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第34話 対峙


「弓姫隊、退がれ! 盾花(シールダー)部隊、前へ! 盾構え!」


 俺の指示を受けて、弓姫たちが即座に退いた。


 盾花隊を引き連れたリゼが吠える。


「盾花部隊、参ります! 『魔壁(シールド)』展開!」

「『魔壁』展開!」


 復唱とともに、魔術の壁が咲き乱れる花のように展開した。


 地響きをあげて、魔物の群れが殺到し――凄まじい衝突音と共に、色とりどりに咲いた光の壁が獣たちを押しとどめた。


 ギチギチと鳴り響く軋みに負けないよう、リゼが叫ぶ。


「まだ! まだ持ちこたえて!」

「はい!」


 薄い壁に、魔物たちはなおも折り重なるようにして突進してくる。

 あまり心臓によろしくない光景だ。


 恐れを成した兵士が悲鳴を上げる。


「ど、どうする気だ、このままじゃ破られるぞ!」


 魔力消費が激しい。


 俺は絶え間なく魔力を供給しながら、タイミングを計り――


「リゼ!」

「はい! 『解除(ブレイク)』!」


 リゼの号令一下、魔物を防いでいた壁が一斉に消え失せる。


 遮るものを失った魔物たちが、雲霞となって押し寄せ――


「マノン、頼む!」

「はぁい」


 マノンが軽やかに返事をする。


 その体内では、たっぷりと練り上げられた魔力がごうごうと唸っている。


「いきますよ~! 『風魔砲(ウインドキャノン)』!」


 歌うような詠唱と共に、爆風の柱が魔物たちを吹っ飛ばした。


「はい、どーん、どーん!」


 続いて、二射、三射。


 凄まじい烈風が、魔物の群れを蹴散らす。


 まるで固定砲台だ。


 逆巻く轟風に巻き込まれて、密集した魔物たちは互いの巨躯に押しつぶされ、あるいは牙に貫かれ、地面に叩き付けられて絶命していく。


 ……いつにも増して、絶好調だ。


 感心する俺の背後で、兵士の誰かが「えげつねぇ……」と呟くのが聞こえた。


『グルアアアアアアア!』


 仲間の死骸を乗り越えた魔物たちが散開、左右から迫ってくる。


 右翼に控えていたフェリスが声を上げた。


剣姫(フェンサー)部隊、行くわよ!」

「はい!」


 ドレス姿に剣を帯びた姫たちがすらりと抜刀した。


 魔力を帯びた刀身が眩く輝く。


「突撃!」


 髪を高く結い上げたフェリスに、少女たちが続く。


 華奢なヒールが一斉に地を蹴り、両者がぶつかり合った。


「はっ!」


 フェリスが月の妖精のように舞い、金色に輝く刀身がガーゴイルの首を切り落とす。


 その隣で、厨房番(キッチンメイド)たちが次々にオークの胴体を貫いた。


「そーれ、串刺しだぁーっ!」


 みんなすごくいきいきしている。

 普段から包丁を握っているせいか、(刃物)と相性が良いらしい。


「な、なぜ後宮の姫が剣術を!?」

「それに、あの斬れ味……まさか、魔導剣か!?」


 ご明察。


 彼女たちが携えるのは、一振りで一個大隊に相当すると名高い、ロゼス渾身の魔導剣だ。


 加えて剣姫部隊には、転送陣を使って俺の剣術をトレースしている。


 やがて恐れを成したのか、魔物の一部が逃げに転じた。身を翻し、出口へと殺到する。


「まずいぞ、魔物を逃がせば、王都に被害が……!」


 兵士たちの間に緊迫が走る。


 俺は門の上に視線を送った。


 青い空を背負って、小柄な少女たちが居並んでいた。


 その中央に立つサーニャが、俺の視線を受けて頷く。


「全てここで仕留める。遊撃隊、準備はいい?」

「はい、サーニャさま」


 サーニャの体術をトレースした、少数精鋭のエリート部隊だ。


 サーニャに続いて、少女たちが飛び降りた。


 突進する獣の群れへと恐れ気なく肉薄し――少女たちが影のように駆け抜けた後、黒い血が飛沫き、魔物たちがどうっと倒れた。


 サーニャが短剣を払って呟く。


「一匹も逃がさない」


 苛烈な戦場に、色とりどりのドレスが入り乱れる。


 黒くひしめいていた魔物たちは、みるみる数を減らしていた。


 剣姫たちの猛攻をかろうじて抜けた魔物を、光の盾が防ぎ、魔矢が撃ち抜く。

 逃げようとする魔物を、蟻の一匹も通すまいと遊撃隊が討つ。

 少女たちの連携が、大きなうねりとなって戦況を塗り替えていく。


 グレン将軍が掠れた声で呟いた。


「まるで、ひとつの生き物だ」


 互いを信じ、命を預け、補完し合う。


 これまで後宮のみんなで積み上げてきた時間が、強い絆となって結実していた。


 もはや勝利は目前だった。


 心に余裕が生まれたのか、背後から俺を揶揄する声が聞こえてきた。


「で、あいつは一体何をしてるんだ? 女たちに守られて、いいご身分だな」


 リゼが緋色の瞳を怒りに染める。


「何を! あなた方は、ロクさまがいなければとっくに――!」

「いい、リゼ」


 外野にどう思われようが構わない。


 いま大事なのはこの防衛線を死守し、みんなを、この場所を、そして王国を守り抜くことだ。


 魔物の数がまばらになり、残り五体になり、三体になり、やがて静寂が訪れた。


「やったか……?」


 兵士が呟く。


 しかし。


 サーニャがハッと耳をそばだてた。


「あれは……――」


 打ち破られた門の向こう。


 黒い人影があった。


 ――いや。人ではない。


 見上げるほどに巨大な体躯。

 先端にかぎ爪のついた長い尾。

 そして何よりも異質なのは、頭に戴いた、まるで悪魔のような巻き角――


 リゼが引き攣った悲鳴を上げる。


「あれはまさか……カリオドス……!」


 『暴虐のカリオドス』。


 北方を支配する魔族の名。


 しかし。


「……片桐……?」


 黒く蠢く魔力回路。


 その奥に、かすかに。


 片桐の魔力の片鱗があった。

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