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第79話 アザレア部隊を奪還せよ


 冷たく乾いた風が身に染みる。


「近隣の町に被害がなくて良かったです。けれど、魔王への手がかりは得られませんでしたね」


 後宮の門をくぐって、リゼが肩を落とした。

 他の姫たちも落胆している。


 十人のパーティーを組んだ俺たちは、西の国境付近に発生したというダンジョン攻略を終え、長旅から帰ってきたところだった。


 今回のダンジョンは急速に成長したとのことで、魔族絡みかもしれないという噂もあったが、空振りだった。


 魔王を倒すと決意を固めたものの、瘴気の巣を払う手立てがないことには肉薄する術がない。今はビビの言う通り、ダンジョン攻略や魔物の制圧を続けつつ、並行して魔族の情報を集め、手がかりを探していこう。


「王宮からも、何か新しい情報があれば報告してくれる。俺たちは今まで通り、出来ることをひとつずつやっていこう」

「「「「はいっ!」」」」


 俺は、声を弾ませる姫たちに目を細め――立ち止まる。

 後宮が慌ただしい。

 硬い表情をしたマノンが駆け寄ってきた。


「ロクさま。今、ちょうど使いを送ろうとしたところで」

「何かあったのか?」

「アザレア部隊が消息を絶ちました」

「……!」


 リゼたちが息を呑む。


 アザレア部隊はフェリスとサーニャを中心に編成した、機動力と攻撃力に特化した総勢二十人の混成部隊だ。

 三日前、旅先で「王都から東のパティルという町の付近に、新たなダンジョンが発生した」と連絡を受け、アザレア部隊に向かってもらったのだ。


「ダンジョン踏破の報告はあったのですが、直後から定時連絡が途絶えました」


 アザレア部隊は発足以来、破竹の勢いで魔物を制圧し、既に3つのダンジョンを攻略している。実力は折り紙付きだ。ダンジョン踏破後に消息を絶ったのなら、何らかの異常事態(トラブル)に巻き込まれたと見た方がいい。


 俺は旅から戻ったばかりの神姫たちを振り返った。


「ベル、コーデリア、プリシラは留守を頼む。リゼ、ティティ、戻ったばかりで悪いが、行けるか」


 リゼとティティが頬を引き締めて頷き、マノンが進み出る。


「私もご一緒いたします」

「助かるよ。出立は半刻後、街道を東に取ってパティルへ向かう――」

「ロクにいさま!」


 鈴を転がすような声に振り向く。

 シャロットが、今にも泣きそうな顔で立ち尽くしていた。


「シャロも、シャロも連れて行ってください……!」


 可憐な顔に浮かんだ悲痛な表情に、胸が痛む。

 フェリスとサーニャはシャロットをとても可愛がっていて、シャロットもよく懐いていた。心配でたまらないのだろう。


 震える小さな手を、リゼがそっと握った。


「シャロット。フェリスさまたちなら、きっと大丈夫よ。いい子だから、お留守番していてね」

「はい……」

「心配だと思うけど、俺たちに任せてくれ。無事に連れて帰るよ」


 頭を撫でると、シャロットは目を潤ませながらこくりと頷いた。


 半刻後、馬車で王都を出て、最後の報告があった街――パティルへ向かう。

 メンバーは俺とリゼ、ティティ、マノンだ。


「転送陣が使えたらひとっ飛びなのですが」


 街道を先を見つめながら、リゼがもどかしげに呟く。

 御者台のティティが「転送陣は、生き物は送れないからね」と手綱を握り締めた。


「情報収集をしながら向かおう。大丈夫、みんな無事だよ」


 不思議とそんな確信があった。フェリスたちと幾度となく通わせた魔力が物語っている。そう簡単に無力化されるようなフェリスたちではない。


 と、荷物を確認していたマノンが声を上げた。


「あら? こんな麻袋、積んだかしら?」

「ん?」


 立ち上がって覗き込む。

 小さな麻袋がもぞもぞと動き――


「ぷぁっ」


 シャロットが顔を出した。

 リゼが「シャロット!?」と目を丸くする。


 シャロットは驚く俺たちを見て、しょんぼりと肩を落とした。


「ごめんなさい。どうしても、ご一緒したくて……」


 叱られた子犬のような姿に、ふっと頬が緩む。


 俺はその頭を撫でた。


「みんなのことが心配だったんだよな」


 シャロットは魔族に攫われ、大切な人たちと何年も引き離されていた。同じ目に遭っているかもしれないフェリスたちを想えば、いてもたってもいられなかったのだろう。


「いいよ、一緒に行こう。初めての遠出だな」


 王都や近場の街に連れて行ったことはあるが、外泊は初めてだ。


 シャロットは「はいっ」と目を輝かせた。


 それにしても、見掛けによらずおてんばだ。


「やっぱり、リゼの妹だな」


 喉を鳴らして笑うと、リゼは「わ、私、麻袋に潜り込んだりしません!」と慌てていた。



:+:-・:+:-・:+:-・:+:-・:+:-・:+:-・:+:-・:+:-・:+:-




 街道を東に取って三日後、パティルの街に着いた。

 水路の発達した大きな街だ。東西を繋ぐ街道の要衝に位置し、商売で栄えているらしい。

 雑然とした賑わいが珍しいのか、シャロットはきょろきょろしている。


 聞き込みを開始してすぐ、近辺で冒険者が行方を眩ませる事件が相次いでいるという噂を耳にした。


「冒険者絡みなら、『大鹿(アクリス)の首』に行くといい。ギルドマスターのダイスは情報通だからな。気に入った相手になら教えてくれるさ」


 というわけで、俺たちはパティルの冒険者ギルド――『大鹿(アクリス)の首』の前に立っていた。


「まあ、立派な建物ですねぇ」


 重厚な入り口を見上げて、マノンが感嘆の声を上げる。


 冒険の拠点となるギルドは主要な街に置かれており、その近辺で活動する冒険者で構成されている。もちろん構成員(ギルドメンバー)以外の出入りも自由で、依頼を受けたり食事を取ったりでき、宿としての機能も備えているそうだ。


 みんな、ギルドに入るのは初めてだ。


 近くの金物屋の店主に聞いたところによると、「気のいい奴らばかりだよ」ということだが、果たして。


「いくぞ」


 リゼたちが緊張した面持ちで頷く。


 俺はゆっくりと扉を開き――ぎろりと剣呑な視線が俺たちを出迎えた。

 強面揃いの構成員(ギルドメンバー)を前に、小さく呟く。


「……なるほど、気のいい奴ら(・・・・・・)、ね」






いつも温かい応援ありがとうございます。


もしよろしければ、評価等していただけますと今後の励みになります。

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