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Double.第五部  作者: Reliah
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12.アンドロマリウス



 激痛とも思える痛みが肩を襲い、マリウスは確かな手応えの残る鞭を掴んだまま視線を横に滑らせる。肩口に深く食い込んだ痛みの正体は、小さな短刀――前を見れば、シトリーが同じものを手にして立っていた。その反対の斧を持つ腕は、マリウスの鞭によって封じられている。

「そんな戦法、いつ覚えたの」

「さてね――」


 薄ら笑いを浮かべて尋ねれば、シトリーは残っていた短刀を自らの腕に絡む鞭にあてがう。が、鉄鎖の仕込まれた鞭がそうそう切れるはずがない。

 ものは試しでそういう行動に出たのだろうが、斧でもなければ断ち切れないとすぐに理解したらしい。すぐに、腕を下してこちらを見た。

「――一つ失敗したね、シトリー。私に痛みを与えたって、意味はない」


 肩に突き刺さる短刀を引き抜いて、マリウスは鞭を強く引く。動けないほどに締めあげられた腕をさらに締め付けられ、シトリーの表情が歪む。――普通の人間なら、悲鳴くらい上げていただろう。そのくらい容赦はしていない。

「――帰って、主様に全部伝えると良い。私は逃げも隠れもしない」

 笑みを浮かべたまま、マリウスは鞭を軽く振るい拘束を解く。その瞬間、シトリーは短刀を投げ捨て斧を振り上げた。


 地面に、斧が深々と食い込む。すぐさま飛びのいたが、あのまま避けなければマリウスは頭から二つに分かたれていただろう。シトリーの放つ一撃は、そのくらいの威力は十分に有している。

「……覚悟しとけよ、てめーも不老不死だ。離反したなら、代行者から常に狙われてると思え」


 鋭い青の瞳が、マリウスを睨みつける。そして、地面から斧を引き抜いて肩に引っ掛けた。

「手配書もご自由に。そうそう簡単に始末できると思わない事だよ」

 笑顔で答えれば、シトリーはじっとりとこちらを睨みつけた後――身を翻し、闇に消えた。


「……やっと帰ってくれたか」

 溜息を吐いて、マリウスは振り返る。その瞬間、腹に何かが思いっきりぶつかった。

 驚いて見れば、ふわふわの緑色がしっかりと自分に抱きついている。震えながら背中に回される細い腕に、マリウスはほんの少し困り顔で俯いた。





 巻き直した上にさらに増えた包帯の上から手を触れ、イオンが癒しの言霊を詠唱する。静かにそれを見守りながら、狭い民家のテーブルに全員が集まっている。

 改めてみれば、顔見知りが多い。自分の代行対象だったイオンとシャインに始まり、何のつもりかは知らないが付いてきて、結局シトリーに弁解できぬまま残っているガーランド。そしてつい先日、代行の警告が出ていたサンジェルマン・ロジェ伯爵。唯一見知らぬ存在は、クレアと名乗った眼鏡の少年のみだ。

 イオンの詠唱が終わり、沈黙が訪れた。そして、まだ自分が一番面識のない人物――クレアが、真っ先に口を開く。


「君達二人は、軍に拘束されることになる」


 懐から小さな短剣を出し、クレアはそれをテーブルに置く。鳩の紋章が彫られた短剣は、彼が軍人である事を示していた。

 当然の結果か、思いながらマリウスは頷いた。そもそも、こうして彼らが自分の治療にあたってくれたのも、刑罰を与えないうちに罪人を死なせてはいけないから、それだけのことだ。生死を問わずその場で罪人を裁くような国は、レディエンスくらいのものだった。

「とはいえ、先程の事を見ていなかったわけでもないから、少々困っています。その子にも、見逃してほしいと頼まれていましてね」


 マリウスの予想に反し、クレアは困ったように頬を掻く。どこか少年らしい部分と大人びた部分を併せ持つ彼が、そこまで厳しい人間ではないという事は理解できた。

 クレアの言うその子、とは、不安そうに隣に座っているイオンの事だろう。というよりも、この場で自分をそんなふうに庇ってくれる相手など、イオン以外にいるはずもない。その兄であるシャインや、クレアの隣にいるサンジェルマンに至っては未だに自分を警戒している。

「彼は八百年あまり、ルシオンの部下として働いていた人物です。信用、出来るかは解りませんねぇ」


 サンジェルマンが腕を組んだまま、こちらを見つめる。相変わらず、長く伸ばされた前髪のせいで思考は読み取れない。以前城に召喚された時も同じように何を考えているかは知れなかったが、相変わらずのようだ。

 とはいえ顔を知っているという程度で、親しいわけでもないサンジェルマンが自分の事をよく知っている事には驚いた。だがレディエンスには民間の諜報機関も多く、かつクライストとは反対にトップの人間の露出は多い。この程度の情報なら、どこかで小耳にはさむなりして知っていてもおかしくはない。


「処遇は任せるよ。少なくとも犯した罪は事実だからね」


 数百年に渡り代行者として生きてきたマリウスには、一つも言い訳できる事はない。その中には、今回だけでなくクライスト領で実行した任務も数多く存在する。

 隣で心配そうにこちらを見つめるイオンには悪いが、罪人である自分が彼女の傍に居ていいはずもない。


「君は、ルシオンの部下――だったね」


 若干真剣な表情で、クレアは改めて問う。小さく頷けば、眼鏡の下の緑色の瞳が細められる。

「少なくとも、クライストとしては君には十分な『利用価値』がある。そのあたりも踏まえて、今すぐに結論は出せない。そっちの……ガーランド君にも言えることだけれどね」

 両手を顔の傍で組み、クレアは改めて一同を見渡す。それから、今度はイオンとシャインに視線を投げた。


「そちらの二人も、代行者に狙われているのなら一度国の保護を受けた方が良い。シャインさんは随分腕が立つようだから、代行者二人を連行する『護衛』として、雇っても構わないですよ。勿論、報酬も出しましょう」

 クレアの提案は、それそのものがほぼ「命令」に近い。彼としては、職務を事務的にこなしているだけなのであろう。そして、わざわざ捨て置いてもいいはずのシャインを名目上の護衛として雇う意図は、別の所にある。そうでなければ、軍人である彼がそんな無駄な事をするはずがない。


「……どうせ、イオンはそいつから離れたがらないだろうしな。面倒だが、その話には乗らせてもらう」

 こいつのせいで、取引先との約束もすっぽかしたしな――そう言って、シャインはマリウスを軽く睨む。そういえば彼らが宿を逃げる時、何か荷物を忘れて行っていた気がする。あれは、彼らの商売道具だったのだろう。

 ごめんと呟けば、イオンがほんの少し頭を垂れる。一緒になって落ち込む必要などないのに、変わった子である。


「なら、明日からクライストに向けて出発してもよろしいでしょうか」

「はぁ……いきなり大所帯ですねぇ……」


 にこりと微笑んで首をかしげるクレアの、その隣で深いため息が聞こえた。




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