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18話 再会



「パ、パパパパパパ、パティ――!?」

「ぴゃああああんっ!!」


 閣下の顔を見た瞬間、もはや涙を耐えることなど不可能だった。



 アイアスの首輪にぶら下がっていた銀色の飾りは、やはり件の隠し扉の鍵だった。

 扉を開いてすぐに現れた下りの階段を、私達は一気に駆け下りる。

 といっても腰を抜かしてしまっていた私は、ロイの背中に乗せてもらって、である。

 下り切ると、今度はまっすぐの道がずっとどこまでも続いていた。

 出発点である書斎や屋敷自体の位置から考えると、屋敷の西端を壁伝いに南向きに下り、さらに地面の下を宝物庫のある南西へ向かっているようだ。

 通路は狭く、大人ひとりがやっと通れるくらいだろうか。

 所々に明かり取りの穴は開いているものの暗く、長い間手入れをされていないらしくあちこち崩れてぼろぼろになっている。

 伸びた木の根が侵食して、掻き分けないと先へ進めない場所も多々あった。

 本当に閣下に会えるのだろうか、とだんだん不安になってくる。

 自然と俯いていた私の頬を、小竜神が憑依した子竜のぬいぐるみのふわふわの手が撫でた。


『大丈夫だよ、パトリシア。着実に、眷属の子の気配に近付いている』

『ほ、本当に……?』

「我が、子らの気配を見紛うことなどない。この先で必ず会える。我を信じてほしい』

『うんっ……』


 小竜神の言葉に元気づけられ、私は再び顔を上げて前を見据えた。

 それからどれくらい進んだだろう。

 やがて目の前に、書斎にあったのと同じような木の扉が現れる。

 こちらの鍵もアイアスの首輪にぶら下がっていた飾りで開いたのは幸いだった。

 そうして潜った扉の向こうに広がる光景に、私は思わず息を呑む。

 

『わあっ……なに、ここ……』


 そこはあったのは、広い広い洞窟だった。

 長い年月をかけて自然にできたものなのだろう。頭上からは無数の鍾乳石が垂れ下がっている。

 高い天井の所々には隙間が空いており、そこから日の光が差し込むため、洞窟の中は意外にも明るかった。

 真ん中は、雨水だか地下水だかが貯まって湖のようになっている。

 水底までは光が届かないためはっきりとは分からないが、かなりの深さがありそうだ。

 敷地の地下にこんな場所があるなんて、サルヴェール家を訪れた時には思ってもみなかった。

 私はしばし呆然と辺りを見渡していたが、ふいに肩に乗っていた小竜神の様子がおかしいことに気付く。


『小竜神様? どうしたんですか?』


 さっきは弱気になりかけた私を励ましてくれたはずの小竜神だが、湖をじっと見つめていたかと思ったら、まるでジジ様を前にした時のように、あるいはアイアスと対峙したさっきの私みたいにブルブルと震え出したのだ。

 まさか、湖の中に何かいるのだろうか。

 おそるおそるその視線を追おうとした、その時である。

 ガコンッ! という音が、突然洞窟内に響き渡った。

 見れば、湖を挟んだ向こう側にも私達が潜ってきたのと同じような木の扉がある。

 今の音は、それが洞窟側に向かって吹っ飛んだ音だった。

 ぎょっとした私が思わず後退るのと同時に、聞き慣れた声が響く。


「――よし、開いたぞ。ここはどこだ。なんだ、この水溜まりは」

「いや、〝よし〟じゃないですよ、閣下。もうちょっと慎重に行きましょうよ。扉の向こうに待ち伏せされてたらどうするんですか?」

「そいつらの屍を踏み越えてパティに会いに行くに決まってるだろうが」

「うわ、やば……この人、パトリシア様不足で思考がぶっ飛んできてるよ」


 お馴染みの緊張感のないやり取りとともに現れたのは閣下と、何やら煌びやかな弓矢を抱えた少佐だった。

 さらに、その後ろからこわごわ顔を出したのは、金色の額縁を抱えたボルト軍曹である。

 三人とも、無事だったのだ。

 思わず安堵のため息を吐いた私と、湖から顔を上げた閣下。

 その瞬間――吸い寄せられるようにしてお互いの目が合った。


 そして、冒頭に戻る。


「パティ!? んんんん!? どうして、ここにっ!?」

「みいいいい!!」


 私を見付けて、閣下は一瞬ぽかんとした顔になった。

 けれどもすぐに我に返ると、黒い外套をはためかせ猛然と駆け出す。

 私も、腰を抜かしていたことも背中に翼があることも忘れ、短い足を駆使してただ懸命に走った。

 そうして、目の前で立ち止まって地面に膝を付いた閣下の胸に、無我夢中で飛び込む。


「ぴいい! ぴいいいい!!」

「ああああ、よちよち! 何言ってるのか全然分からないけど、分かるよ! 私も会いたかった!!」

「ぴゃああ! ぴゃああああんっ!!」

「うん? もしかして、私達を迎えに来てくれたのかい!? えっ、私達が閉じ込められていることを知って!? ――なんてことだっ!!」


 子竜の言葉は通じないはずなのに、不思議と閣下は私の言いたいことを簡単に理解してしまう。

 怖かったし、不安だったし、悔しかった。

 閣下のことが心配で、そして恋しかった。

 いろんな思いがごちゃまぜになって、結局はぴいぴい泣くしかできない子竜は、やっぱり役立たずの落ちこぼれかもしれない。

 それでも……


「来てくれてありがとう、パティ。無事でよかった。君が側にいてくれれば、もう私は百人力さ」


 閣下がこんなにも私を必要としてくれる。

 たとえマーティナに、取るに足らない鈍臭そうな箱入り娘と扱き下ろされようとも、姉の陰に埋もれていると言われようとも、好き勝手哀れまれようとも、そんな私を閣下は選んでくれたのだ。

 思わず爪を立ててしがみついてしまったが、閣下は構うことなく私を抱き締め返してくれた。

 一方ロイは、まるで怪我がないか確かめるみたいに少佐の周りをぐるぐると回った後、彼の足の間に頭を突っ込んで甘えるみたいにスピスピと鼻を鳴らす。

 いつものことながら、今回も何度もロイの背中に庇ってもらった私は、少佐に向かって身振り手振りで訴えた。

 

「みい! みい、みいいいっ!!」

「ああ、はい。何をおっしゃっているのか全然分からないですけど、分かりました。ロイは、お役に立てたんですね?」

「みいいん! みい!!」

「あはは、どういたしまして! 誇らしいなぁ、ロイ!」


 少佐は両手でわしゃわしゃとロイの顔を撫でてから、ぎゅっと彼を抱き締める。

 私も、再び全力で閣下の首筋にしがみついた。

 もう一時だって、この人と離れたくない――そんな一心で。

 とたん、閣下が天を仰いだ。


「――今、私は猛烈に感動している! こんなに激しくパティに求められたことが、いまだかつてあっただろうか!? 災い転じて福となる、とはこういうことか!!」

「閣下ー、そのだらしない顔、今すぐどうにかしてください。軍曹にはとてもじゃないが見せられませんよー」


 一方その頃、ボルト軍曹はというと……


「ぶわっ! うわっ、うわわわわ!?」

「わふっ! わふわふっ!」


 私達と一緒に抜け道を通ってきたアイアスに飛び付かれ押し倒され、顔中をベロベロ舐め回されているところだった。


『ねえ、ちょっと! 大丈夫? それ、襲われているんじゃないわよね?』


 アイアスが飛び付いた拍子に放り出された金色の額縁が、何やら横で喚いている。


「ア、アイアス? お前、僕のことを覚えていてくれたのか? 七年も経っているのに……?」

「わふっ」

「最初に会った時にはこちらを見向きもしなかったから……だからてっきり、僕のことなんて忘れてしまったんだと……」

「きゅうん、きゅうん」


 巨大な図体にもかかわらず、まるで子犬のような声を上げてボルト軍曹に戯れ付くアイアス。

 閣下は私を外套の中に隠すと、ふむ、と顎に手を当てて少佐と顔を見合わせた。


「まさか、最初に会った時は、ボルトが素性を伏せたがっているのを察して、マーティナの前では知らないふりをしていたのか? だとしたら、とんでもなく賢い犬だな」

「でも、本当はすぐにでも飛び付きたい気分だったんでしょうね。健気だなぁ」


 閣下と少佐の言葉を聞いたボルト軍曹は、ようやく上体を起こすと、側にお座りをしたアイアスの毛並みをおそるおそる撫でた。


「……僕、弟が欲しかったんです。けれど、両親はずっと不仲だったから、子供心に願いは叶わないって分かってました。そんな時、こいつを拾って……アイアスって、僕が付けた名前なんです」

「そうか。たとえ一緒に過ごしたのがわずかな間であっても、君の愛情はちゃんとその子に伝わっていたんだね」


 閣下の労るような言葉に、ボルト軍曹は涙ぐみつつ、はいっ、と噛み締めるように頷いた。

 ただ、そんな感動的なやりとりの間も、小竜神だけは相変わらずブルブルと震えながら湖の底を凝視していた。



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― 新着の感想 ―
[一言] ロイもアイアスも忠犬だねぇー。
[一言] 感動的な再会 良かったな
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