第30話 決意(聖女視点あり)
つまらなそうに椅子から眺めていたリュウキが立ち上がった。
開け放たれたバルコニーへ歩み寄り、外に向けて手をかざす。
「リュウキさま!?」
ディアナが叫ぶより早く。
「『紅蓮炎』!」
夜空に紅蓮の華が咲く。
轟音が肌を震わせ、逆巻く爆風が、テーブルの上の皿をなぎ払った。
「お、おお……」
凄まじい威力に、客たちがおののく。
張り詰めた空気の中、片桐が俺を見据えた。
「てめぇも何かやってみろ」
「え?」
「お前もオレと同じ、異世界から召喚された勇者だろ?」
招待客がざわめく。
「なんと、リュウキさまの他にも勇者が?」
「なぜリュウキさまとご一緒に、北征に赴かれないのか……」
怪訝な視線を充分に集めてから、片桐が「ああ、違うか」と口を歪めて笑う。
「勇者じゃなかったな。神器もなけりゃ、魔術のひとつも使えない無能だもんなぁ、お前は?」
貴族たちの間に、戸惑いの声が広がる。
「え? どういうことですの? 勇者なのに、魔術が使えない?」
不穏なざわめきの中で、リュウキは俺にだけ聞こえる声で低く唸った。
「勘違いするなよ。お前はオレの引き立て役。無能は無能らしく、何もできませんすみませんと、無様に泣いて這いつくばれ。そうすりゃ許してやるよ」
なるほどな、と胸中で呟く。
薄々そうではないかと思っていたが、どうやら俺に恥を掻かせるために招待したらしい。
アンベルジュがあれば魔術を見せることもできるが、よしんば何かして見せたところで、片桐は難癖を付けてくるだろう。
リゼたちを巻き込むのは避けたい。
俺が頭を下げて事が収まるなら安いものだ。
「俺は――」
口を開きかけた時、鈴のような声が響き渡った。
「この素晴らしき式に興を添える機会を頂けるとは、ありがたき幸せ」
リゼが天使のように微笑んで、客人たちに向かって軽やかにお辞儀をする。
「みなさま、お初にお目に掛かります。私たちは、後宮に務める神姫です。主であるロクさまに代わって、ちょっとした魔術と、舞を一差し、披露させていただきましょう」
「は――」
片桐に口を挟む隙を与えず、フェリスが進み出た。
「ロクさま。サーベルをお借りしても?」
フェリスは俺から儀礼用のサーベルを受け取ると、すらりと抜いた。
「御三方、お願いいたします」
フェリスの視線を受けて、リゼとティティ、サーニャが頷く。
それぞれ火、水、風の魔術を発動させ――フェリスのドレスに、小さな光の粒がきらきらとまとわりついた。
招待客が息を呑む。
「まあ、かわいらしい」
「なんと繊細で美しい魔術だ。浮魔球の応用か?」
俺はふっと目を細めた。
壁際に待機している宮廷魔術士に声をかける。
「明かりを落としてもらえますか」
魔術士たちが、慌てて魔石の明かりを下げる。
淡く輝く光の粒子に包まれて、フェリスが静かに舞い始めた。
誰かが「剣舞……」と呟く。
サーベルが淡い光を帯びながら、滑らかな軌跡を描く。
ドレスの裾が翻る度に、きらめく粒子が弾ける。
美しく伸びやかな、まるで妖精のたわむれのような剣舞。
貴族たちから、押し殺した感嘆の声が上がる。
宮廷楽団の一人が曲を奏で始めた。
一人、また一人と加わって、流麗な音楽が、フェリスの舞を彩り始める。
見とれている観客に向かって、リゼが両腕を広げた。
「さあ、みなさまも」
女性客のドレスに、きらきら輝く魔術の光がまとわりつく。
華やかな歓声が上がった。
剣舞は徐々に加速していく。
軽やかに、華やかに。
人々の興奮を巻き込みながら、細くたおやかな肢体が優美に躍動する。
やがて曲の終わりと共に、月光色のドレスの裾がふわりと翻った。
水を打ったような余韻の中で、フェリスは粛々と頭を垂れ――
わあっと歓声が弾ける。
万雷の拍手が会場を揺るがした。
割れんばかりの喝采を遮ったのは、怒声だった。
「ふざけるな!」
片桐が怒りに顔を染めながら、俺を指さす。
「オレはお前の力を見せろと言ったんだ。なんだ今のは、ただ女が舞っただけじゃねえか。そんなもの、お前の力とは――!」
「いいえ」
リゼが声を上げる。
気高く、凜と頭をもたげて。
「私たちに魔術を教えてくださったのはロクさまです。そして私たち神姫は、身も心もロクさまのもの。みなさまが拍手をくださったこの力は、すなわちロクさまのお力に他なりません」
「っ、なに、を……!」
声を詰まらせるリュウキを睨み付けて、リゼの暁色の瞳が燃え上がった。
「お言葉ですが。力は正しく使ってこそ。祝宴には祝宴に相応しい魔術というものがございます」
「このっ……!」
片桐の形相が歪む。
その手が剣の柄に掛かり――
「リュウキさま」
俺がリゼたちの前に出るのと同時に、グレン将軍が声を上げた。
片桐と俺たちの線上に身体を割り込ませる。
「ここで事を起こせば、トルキア国の面目に関わりましょう。ここは私に免じて」
押し殺した声に、片桐はしばらくぎりぎりと奥歯を鳴らしていたが、やがて踵を返した。
足音高くダンスホールを出て行く。
その背中を見送って、ひとつ息を吐く。
と、それまで息を殺して成り行きを見守っていた貴族たちが、わっと押し寄せた。
「あの、よろしければ、うちの娘にも魔術を教えていただけませんか!?」
「当家では優秀な家庭教師を探しておりまして、報酬は言い値で払いますので、ぜひ!」
「あ、いや、ええと」
思いがけないオファーが殺到して、俺は対応に追われたのだった。
◆ ◆ ◆
主役不在のまま、出立式は解散となった。
招待客を送り出しながら、ディアナは鼻を鳴らした。
(まさか、あの場で極大魔術を放つとは。あの男、思ったよりも小物だったわね。……さっさと送り出して、あちらに乗り換えた方が得策かもしれませんわ?)
視線の先で、もう一人の勇者は何も知らず、客たちに囲まれていた。
◆ ◆ ◆
月明かりの中、後宮への道を辿る。
城が遠ざかった頃、リゼが「ふあー!」と息を吐いた。
「わ、わ、私、とんでもないことを……! 王宮からお咎めがあったらどうしましょう~!」
パーティーでの一幕を思い出したのか、リゼは頬を押さえて身悶えている。
「うんうん、力は正しく使ってこそ! リゼちゃん、最っ高にかっこよかったぜぇー!」
「ひゃぁぁ、からかわないでください、ティティさまぁ~!」
リゼはあたふたしているが、ティティの言う通り、ほれぼれするような啖呵だった。
「助けてくれてありがとう」
そう言うと、四人は一斉に首を振った。
「そんな! 私たちはただ、ロクさまのご恩に報いたく!」
「むしろ、出過ぎた真似だったわ。悔しくて、つい」
しょんぼりするフェリスの隣で、サーニャが「やっぱり首を掻き切るべきだった」とぷんすこしている。
「嬉しかったよ、すごく。それに、誇らしかった」
今日の式に出席した貴族は、誰も後宮を掃きだめなんて言わないだろう。
「それにしても、いつの間にあんな魔術を使えるようになったんだ?」
「こっそり練習していたのです。ロクさまを驚かせたくて」
「ああ、驚いたし、すごくきれいだった」
リゼたちは顔を見合わせて、嬉しそうに笑った。
「はぁ、緊張しておなか減ったー。帰ったら、とびきりおいしいごはん作ってもらおー」
「それは素敵ですね! リゼは壺焼きパイが食べたい気分です!」
「私は、この前いただいた東方の薬膳スープがいいわ」
「くつ、ぬいでいい? 歩きづらい」
「ん。おぶろうか?」
夜道に、明るい笑い声が咲く。
ふと、三ヶ月前のことを思い出す。
この世界に召喚されたあの日。
城を追い出され、一人で辿ったこの道を、今、笑いながらみんなで歩けていることが嬉しかった。
帰る場所がある。
共に歩み、寄り添ってくれるみんながいる。
それがどんなに心強いことか。
右も左も分からない異世界に転生して、最初は何をすればいいか、何をしたいのか、ただただ模索するばかりだったけれど。
今ならはっきりと分かる。
この子たちを、みんなを、そしてみんなの居場所を守りたい。
大切なものを守れる存在になりたい。
リゼたちの、まるで花のような笑顔に、俺は静かに目を細めた。
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次の章から本格的なざまぁが始まります。
今しばらくお付き合いいただけましたら幸いです。
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