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14話 自己肯定感の差



「ぴぎゃあ! びみいいい!!」

「あっはっは、すんごい声だ」

「みやあああああ!!」

「いやいや、そんな全身全霊で拒まれると――おじいちゃん、逆に燃えちゃう」

 

 金色の瞳を爛々と輝かせて迫る相手に、私は短い手足を必死にばたつかせて抵抗した。


 メテオリット家の祖先である始まりの竜。

 伝説に描かれた、初代アレニウス国王の末王子を育てた母竜ではなく、その番だというルイジーノーージジ様は、私とそっくりなちんちくりんの子竜だった。

 とはいえ、彼は生粋の竜だ。

 単なる先祖返りでしかない上に落ちこぼれの私とは違い、姿を変えるのも思いのままである。

 一瞬にして、真っ白い子竜から白髪の美青年に変身し、惜しげもなくその裸体を晒した。

 きゃっ、と――実際は子竜の状態なので、ぴゃっ、だったが――悲鳴を上げてちっちゃな手で両目を覆う私を、さもおかしそうに笑う。


「初心だねぇ。おまえ、曲がり形にも人妻だろう? 男の裸を見たことがないわけでもあるまいに」


 とたん、ジジ様よりもずっと逞しい閣下の身体をーーぎゅっと抱きしめられて触れ合う素肌の感触まで思い出してしまい、私は真っ赤になって叫んだ。


「んんんみゃー!!」

「あー、はいはい。ほら、もう服を着たよ。おまえも早く人間の姿にお戻り。竜が本来の姿なぼくと違って、おまえはそもそも人間として生まれたのだろう?」


 ジジ様の言葉に、私はたちまちぐっと唇を噛み締める。

 竜から人へ、あるいは人から竜へ自在に姿を変える――そんな、メテオリット家の先祖返りとして当たり前のことさえ、私にはできない。

 物心ついた頃から抱いてきた劣等感が、私の中で頭を擡げてくる。

 ひどく惨めな気持ちになりながら、自力では人間の姿に戻れないのだと告げた私に、ジジ様は目を丸くした。


「おやまあ、それは不便だね。じゃあ、いつもはどうやって元に戻っているんだい?」

『あの、一晩ぐっすり眠ったりして心拍数が落ち着いたら、自然と戻れるんです……』

「ふーん……他には?」

『ほ、他には……あの、その、えっと……』


 メテオリット家の先祖返りは精神力が強く、自分自身を制御することで人間にも竜にも自在に変化可能である。

 一方、著しく心が乱れている時や、私のように自力でどうこうできない場合は、好いた相手のキスによって早急に人間に戻ることができた。

 しかしながら、子竜になる度いつも閣下にキスしてもらっている、なんて告げるのが恥ずかしい。

 散々言い淀んだ末、側にお座りしていたロイにしがみついて口を閉ざしてしまった私に、ジジ様が片眉を上げた。


「他にも方法はあるんだね? しかも、どうやら初心なパティには口にし辛いような方法が」

『……』


 彼は、完全に貝になった私を一頻り眺めたかと思ったら、ふいに視線を足下に落とす。

 そうして、私に対するものとは正反対の、凍て付くような声で言った。


「ねえ、そこのケダモノの眷属。発言を許そう。知っていることがあるのなら言ってごらんよ」


 とたんに、ビクンと震えたのは小竜神だ。

 小竜神は、私とジジ様の顔をおろおろと見比べていたが……


「早くおし。その首をちょんぎるよ」

『ひい……』


 長身を屈めたジジ様に指でちょんと額をつつかれると、とたんにペラペラと喋り出した。

 私が、真実好いた相手からのキスで人間の姿に戻ること。すでに何度もそうしてきたことを、小竜神は私に対して申し訳なさそうな顔をしながらも打ち明ける。

 その結果が、冒頭の私とジジ様のやり取りに繋がるのである。


「真実好いた相手ってことは、ぼくのキスでもいけるよね? パティは、おじいちゃんのこと好きになったでしょう?」

「ぴゃああああ!!」


 まったくもって羨ましいくらいの自己肯定感の高さだ。

 ぐいぐいと真正面から迫ってくる美しい顔を、私は子竜の短い両手を突っ張って必死に遠ざけようとする。


「なんで拒むのかな? ぼくとおまえの仲じゃないか」

『きょ、今日が初対面ですもんっ!!』

「竜の姿は瓜二つだっていうのに?」

『それとこれとは話が別ですー!!』

 

 結局、拒みに拒んだ末、唇だけは死守したが、代わりにほっぺにちゅうううっと熱烈なのを賜った。

 しかしながら、それで私が人間の姿に戻れるわけもなく……


「何だい何だい、妬けちゃうね。おじいちゃんのキッスじゃだめなのかい」

『う、うう……ごめんなさい』

「おまえの夫――シャルベリの今の領主だっけ? そいつに、ちょっと物申さないと気が済まないな」

『――はっ、そうだ! 閣下達っ!!』


 ジジ様の口から閣下の話題が出たことで、私はたちまち我に返る。

 閣下と少佐とボルト軍曹が、陛下ご所望のマーティナの絵を探しに入ったサルヴェール家の宝物庫に閉じ込められているのだ。

 小竜神の話では、宝物庫の扉に鍵をかけた上、前に荷物を置いて開かなくしたのは家令の仕業らしい。

 いったいどうして、家令はそんなことをしたのだろうか。

 しかも、ジジ様によれば、家令にそうさせたのは彼の主人である現サルヴェール当主のマーティナだという。

 あんなにたおやかで寛容で、慈愛に満ちた素敵な人だと思ったのに、と私は動揺せずにはいられなかった。

 とにかく、一刻も早く閣下達を救出しなければならない。

 正面の扉以外に宝物庫に出入りする方法はないのだろうか。

 そう尋ねる私に対し、ジジ様はとたんに不貞腐れたような顔をした。


「なんで、ぼくの可愛い可愛い孫がシャルベリの人間なんかのために動かなきゃいけないわけ?」

『えっ……だって、閣下は私の……』

「そもそも、おまえがシャルベリにお嫁に行ったこと自体、おじいちゃんは納得がいかないんだけど?」

『そ、そんな……どうしてですか?』


 ジジ様がシャルベリに対して敵意を剥き出しにする理由が分からず、私はロイにしがみついたままおろおろする。

 小竜神は相変わらずジジ様の足下に這いつくばり、まるで蛇に睨まれた蛙のように固まって、自由に発言することさえできないでいた。

 ジジ様と小竜神、いや竜神そのもの、あるいはシャルベリの人間との間に、過去にいったい何があったのだろうか。

 ジジ様は縋るように見上げる私を両手で抱え上げ、よしよしと頭を撫でてくれる。

 その手は慈愛に溢れんばかりだが、小竜神を見下ろす眼差しはまたぞっとするほど冷たかった。 

 

「シャルベリの領主の一族が、そもそもどうしてケダモノに生贄を捧げることになったのか――どうやら、ぼくとおまえ以外はもう知らないようだねぇ」


 小竜神の身体が哀れなほどにブルブルと震え出す。

 それを興味無さげに一瞥した後、ジジ様はだっこした私に向かって子守唄を歌うみたいな優しい声で続けた。


「おじいちゃんが教えてあげようね、可愛いパティ。――シャルベリのやつらが辿った因果応報の歴史を」



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[一言] シャルベリの秘話が語られる!?
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