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プロローグ

 抜けるような空。

 咲き誇る花々。

 豊かに茂った木の梢で、小鳥たちが赤い実をついばんでいる。


 よく手入れされた中庭を歩いていると、軽やかな足音が近づいてきた。


 垣根の向こうから、美しい少女が姿を現す。


「ロクさま、こちらです」


 鈴のような声でそう言って、嬉しそうに手を振る。


 柔らかな亜麻色の髪に、白磁の肌。こぼれ落ちそうに大きな瞳は、輝くルビーを連想させた。淡いピンクのドレスにはドレープがたっぷりとあしらわれ、彼女の人形めいた可憐さを引き立てている。


 珊瑚色の唇に微笑みを浮かべた少女――リゼは俺の手を取ると、中庭の一角に案内した。


「このバラか」

「はい。蕾はつけたのですが、なかなか咲かなくて……庭師も原因が分からないらしく」


 他のバラは豊かに咲き誇っているのに、この蔓だけ蕾のままだ。少ししおれているようにも見える。


 心配そうなリゼの隣にしゃがみ込み、子細に観察する。根に近い箇所、魔力回路が弱っていた。


「ああ、ここだな」


 俺はその部分に触れると、意識を集中させた。蔓に、白銀の魔力(・・)が流れ込み――蕾が一斉に花開いた。


 瑞々しい深紅の花弁に、リゼが「まあ」と目を輝かせる。


「すごいです、ロクさま! ああ、良かった」


 リゼは咲いたばかりのバラに愛おしげに触れ、俺を振り向いた。


 暁色の双眸がふわりと微笑む。


「ロクさまは、まるで魔法使いですね」


 白い頬を、透明な日差しが照らす。親愛に満ちた双眸を優しく細めるリゼは、まるで花の精のようで――


「ロクさまー? どちらにおいでですか、ロクさまー?」


 遠く俺を呼ばわる声に、リゼが慌てて立ち上がった。


「まあ、いけない。私、ロクさまをひとりじめしてしまいました。さあ、後宮に戻りましょう」


 小さくて柔らかな手が、俺の手を取る。


 バラ園を出ると、小柄な少女がいちはやく声を上げた。


「あっ、ロクちゃんいたー!」


 水色のドレスを翻し、勢いよく腰に抱きついてくる。


「おっと」


 両手を広げて、柔らかな体温を受け止める。


 肩まである髪を編み込みにしたその少女は、楽しげな笑い声を上げた。

 俺を見上げる顔はまだあどけない。細い手足に漲る元気と、可愛いリボンがあしらわれたドレスのせいか、淑女というよりはおめかしした女の子という印象が先立つ。蒼い瞳がきらきらと輝いて、まるで夏の湖面のようだ。


「あのね、東方の珍しいお菓子が入ったって! 一緒に食べよ!」

「ああ、それは楽しみだな」


 その頭を撫でる。


 と、反対の手をぐいぐいと引かれた。見下ろすと、猫目の女の子が俺を見上げていた。


「わたしの頭もなでるといい。なぜならあなたはわたしのつがいだから。遠慮しなくていい。なでて。はやく」


 笑いながら、短い銀髪に指を通す。

 さらさらとした感触が指の間を流れる。

 少女は心地良いのか、淡い金色の目を細めて、猫みたいに俺に頭をすり寄せた。


 そのうしろに控えていた、シャーベットイエローのドレスを身にまとった少女が、おずおずと口を開く。


「ね、ねえ、ロクさま。今日の魔術講座で、どうしても分からないところがあって。あとで、教えてほしいのだけれど……」

「ああ、もちろん」


 俺の返事を聞くと、少女は安心したように笑った。

 絹のような金髪に、翡翠色の瞳。ほっそりとした体躯に細身のドレスがよく似合って、まるで月の女神のようだ。


「あっ、ロクさま! ロクさまが戻られたわ!」


 後宮に戻った俺に、大勢の少女たちが駆け寄ってくる。


「ロクさま、最近魔力の流れが悪くて、視ていただけませんか? もしよろしければ、このあと二人きりで……」

「あら、だめよ。ロク先生は、今日こそわたくしに特別レッスンをしてくださるってお約束してたんだもの」

「ロクさまぁ、新しい魔術を覚えましたぁ、褒めてください~」


 きらびやかな後宮。きゃっきゃっと愛らしい笑い声が俺を取り囲む。


 腕に絡みつく、ふわふわと柔らかな感触。少女たちから向けられる、憧れと尊敬の籠もったまなざし。香水なのか石けんなのか、色とりどりのドレスが風になびく度に、透明感のある香りが鼻腔をくすぐる。


 ……三ヶ月前の生活からは考えられない、まるで夢のような状況に、俺は「うーん」と唸った。


「? どうなさったのですか?」

「いや、その。こんなに充実してていいのかなと思って」


 毎日おいしいものを食べて、夜はふかふかのベッドでぐっすり眠って、いつもこんなに可愛い女の子たちに囲まれて。


 リゼはきょとんと小首を傾げていたが、楽しそうに喉を鳴らして笑った。


「よいのです。だって、ここは後宮。ロクさまは、私たちが敬愛し、お慕いする、たった一人の主さまでいらっしゃるのですから」


 ――かつては疲弊し、消耗し、社会から忘れ去られるのを待つばかりだった人生に、突然降って湧いた後宮ライフ。


 俺はその転機となった、三ヶ月前の出来事に想いを馳せた。






お読みいただきましてありがとうございます。


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さとうぽて様の美麗なイラストが目印です。

書店で見かけた際にはお手に取っていただけたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] さぁて一つの物語がはじまりましたァ~! この本によりますと、2020年12月26日に二人の地球人が異世界に転移されたそうですねェ?(作中じゃないけどごめん! 一人は大学生、もう一人は平凡なサ…
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