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15話 因果応報



 高い山脈に囲まれた土地柄、かつてシャルベリ辺境伯領は深刻な水不足に苦しめられていた。

 そのため貯水湖が干上がると、神殿に生贄を捧げて竜神を呼び寄せ、雨乞いをしたらしい。

 尊い乙女達の命と引き換えにシャルベリの地に雨をもたらし、神と崇められるまでになった竜神だが、もともとは長く生きただけのケダモノでしかなかったという。

 ただのケダモノに分別などあろうはずもない。

 彼が最初に生贄を食らったのも、単にその時腹が減っていたからに過ぎず、人間達の願いを叶えてやろうとしたわけではなかった。

 それなのに、雨が降った――いや、降ってしまった。

 これにより、〝竜に生贄を食わせたら雨が降った〟という実績が生まれ、以降日照りの度に生贄が差し出される事態に繋がってしまったのだ。

 竜神の、望むと望まざるとにかかわらず。


「だけどねぇ、不思議だと思わないかい? ただのケダモノが、人間の娘一人食っただけでなぜ雨を降らすほどの力を手に入れることができたんだろうって」

『そ、それは、確かに……』


 当時、竜神の話を小耳に挟んでその有り様に疑問を抱いたジジ様は、こっそりシャルベリを訪れて真相を探ったのだという。

 そうして判明したのは、シャルベリに対するこれまでの認識を覆すような事実だった。


「理由は簡単だった。ケダモノが食らった最初の生贄が、そもそもただの人間ではなかったんだ」

『ただの人間じゃなかったって……でも、シャルベリの当時の領主の娘さん、ですよね?』

「いいや、違う。あのね、パティ。こいつが最初に食らった娘の正体は、ぼくの子孫でおまえの祖先――メテオリット家の子だったんだよ」

『ええっ? メ、メテオリットの!?』


 思いも寄らぬ話に言葉を失った私は、呆然と小竜神を見た。

 私の視線を感じてか、それとも相変わらず冷ややかなジジ様の眼差しに怯えてか、子竜のぬいぐるみに扮した小竜神はブルブルと震えている。


「最初の生贄の名はアビゲイル。家族からはアビーと呼ばれていたそうだ」

『アビー……』


 まだ竜の血の影響が強く残り、立派な先祖返りが頻繁に生まれていた時代のことである。

 そんな中で、アビゲイル・メテオリットはただの人として生まれ、竜の姿になれる先祖返りの姉や妹に対してひどい劣等感を抱いていたという。

 ちんちくりんの落ちこぼれ子竜にしかなれないなら、いっそ先祖返りじゃなく普通の人間として生まれたかった――私は何度もそう思ったことがあるが、当時のメテオリット家の女にとってはそれもまた苦痛だったのだろう。


「かわいそうにね。先祖返りであろうとなかろうと、ぼくの子孫には変わりないのに……」


 ぽつりとそう呟くジジ様の声は、哀れみに沈んでいた。

 しかしながら、ジジ様の話が真実だとして、どうして最初の生贄がシャルベリの領主の娘なんてことになっているのだろう。

 そもそも、何故シャルベリと無関係のメテオリット家の娘が、自らを捧げるような事態に陥ったのか。

 そんな私の疑問に、ジジ様は美しい顔に獰猛そうな笑みを浮かべて答えた。


「語り継がれる話が真実とは限らない。その時代時代の権力者の都合のいいように、簡単に歪められてしまうものさ。シャルベリ家はアビーの命と引き換えに降った雨を、自分達の手柄にしたんだ――そうして、呪われた」

『の、呪われた……?』


 呪い、だなんておどろおどろしい言葉に、私はごくりと唾を呑み込む。

 最初の生贄の乙女アビゲイルは、実はメテオリット家から嫁いできたシャルベリ領主の妻だった。

 当時のメテオリット家の娘にとって、シャルベリのような辺境地に嫁に出されるのは厄介払いも同じ。

 しかも、親子ほど年の離れた男の後妻という屈辱に、アビゲイルは絶望する。

 さらにその時、シャルベリでは日照りが続いており、人々の心は殺伐としていてただでさえ余所者のアビゲイルには居場所がなかった。

 そんな彼女が、干上がった湖の片隅で渇いて死にそうになっているケダモノに出会ったのは偶然か、あるいは運命か。

 メテオリット家には戻れない。シャルベリ家にもいたくない。

 孤独に苛まれ失意のどん底にいたアビゲイルは自暴自棄になっていたのかもしれないし、哀れなケダモノに同情したのかもしれない。

 ともあれ、彼女が自らを捧げたことによって雨が降ると、夫であるシャルベリ領主はその死を悼むどころか、自分の手柄にして領民の支持を得ようとした。

 その際、王都から迎えた妻を犠牲にしたと知れると外聞が悪いため、前妻との間に生まれていた自分の娘を泣く泣く捧げたという話をでっち上げて。


「そのせいで、以後シャルベリの領主は日照りの度に娘を生贄にしなければならないという業を負ったわけさ」


 その業を、ジジ様は〝呪い〟と称したのである。

 竜神が雨を降らす力を得たのは、アビゲイルの血から水を司る竜である自分の力の片鱗を得たからだろう、と彼は言う。

 子孫を食らって力を掠め取った竜神の存在は気に入らないが、生粋の竜であるジジ様にとっては取るに足らない存在だった。

 あえて放置したのは、竜神が存在することにより、アビゲイルを蔑ろにしたシャルベリ家が呪いを受け続けるからだ。

 シャルロッテ、シャルロッタ、シャルロット、マーガレット、マーティナ、そうして七番目の生贄の乙女も、その犠牲者だった。


『後の時代の娘さん達に、罪はないのに……』

「親が犯した罪の報復を子が、孫が、子孫が食らう。因果応報とはそういうものだよ」


 ジジ様が謳うような声で残酷な言葉を紡ぐ。

 小竜神はこの期に及んでもまだブルブルと震えばかりであった。

 もちろん、ジジ様の話が真実だとして、自分の先祖であるアビゲイルがかつてシャルベリ家によって苦渋を強いられた事実があろうと、私が閣下達シャルベリ辺境伯家の人達を疎むことなどあるはずがない。

 けれども、ジジ様は違った。

 

「まあ、アビゲイルに対する当時のメテオリット家のやり方に思うところがないわけではないけどね。ともあれ、ぼくはシャルベリが気に入らない。いったい、どの面下げて再びメテオリット家の娘を嫁に迎えたんだか。恥知らずもいいところだよ」

『でも、アビゲイルの話は誰も知らないから……』

「無知は罪だよ。知らなかったから許されるなんて、思わないでもらいたいね」

『ジ、ジジ様……』


 宝物庫に閉じ込められた閣下達を助けるのに、どうやらジジ様の協力は得られないようだ。

 とはいえ、サルヴェール家の外に助けを呼びにいこうにも、今の私は子竜の姿。

 紙とペンを調達して事情を書き記し、ロイに咥えて持っていってもらおうか、と考えていた時だった。

 バタバタと慌ただしい足音が聞こえてきて、私はとっさにロイとともに近くの茂み逃げ込む。

 それと入れ替わりに、池の畔に佇むジジ様の前に現れたのは、サルヴェール家の家令だった。


「おい、ルイジーノ! 女の子を見なかったか? 軍服の連中と一緒に来た、ピンクの髪の子だ!」

「……さあね、どうだろう。その子が何か?」

「マーティナ様が席を外した隙に姿を眩ましたんだ! 何かを察して逃げたのかもしれない! くそっ、こんなことなら、さっさと縄ででも縛っておくんだった!!」

「ふーん」


 気のない返事をするジジ様に、家令はちっと舌打ちをしてから、使えねえやつ、と吐き捨てる。

 呆れるほど粗野な態度だが、これが彼の素なのだろうか。

 家令はジジ様をキッと睨むと、私を見かけたら捕まえておくよう偉そうに言い残し、またバタバタとどこかへ駆けて行った。

 それを見送ったジジ様が茂みに隠れていた私達を覗き込む。


「パティを捕まえておけってさ」

『……』

「何様だろうね、あいつ。あれの言いなりになるのは気に食わないから、おまえを捕まえたりしないよ」

『あ、ありがとうございます』


 ほっとして礼を言う私に、ジジ様はやれやれと苦笑いを浮かべる。

 そして、いきなり脇の下に手を入れられたかと思ったら、茂みから引っこ抜くみたいにして抱き上げられた。


「あーもー、シャルベリは気に食わない! でも、可愛い孫ちゃんの力にはなってあげたい! おじいちゃんは悩ましいよー!!」

『ジ、ジジ様! お願いします! 閣下は……夫は、大切な人なんです! 私にとっても、シャルベリにとっても!!』

「う、うううーん……」

『私、閣下を助けたい! ちゃんとジジ様に――私のおじい様に紹介したいです!!』

「あーん、かわいいー!!」


 ここぞとばかりに懇願する私を、ジジ様は悩ましげな声を上げながらぎゅうぎゅうと抱き締める。

 そうして一頻り頬擦りしたかと思ったら――


「ぴゃああ!?」


 いきなり、ぽいっと宙へ放り投げたのである。

 私はとっさに背中の翼を羽ばたかせ、何とか無事近くのバルコニーに着地する。

 けれども、それだけでは終わらなかった。

 続いてジジ様は、ロイと小竜神まで抱え上げて放り投げたのである。

 ただし、前者は丁寧に、後者はおざなりに。

 私達が着地したのは、ともに三階のバルコニーだった。

 何が何だか分からず、目を丸くして顔を見合わせている私達に、池の畔に留まったジジ様が小声で――竜譲りの耳でしか拾えないくらいの、小さな小さな声で言った。


「そこね、当主の部屋。宝物庫への秘密の抜け穴に通じる扉があるって話だから、探してごらん」


 それを聞いて、ぱっと顔を輝かせた私は、礼を言いかけたものの――


「みっ!?」


 次の瞬間、慌てて両手で口を覆う。


「ルイジーノ! あなた、こんな所にいたの!!」


 マーティナが、ジジ様の胸に飛び込む光景が目に入ったからだった。


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