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第39話 急襲

「フェリス、体調はどうだ?」


 魔導剣の手入れをしていたフェリスは、「おかげさまで」と嬉しそうに微笑んで膝を折った。


 風になびく金糸の髪に、翡翠色の涼しげな瞳。

 すんなりと伸びた四肢は彫刻のように美しく、周囲の空気まで華やぐような気品あるオーラが漂っている。

 ほっそりとした身体の内側では、月光を思わせる金色の魔力回路が、細く、けれど確かに息づいていた。


 小さい頃から病弱だったようだが、魔術講座で特訓を繰り返す内に魔力量も少しずつ増え、今では身体を壊すこともなく、遠征にも付いてこられるようになった。

 剣の腕も随分上がって、並の兵士では太刀打ちできないだろう。


 元気そうな様子に安堵していると、ティティが掛け寄ってきた。


「ねぇロクちゃん」

「ん。どうした?」


 南国の海を思わせる青い双眸が、きらきらと俺を見上げる。

 今日は肩まである髪をお団子にしていて、東方の着物をアレンジした服と併せてよく似合っている。

 青く眩い魔力回路は、今日もぴかぴか元気に瞬いていた。


 ティティは可愛らしい唇を尖らせて、首をひねった。


「弓姫部隊なんだけど、やっぱり足場が悪いと命中率が下がっちゃうね。何か良い方法ないかなぁ」

「じゃあ、次から土属性の部隊と組ませてみよう。土台を固めれば、ある程度姿勢を固定できると思う」


 ティティは「それいいねっ」と嬉しそうに指を鳴らした。


 ティティは商家の出身ということもあってか、非常に目端が利く。戦場全体をよく見ていて、遠方からの狙撃にも優れているので、随分助けられている。


「みんなに伝えてくるね~!」


 弾むように駆けていくティティを見送る。


 あんなに華奢なのにいつでも生命力に溢れていて、こちらまで元気になる。


 異常がないか見て回っていると、とある姫が俺を呼びに来た。


「ロクさま、サーニャさまが!」

「! どうした!」


 慌てて駆けつけると、森の入り口にサーニャが立っていた。


 その隣には、サーニャと同じ背丈くらいの、大きなオオカミが佇んでいる。


「…………」


 オオカミを連れたサーニャと、しばし無言で見つめ合う。


 無造作に切りそろえた銀髪。金色の大きな猫目。小柄な身体は美しく引き締まり、身体能力の高さを窺わせる。

 その小動物めいた姿形とは裏腹に、滅多なことでは微動だにしない涼しげな表情が、どこかミステリアスな雰囲気を漂わせている……の、だが。


 なぜ、オオカミを。


 いや、オオカミだけではない、サーニャの足下にはイタチや兎、リスが群がり、肩には鳥が三羽ほど止まっている。


 何から訊くべきかと立ち尽くす俺を、サーニャが指さす。


「あれが、私のつがい」


 動物たちが、興味深そうに俺を見る。


 俺は慎重に口を開いた。


「ええと、サーニャ。その子たちは?」

「さっき、友だちになった。私のつがいが見たいというから、つれてきた」

「そうか。ご紹介ありがとう。じゃあ、ご家族が探してるかもしれないから、(おうち)に帰ってもらおうか」


 サーニャは素直に頷くと、動物たちを連れててくてくと森に入っていった。


 ふう、と額の汗を拭う。


 以前から、何度かこういうことがあった。サーニャは、動物に異様に好かれる……と言うよりも、完全に意思疎通できている節すらある。


 サーニャはビルハ族という騎馬の民出身らしいのだが、それと何か関係があるのだろうか?


 首をひねりつつ部隊に戻ると、姫たちが駆け寄ってきた。


「ロクさま、私の剣技、いかがでしたかっ?」

「新しい魔術に挑戦してみましたが、やっぱり難しいですぅ~」


 小鳥のようなさえずりに耳を傾け、一人一人頭を撫でる。


「みんな、よく頑張ってくれた。帰ったら、また練習しよう」


 姫たちは尊敬と信頼の籠もった瞳を輝かせ、「はいっ!」と嬉しそうに合唱した。


 実戦による弱点の洗い出し、復習、チームワークの強化。


 その繰り返しによって、後宮部隊は個々としても部隊としても、めきめきと成長している。みんなそれぞれ新しい魔術を覚えつつあり、戦略の幅も増えた。


 この調子なら――


 少女たちの様子を見渡していると、背後から声が掛かった。


「ロクさま。お疲れ様でした」

「マノン」


 柔らかなすみれ色の瞳に、女神のように穏やかな微笑み。豊かに波打つ髪は手入れが行き届き、淑女のお手本のような優美な所作と相まって、まさに侯爵令嬢といった気品を放っている。


「見事な指揮だったよ、ありがとう」

「お褒めにあずかり光栄です」


 優雅に膝を折るマノンに頷いて、少女たちを見渡す。


「もう、俺がいなくても回りそうだな」


 俺が正式な勇者になってから、これで四度目の後宮部隊出征になる。


 以前までは、王都近辺に発生したダンジョンは騎士隊が対応していたらしいのだが、ここのところ魔物の数が増えて手が足りないという。そこで、カリオドス撃退戦での後宮部隊の活躍を目の当たりにしたトルキア国王から、出征の打診が来たのだ。


 以来、部隊としての戦闘経験を重ねて来た。切り立った崖と森に挟まれたこの廃村は、地形や遮蔽物を活かした戦闘のまたとない経験値になった。


 個々の戦闘能力、魔力回路(資質)も充分に育ち、組織としての立ち回りも身についてきている。


 何より、マノンがいれば安心だ。


「マノン。これから、後宮を――後宮部隊を任せることも多くなると思う。苦労を掛けるけど、よろしく頼む」


 頭を下げると、マノンは「まあ、苦労だなんて」と首を振った。


「ロクさまの大切な後宮と姫たちをお任せいただけること、これ以上ない栄誉にございます」


 ほわほわと柔和な笑顔を浮かべているが、いざ戦闘となれば、誰より勇ましく指揮を執る。

 姫たちを任せるのは、マノンを置いて他にいない。


 今後は、王都付近の防衛はマノン率いる後宮部隊に任せて、俺単独で遠征に行くこともあるだろう。


 高難易度のダンジョンを攻略し、魔族に挑むことで、リゼの言うとおり、魔王の情報やシャロットの手がかり――それに、リゼのアザを消す方法も得られるかもしれない。


 ふと、リゼに目を移す。


 リゼは笑顔で水を配り、姫たちの体調を気遣い、まるで花の間を飛び回る蝶々みたいに、忙しく立ち働いている。


 俺はその姿に目を細め――


『ヴオオオオオオオオオオオオオオオオ!』


 突如として、空を破るような咆哮が大地を揺るがした。

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