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第91話 収穫祭



 落ち葉の甘い香りを含んだ風が吹き抜け、木漏れ日が踊る中庭。


 真剣な顔をしたマノンが、滔々と言葉を紡ぐ。


「ロクさまは救世の運命を担った勇者さまであり、私たちはロクさまにお仕えする神姫。世界の平和を守るために、そして魔王を倒すために、戦いはより苛烈になります。強大な敵と戦い抜き、打ち勝つためには、精をつけなければなりません。と、いうわけで」


 手を合わせてにっこりと笑う。


「カヅノ後宮慰労会および決起会を、ここに開催します!」


 姫たちから華やかな歓声が上がる。


 秋色に色づいた中庭は、お祭りのように飾り付けられていた。

 生け垣は色とりどりのモールで彩られ、噴水には花びらが浮かんでいる。

 そこかしこに設置されたテーブルには、目にも鮮やかな料理やドリンクが並んでいた。


「これはすごいな」


 華やかな光景に思わず呟く。


 ここのところ、相次ぐダンジョン攻略に情報収集と、慌ただしい日々が続いている。

 そこで決戦に向けて英気を養おうと、後宮総出で宴を開くことにしたのだ。


「今日のテーマは|ハーヴェスト・フェスティバル《収穫祭》。姫たちの出身地のお料理を取りそろえました。豊かな秋の味覚を、どうぞご賞味ください」


 宮女たちが奏でる軽やかな音楽に、心が浮き立つ。

 それぞれの故郷に伝わる衣装に身を包んだ姫たちや厨房番(キッチンメイド)が、張り切って大陸各地の伝統料理を取り分けてくれた。


「ロクさま、こちらわたしの故郷の料理で、ヤギのミートパイです。いかがですか?」

「ロクさまは辛いものはお好きですか? この鶏肉、スパイスが効いててとっても美味ですよ~!」

「あ、あの、よろしければ、パエリアもご賞味ください。新鮮な魚介が手に入りましたので……」

「まあまあ、そんなにたくさん。ロクさま、どうぞご無理はなさらず」

「大丈夫だよ。ありがとう、どれもすごく美味しいよ」


 姫たちが育った味に舌鼓を打ちながら、家族の思い出や郷里の話に花が咲く。


「ナターシャ、ご家族は元気か?」

「はい。この間手紙が届いて。相変わらず弟たちに手を焼いてるみたいですが、元気にやっていると」

「それは良かった。プリシラは? この間、里帰りしたんだよな?」

「おかげさまで、みんな元気でした~! (パピタロ)がすっごく大きくなっててびっくりしました! ロクさまも今度見にいらしてください~!」

「ああ。健やかに育ってるみたいで何よりだ、会える日を楽しみにしてるよ」


 姫たちと会話を交わしながら中庭の一角に目を移す。

 なにやら真剣な顔をしたリゼが、エプロンをしたシャロットに「いいですか、シャロット。『おひとついかがですか?』ですよ」と言い聞かせていた。


 しばらくして、シャロットが緊張した面持ちでやってきた。


「ロクにいさま、おひとついかがですか?」


 差し出されたお皿には、可愛らしいパンが乗っていた。

 遠くでリゼがはらはらと見守っている。


「ありがとう、いただきます」


 小さなパンを口に運ぶ。

 干し葡萄とくるみが入っていて、優しい甘さがふわりとほどけた。

 口に広がる香ばしくてふくよかな風味に「おお」と目をみはる。


「シャロットが作ったのか?」

「は、はいっ! ベイフォルン家に伝わるレシピでつくりました!」

「すごくおいしいよ。シャロットはパンを焼くのが上手なんだな」


 頭を撫でると、シャロットの顔がぱああっと輝いた。

 嬉しそうな表情に笑って、ふとテーブルの一角に目を遣る。


「あれは?」


 嬉しそうに胸をなで下ろしているリゼの隣、パンが山盛りになっていた。


 シャロットが恥ずかしそうに俯いた。


「あ、あの、ロクにいさまに、たくさんめしあがっていただきたくて……はりきって作ったら、ちょっぴり焦がして、しまって……」


 立ち上がって近寄り、ひとつ取ってみる。

 なるほど、たしかに少しだけ焦げているが……


 ぱくりと頬張ると、シャロットが「ろ、ロクにいさま!」と慌てた。


「だめです、にがいです! ぺっしてください!」

「大丈夫、美味しいよ。もっともらってもいいかな?」


 笑いかけると、シャロットは真っ赤になり、ぎゅっと両手を握りしめて頷いた。


 リゼが「ろ、ロクさま、どうぞご無理はなさらず……!」と心配そうにしているが、俺は満を持して『大鹿の首』ギルドで得た『大食(グラトニー)』スキルを発動した。


 パンを味わいながら、食べる端から魔力に変換していく。

 もともと魔力は錬成できるのであまり効果はないが、みんなの手料理や美味しいものを無限に食べられるというのはすごく良い。


 焦げたパンをぱくぱくと食べていく俺を、リゼとシャロットは頬を染めて見上げていた。


 そうこうしている内にも、豪華な料理が次々と運ばれてくる。


「まあ、良い食べっぷり。ほれぼれしてしまいます」

「男性がたくさん食べるお姿って、なんだかときめいちゃいますよね~!」

「ええ。それに、ロクさまは所作がお美しく、いつもお上品に召し上がってくださいますので、厨房番冥利に尽きます」


 うちの姫たちは全員褒めて伸ばすタイプなのか、普通に食べているだけでちやほやしてくれる。嬉しいが、ちょっと照れる。


「ありがとう、どれも美味しいよ」


 心から感謝を告げると、少女たちは嬉しそうに笑った。


 忙しない日々に訪れた久々の休息日、姫たちもリラックスした様子でボードゲームをしたり、ボール遊びをして過ごしている。


 日が傾き始めた頃、リゼが「湯浴みの準備を整えてまいりますね!」と告げて、半数ほどが姿を消した。


「ねー、ロクちゃん! これ食べた!? 北方の珍しいフルーツだって! はい、あーん」

「ロクにいさま、ティーケーキはいかがですか? シャロも作るのをお手伝いしました」

「ロク。これ、どうやって食べるの? おしえてほしい」


 ティティたちとデザートを摘まみながらのんびり過ごしていると、リゼが呼びに来た。


「ロクさま、お待たせいたしました! 湯殿の準備が整いました!」

「ありがとう」


 シャロットとティティ、サーニャに見送られて、中庭を後にする。


 こんな早い時間からお風呂に入るのは久しぶりだ。ゆっくり湯船に浸かろう。


 そう思いながら男湯へ向かおうとすると、リゼがそっと腕を引いた。


「今宵はこちらへ」

「?」


 不思議に思いながら連れて行かれた先は、姫湯――女湯だった。











いつも温かい応援ありがとうございます。

久々の日常パートです。


もしよろしければ、評価等していただけますと今後の励みになります。

どうぞよろしくお願いいたします。


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