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25話 茶番の結末



 マーティナ・サルヴェールは、元々の黒幕である次官の庶子だったらしい。

 父の気まぐれな訪問を待つばかりの母を哀れみ、そして軽蔑していた。

 母のように男に依存するだけの人生は歩むまい、と自立を目指して猛勉強の末、マーティナが王宮勤めの役人の地位を得たのが、ちょうど今の私と同じ年齢の頃。

 ところがその裏で糸を引いていたのは父である次官で、優秀な自分の娘を側に置いて悪事の片棒を担がせようという魂胆だった。

 母の生活と自身の地位、その両方を人質に取られた形で、それからのマーティナの人生は実の父である次官に利用されていく。

 彼女がサルヴェール家に嫁ぐことになったのも、次官の意向だ。

 辺境地ゆえに中央の目が届きにくいかの地に、次官は汚れた金を貯め込んで、その見張りとしてマーティナを置いたのである。

 マーティナは、そんな自らの人生に絶望していた。

 同時に、父のような汚れ切った人間をのさばらせているアレニウス王国をも見限ったのだろう。

 洞窟の中で対峙した時、眩しいものを見るような目を閣下に向けた、マーティナのひどくせつない声を思い出す。


『清廉潔白な人……私もパトリシアさんくらいの年頃に、あなたのような男性と巡り合えていたら……そうしたら、もっと違う人生を歩めたのかしら……』


 政権交代がなされて父である次官が失脚した後、すでに手を汚しすぎていた彼女は祖国を捨て、新天地で一からやり直すことを決意する。

 隣国ハサッドへと通じるトンネルを掘る作業には、サルヴェール家の使用人や周辺の若者も駆り出されたが、彼らには考古学調査の一貫であると説明されていた。

 十分な賃金が支払われていたことと、始まりの竜の伝説を持つ土地柄これまでも学者達が同様の調査を頻繁に行っていたため、不満や疑念を持つ者はいなかったようだ。

 一方家令は、元々の黒幕である次官の息が掛かった人間で、マーティナがサルヴェール家当主となった際に補佐役として送り込まれたらしい。

 彼はマーティナに対して好意を抱いていたようで、サルヴェール家の使用人の間では二人は愛人関係にあると思われていた。


「そこまで調べがついていて、なぜ今、わざわざ我々のような部外者を送り込んだのか……甚だ疑問です」


 私の隣に座った閣下が、ため息まじりにそう呟く。

 陛下の寝室から私室のテラスに場所を移し、私達はお茶をいただきながら今回の事件に関して説明を受けていた。

 けれども、聞けば聞くほど、マーティナの絵探しという口実を与えられてまでサルヴェール家に派遣された理由が分からなくなる。

 というのも、陛下は妹であるエミル殿下を通してサハッド王国にも情報提供しており、かの国の反政府勢力はすでに一網打尽となっていたらしいのだ。

 つまりはあの時、もしもマーティナと家令がまんまとトンネルを潜れたとしても、待ち受けていたハザッド王国軍により密入国の現行犯で即刻逮捕され、次官の隠し財産ごとアレニウス王国に強制送還されていたことだろう。

 マーティナと家令の亡命騒ぎなど、茶番にすぎなかったのだ。

 むむむ、と難しい顔をする私の隣から、向かいに座った陛下に対して閣下が続ける。

 

「陛下が本当に取り戻したかったのは、マーティナ・サルヴェールが持ち逃げしようとしていた次官の隠し財産ではございませんね?」

「……おや」

「取り戻さねばならなかったのは、先々代の国王陛下がサルヴェール家にお下げ渡しになった、あの土地そのものであったのではございませんか」

「ふむ……なぜ、そう思う?」


 陛下はテーブルに頬杖をついて面白そうな顔をする。

 彼の隣に立ったライツ殿下は、先を促すように閣下に向かって顎をしゃくった。


「あの地には、アレニウス王家の権威の象徴として長らく語り継がれてきた竜の遺骨が眠っていました。そして、側にはその伴侶が――始まりの竜が今もまだ生きている」

「へえ?」

「陛下はそれをご存知だった――いや、お知りになられたのでしょうか。何らかのことをきっかけに」

「さあねぇ」


 陛下の薄っぺらい相槌にも閣下の態度は泰然としたものだ。

 そんな彼を、ライツ殿下は固く口を閉ざして見据えている。

 閣下はなお続けた。


「我々にマーティナ・サルヴェールに掛かった嫌疑を伏せたのは、私が騒動の最中にパティを連れていくことを厭うとお考えになったからではございませんか。陛下は、どうしてもパティをあの地に向かわせたかったのでしょう」

「……」


 ついに、陛下も沈黙した。

 けれども、その端整な顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。

 閣下はそれを許しととって、最後まで語った。



「本当の目的は、ルイジーノ様――完全に隠居を決め込んでいらっしゃった始まりの竜を、今一度表舞台に引き摺り出すことだったのではございませんか?」



 陛下もライツ殿下も、それには何も答えなかった。

 肯定はしなかったが、否定もしなかったのだ。

 閣下もそれ以上突き詰めるつもりはないらしく、差し出がましいことを申し上げました、とだけ告げて口を閉ざした。

 陛下の思惑通りかどうかは定かではないが、ジジ様はサルヴェール家を離れて私達と一緒に王都へとやってきている。

 どうやら洞窟でマーティナに言った通り、今度は私に世話になる――つまり、シャルベリ辺境伯領に来るつもりのようだ。

 そんなジジ様が、どうして今この場にいないのかというと……

 

「パ、パパパパパパ、パトリシア!?」


 登城する前に寄ったメテオリット家で、子竜になってひっくり返ってしまったためである。

 その時彼が目の当たりにしたのは、兄様を壁にめり込ませた姉――黒い立派な竜の姿。

 何でも、姉が産休をとったとたんに、兄様に色目を使う女が増えたとか何とかで、悋気を募らせてのことらしい。

 竜となった姉の姿形は、思っていた以上にジジ様の妻である最初の雌竜にそっくりな上――


「ひえええええ……ご、ごめんなさいいい!!」


 どうやらジジ様はドが付く恐妻家だったようだ。

 ぽっこりお腹を上に向けて気を失った真っ白い子竜は、長兄が蔵から掘り出してきた、私が赤ん坊の頃に使ったらしい揺りかごに寝かされた。

 私と色違いなだけでそっくりなちんちくりんの竜が、アレニウス王国が創られる以前から生きてきたメテオリット家のご先祖様だなんて、いきなり知らされた姉達にはさぞ信じ難かったことだろう。



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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱり姉様最強(笑)
[一言] ジジ様ったら嫁のいない間にずいぶんお楽しみでしたもんね! 浮気はいかん!浮気は! 閣下を見習…いやあれもどうだろう…うーん…
[一言] やっぱり姉最強だな
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