表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

72/120

幕間1-1 勇者を救うもの

 後宮にシャロットという新たな仲間が加わり、賑やかな歓迎会が催された翌日。


 後宮はいつになく静まり返っていた。


 煌びやかな宮殿のそこかしこで、上擦った囁きが交わされる。


「ロクさまが倒れられたのですって?」

「たいしたことないとおっしゃっていたけれど、酷い顔色で……心配だわ」

「どうしよう、ロクさまに何かあったら、私……」


 敬愛する(あるじ)を襲った初めての不調に、姫たちの不安の声がさざ波のように広がっていた。



 ◆ ◆ ◆




「……ぅ……」


 俺はベッドに横になったまま低く呻いた。


 心臓が不穏に轟き、肺がぜいぜいとふいごのような音を立てる。


 原因は分かっている。

 魔族(ラムダ)の瘴気だ。


 魔族化されたシャロットを『反転(インバート)』で戻す際、大量の瘴気を取り込んだ。

 何かしらの影響は覚悟はしていたのだが、緊張が解けた今になって、一気に反動が来たらしい。


 魔術講座を中座した俺を、リゼたちはひどく心配してくれた。


「大丈夫、すぐに治るよ」と笑って自室に戻ったのだが、情けないことにベッドに倒れ込むなり一歩も動けなくなってしまった。


「何か、食べないと……」


 リゼが『御用があればすぐにお呼び下さい』と手渡してくれた呼び鈴を横目に、小さく呟く。


 魔力が生命の根幹である以上、体力を回復する――つまり、食べて眠るのが、今できる最良の対処法だ。

 とはいえ、倦怠感が酷くて食欲が湧かず、かといって眠ることもできず、呼吸を保つだけで精一杯だ。


「倒れている暇、ないのにな……」


 やることは山ほどある。国王から南方の遺跡調査の打診が来ているし、近々隣国の大公との謁見も控えている。魔術講座はもちろん大切な日課のひとつだし、次のダンジョン攻略のメンバーも決めなければならない。グロリアが魔術の不調が続いて悩んでいたし、プリシラはなかなか戦力になれないことを気に病んでいた。俺で力になれるなら、少しでも不安に寄り添いたい。


「早く、良くならなきゃ……」


 手のひらを見る。


 白銀の光の紋様――魔力回路が、力なく明滅した。


「ふー……」


 鉛のような重怠さを堪えて呼吸を繰り返すが、酷使された心臓が痛みを訴えるばかりで一向に回復する兆しがない。


 霞む視界の隅。


 淡い光が溢れたかと思うと、小柄な少女が現れた。


「……祝福の剣(アンベルジュ)


 何度見ても、可憐が服を着ているような姿だ。

 おそろしく整った人形めいた顔立ちに、小柄な身体を覆う、艶めくピンクブロンド。雪花石膏のような頬に影を落とす、長いまつげ。純白のローブからすんなりと伸びた細い手足。


「やっぱりね」


 アンベルジュは細い顎をつんと上向けて、勝ち気そうな猫目で俺を見下ろす。


「いくら規格外の魔力を持ってるからって、無茶しすぎなのよ。魔族一体分の瘴気を取り込むなんて、並の人間ならとっくに死んでるわ。……まあ、あたしのご主人様(マスター)が、並の人間なワケないんだケド」


「心配掛けてごめん」


 胸から声を押し出すようにして笑うと、アンベルジュは泣きそうに顔を歪めた。


 華奢な身体が俺の上に屈み込み、小さな手のひらが頬を包む。


「アンベルジュ……?」


 アンベルジュは応えず、長いまつげをそっと伏せた。


 細い手首を飾る銀輪がシャランと鳴る。


 何が起きようとしているか理解するより早く、桜の花びらのような瑞々しい唇が近付き――とっさに細い肩を押した。


「っ、何、を……」

「あなたの魔力をあなたに戻すだけよ。そんなヘロヘロで、ほっとくわけにいかないでしょ」

「っ、それ、は……でも……」


 光の加減によって色彩を変えるオーロラ色の瞳が、まっすぐに俺を見詰める。


 細い指が慈しむように胸板をなぞった。


「あなたは特別。神の愛し子、導きの英雄。その心臓は、無限の魔力炉――多くの人を救う、唯一無二の力よ。でも、自分自身を(・・・・・)救うことは出来ない(・・・・・・・・・)


 アンベルジュはベッドに上がると、猫のようにしなやかににじり寄った。


 重たい身体を起こして後ずさる。背中がヘッドボードに当たって、逃げ場がないことを知った。


 滑らかな手のひらが頬に触れる。


「目を閉じて。唇は開いていて。あたしの口付け(祝福)を受け入れなさい」


 神代に連なる女神然とした、強く高潔な口調とは裏腹に、頬を染め、緊張と仄かな高揚をたゆたわせた表情は、恥じらう乙女そのもので。


「待って、くれ……そんなことをしたら、君は……――」


 心臓が強く早く脈を打って、眩暈がする。


 瑞々しい果実のような香りが、淡く艶めく唇が、脳に焼き付いて身じろぎできない。


 至高の芸術品にも似た顔が近づく。


 口の端に甘やかな吐息が触れ――


 唇が重なる寸前、横からぐいっと首を抱き寄せるものがあった。


 顔が得も言われぬ柔らかい感触に包まれて、「むぐ」と呻く。


 そして響く、すべての雰囲気(ムード)を突き破るかのごとき、天真爛漫な声。


「勇者ちゃん、よしよし、もう大丈夫だよ。お姉ちゃんがついてるからねぇ」


 目を上げると、いつの間に現れたのか、金髪の乙女が俺の頭を抱いていた。

 フェリスの神器、春雷の籠手(シャンディエ)だ。


 淡い薄青色の瞳に、目の醒めるような豊かなブロンド。薄布(ローブ)越しに押しつけられる身体は豊満の一言に尽き、柔らかくて瑞々しい弾力を備えている。


 アンベルジュが「ちょっとー!」と真っ赤になって髪を逆立てた。


「せっかく頑張ってイイ女演じてたのにー! なんで邪魔するのよ!?」

「だって、勇者ちゃん嫌がってるもん。いくら勇者ちゃんを助けるためでも、無理矢理はよくないよ~?」

「む、無理矢理じゃないもん、照れてるだけだもん! いやよいやよもスキの内って言うもんね、ご主人様(マスター)!?」


 シャンディエの胸に抱き潰されている俺を引き剥がそうと、アンベルジュが首に抱きつく。


「ちょ、ごめん、苦し……」


 力ない訴えは届かない。


 俺を奪い合う二対の腕。左右からむにむにと押し付けられる柔らかい身体。締まる首。


 半ば死を覚悟した時、胸板にほっそりと優美な手が添えられた。


 首をよじって見上げる。


暁の盾(アマンセル)……?」


 盲目の乙女が、俺の上に正座していた。


 暁色の髪を美しく結い上げ、瞳を閉じた面は彫刻かと見紛うほどに整っている。均整の取れたスレンダーな体躯は、若く美しい雌鹿を思わせた。


 リゼの神器――アマンセルは俺の心臓の辺りにじっと手を当てていたが、「ふむ」と柳眉をひそめた。


「なるほど、これは芳しくないですね。可愛いリゼの敬愛する勇者さまであり、我々の唯一の(あるじ)であるロクさまの不調を見落とすとは、このアマンセル、一生の不覚」


 襟に細い手が掛かった。


 優美な、それでいて有無を言わさない強引な手つきに、嫌な予感が背筋を伝う。


「な、何を……」

「ロクさまは気乗りされないようですが、魔力が弱っているのは事実。ここは効率重視で、手っ取り早くいきましょう」


 アマンセルはまるで簡単な料理の手順を明かすかのごとく、飄々と語り――ブチブチブチッ! と釦が弾け飛ぶ音と共に、上衣をはだけられていた。


「!?!?!?」


 驚きの余り声も出ない俺を見下ろして、アマンセルがどこか陶然とした表情で舌なめずりする。


「口付けが意に添わないならば、もっと効率の良い方法で、直接魔力を供給――いえ、返還するまで」


 キスより効率のいい方法って、それはつまり――


 抵抗するより早く、シャンディエとアマンセルに両手をがっしりと抑え込まれていた。


「ちょっ……!?」


 俺の体力が落ちているせいもあるだろうが、思いのほか神姫たちの力が強くて振りほどけなっ……ぅゎ、初代神姫っょぃ……!


「さあ、今です、腹ぺこ残念姫(アンベルジュ)!」

「ま、ままま、待って、まだ心の準備が……! って、誰が腹ぺこ残念姫よ!?」

「何を怖気づいているのです。あなたが出来ないなら私がやりますが?」

「はあ!? やるわよ、やってやるわよ! 力を抜いて、覚悟を決めなさい、マスター!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、気持ちは嬉しい、嬉しいけど、一旦落ち着こ、むぐっ……!」

「大丈夫だよ~、勇者ちゃん。すぐ楽になるからねぇ。良い子、良い子」

「シャンディエーっ! あんたの胸は凶器なのよ、いい加減に自覚して! そしてあたしのマスターを放して! 今すぐ!」

「ふむ、外から見ただけでは分かりませんでしたが、無駄なく美しく鍛え上げられていますね。これはなかなか。どれ、下は……」

「なんでよ!? そっちは脱がさなくていいでしょ! あたしのマスターに何するの、やめ、やめなさいよ! やめてよーっ!」


 俺を巡って、神代の力を宿す三()の神器が火花を散らす。なんだこのカオス。ここが終末(ラグナロク)か。


 いよいよ意識が遠のいた時、小さなノックの音が響いた。


 遠慮がちな、小さな声。


「ロクにいさま?」

「!」





長らく更新が滞っておりまして申し訳ございません!


【追放魔術教官の後宮ハーレム生活】2巻が、7/16(金)に発売されます!


ファンタジア文庫特設サイト

https://fantasiabunko.jp/product/202104harem/322105000150.html


ファンタジア文庫公式Twitter

https://mobile.twitter.com/fantasia_bunko/status/1410468989285765122


さとうぽて様(https://mobile.twitter.com/mrcosmoov)の描かれる麗しいフェリスとカナデが目印です!

リゼたちはもちろん、新たに描き下ろしてくださったカナデもパルフィーもシャロットもほんっっっとうに可愛いくて想像以上すぎて一瞬気を失いましたありがとうございます。

全てのイラストが最&高すぎるのでぜひご覧ください!

中でもあのシーンとあのシーンとあのシーンを描いたカラーイラストは破壊力抜群です!


本文も後宮感&癒しマシマシのエピソードを書き下ろしておりますので、ぜひお手に取って頂けましたら嬉しいです。


こうして2巻が発売されたのは、いつも応援してくださる皆様のおかげです、本当にありがとうございます。

温かいお声を励みに頑張ります。


次回は明日更新予定です。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『追放魔術教官の後宮ハーレム生活』
書籍版3巻 2月19日 発売!
crgy3sxkji9kde1bfmrser611til_ujh_142_1kw
↑上記画像をクリックすると公式サイトをご覧になれます
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ