震えて毛布をかぶると、ローブを羽織ったままのイオンが首を傾げた。外では前を締めていたが、窮屈なのだろう。若干開いたローブの奥には、フリルで飾られたワンピースが垣間見える。

 ――これが男なんだから勿体無いよな。


 ぼんやり考えて、シャインは小さく頷いた。ひらひら舞うスカートの下には実はロマンも何もありゃしない。深い深い理由であんな格好をさせているが、本人が文句を言った事は一度だってない。というよりは、あの姿でいる方が何故か彼らしいと思うようになってしまった。まあ、あの童顔で愛らしい外見に惹かれてホイホイと買い物をしていく人間が多いせいか、今となってはイオンのあの姿は貴重な商売道具だ。


 シャインが頷いたのを確認すると、イオンは微笑みながら、宿に備え付けの簡素なキッチンに駆けて行く。レディエンスでは毒殺なんて事も日常茶飯事なせいか、安宿にキッチンがあるくらいは当たり前だった。自分で作ったものを口にしたいという旅人の方がはるかに多いからだ。

 勿論、頼めばあまり美味しいと言えない料理が出てくるが、それを頼んだ事は一度もない。


 程なくして、キッチンから良い匂いが漂ってくる。甘ったるいが、温かい匂い。火を使っているせいか少しだけ、部屋も暖かくなり始めているようだった。

「――はい、どうぞ」

 温かい液体が入ったマグカップが差し出される。たっぷりとコーンの入ったポタージュは、凍えた体を温めるには最適すぎる。丁度腹も空きはじめていたせいか、甘い匂いが食欲をかきたてる。

 渡されたスプーンで中身をかき混ぜ、口をつける。熱くて火傷しそうな程のそれは、冷えた体にはちょうど良かった。


「ん、美味い」


 半分くらい「飲む」ではなく「食べる」ものだったが、美味しければ問題は無い。暫し温かいそれに舌鼓をうっていると、不意に冷たい風が吹き抜けた。

「――え?」

 見上げるとそこに、見知らぬ人物の影。――赤い瞳が、睨むでもなくこちらを見つめていた。




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