25話 負の遺産の完済
「おとうさん! おかあさんっ!!」
「エド!」
「エドワード!!」
ライツ殿下率いる王国軍の騎兵隊に護送されて王城の門を潜った私達は、そのまま王宮の中へ案内された。
そこで、エド君は無事両親との再会を果たすことができたのである。
セオドア様は、エド君と同じ栗色の髪をした優しそうな面立ちの――はっきり言ってしまえば女性の尻に敷かれそうな雰囲気の男性だった。
その印象は間違いではないようで、妻のカミラ様にはまったくもって頭が上がらない様子。
とはいえ、再会を喜び合う親子眺めて、私は隣に並んだ閣下と安堵のため息を交わす。
この身を包んでいた黒い軍服の上着は閣下に返し、私は王宮で借りた衣服を身に着けていた。
腕の中では、ただのぬいぐるみの振りをした小竜神が、両親に抱き締められるエド君を見守る。
機嫌が良いのは、その長い尻尾の先がパタパタ振られているので分かった。
そんな喜ばしい雰囲気にもかかわらず、若干二名、青ざめている者達がいる。
昨日即位したばかりのハリス国王陛下とライツ殿下だ。
「ああああー、どうしようー、どうするー? まぁた、パトリシアを巻き込んじゃったよ! 今度こそマチルダに殺されるううう!!」
「兄上、かくなる上はパトリシアを味方につけるしかないぞ」
「えええ!? でも、妹を唆したらもっと怒らせるって言ったの、ライツじゃないか!!」
「一か八か、パトリシアが取り成してくれたら、兄上の腕一本犠牲にするくらいで済むかもしれないだろう?」
彼らはよほど姉が怖いらしい。
私は閣下と顔を見合わせてから、おずおずと声をかけた。
「あの……エド君やそのご家族が理不尽な目に合わされないというのでしたら、姉を宥めるのは一向にかまいません」
とたんに、陛下とライツ殿下は顔を輝かせる。
「もちろん、今のオルコット家を断罪するつもりなんてないよ! こちらとしてはむしろ、役人が迷惑をかけたことを謝らないといけないと思っているぐらいだからね!」
「三代前の脱税は確かに罪深いが、それを真っ当に生きている曾孫や玄孫に償わせるような不条理な真似はさせんさ」
そもそも、オルコット家の過去の罪は当初からさほど重要視されていなかった。
それよりも、琥珀を不正に取引した相手の一族の方を新政権は追及したかったらしい。
その一族の現当主というのが、王都でも強欲なことで名の知れた成金――何を隠そう、ミリアとの縁談が上がっていたあの宝石商であったというのだから因果なものである。
なんでも、件の宝石商は後ろ暗いところのある大臣達ほぼ全てと交遊があり、連中の財産隠しにも関わっていると睨まれていたのだとか。
彼を拘束するための決定的な証拠を欲していたところに、過去の帳簿を携えたセオドア様が出頭してきたのは、捜査を進めていた王国軍にとって、まさに渡りに船だった。
とにかく、エド君やその家族が何らかの重い罰を与えられる可能性はないらしい。
それを聞いて、私はほっと胸を撫で下ろす。
「「――パティちゃん!!」」
そんな私に、ひとしきり再会を喜んだエド君とカミラ様が飛び付いてきた。
セオドア様は私に微笑んで会釈した後、閣下を交えて陛下とライツ殿下と何やら相談を始める。
「パティちゃん、エドがとてもお世話になったそうね。本当にありがとう」
「いいえ、それでその……セオドア様とは、ちゃんとお話できましたか?」
私の問いに、カミラ様はエド君を抱き上げて満面の笑みで頷いた。
セオドア様が離婚を言い出したのは、カミラ様とエド君のためだった。
役人の誘いに乗らず、三代前の悪事を公にする決意したセオドア様は、その代償としてオルコット家の土地や財産を国家に取り上げられる覚悟をしたのだ。
しかし、妻子にはそんな惨めな思いをさせたくなかった。
特に、なかなか子供ができなかったことで、口さがない周囲に悩まされたカミラ様にこれ以上心労をかけたくなくて、事情は知らせないまま別れを切り出したのだという。
「私の知らないところで悪徳役人に脅されていたなんて……そんなの、分かるわけないじゃないねぇ?」
「そ、そうですよね」
「パティちゃんに元気づけてもらって、セオドアともう一度話し合う決意をしてオルコット家に戻ったら、彼が身辺整理なんてしてるんだもの。びっくりしちゃった! あと半日遅かったら、彼一人きりで王都に出頭して入れ違いになるところだったわ」
「そうでしたか……間に合ってよかったです」
二人はようやく腹を割って話し合い、事情を聞いてセオドア様の意思に賛同したカミラ様は、一緒に王都に出頭することを決意。
もちろん、エド君の存在も忘れていたわけではない。
オルコット家を出立する前に、シャルベリ辺境伯領の旦那様と閣下に宛てて事の次第を認めた手紙を送っていたらしいが、私達が王都に発ったことで入れ違いになったのだろう。
何はともあれ悪徳役人が捕えられ、陛下がオルコット家の無罪放免を宣言したことで、エド君の両親の離婚危機も回避された。
しかしながら、負の遺産を次代のエド君に残さないために、セオドア様はどうしても曾祖父の悪事を償いたいようだ。
彼は、オルコット家がかつて財を築いた琥珀を産出する森林地帯をアレニウス王家に献上したいと申し出る。
悪徳役人のせいでオルコット家に負目を感じているらしい陛下とライツ殿下は、それを受け入れるのを渋る素振りを見せたが、ここで間に入ったのは閣下だった。
「オルコット家は爵位こそ持たないものの、かの地では大地主として人々から絶大な信頼を寄せられていると聞きます。そのオルコット家が、代々守ってきた土地の権利を献上してまで陛下に忠誠を誓うと知れば、その地の民達もおのずと陛下に信頼を寄せましょう」
つまり、脱税の罰として取り上げるのではなく、新国王陛下の即位祝いという形で献上することを提案したのだ。
近年力を入れてきた金融業が順調なオルコット家にとって、年々産出量が減っている琥珀の収入は生活を左右するものではないため、手放したとしてもたいした影響はない。引き続きオルコット家に運営管理を任せるという名目ならば、琥珀の産出に従事する地元民の雇用も継続することが可能だろう。
オルコット家の名に傷が付くことはなく、陛下にも箔が付く。
閣下の案を否定する者は誰もいなかった。
こうして、オルコット家の問題は無事解決した。
そうすると、私と閣下の問題――私が、ミリアのことで子供みたいに拗ねて篭城して、閣下を困らせたままだったことを思い出し、とたんに気まずくなった。
私は、まずは謝らなければと口を開きかけたのだが……
「――すまなかった、パティ。私の独り善がりだったと、深く反省している」
「か、閣下。私こそっ……」
先に謝られてしまって慌てる。
ブンブンと首を横に振る私に、閣下は苦笑いを浮かべて続けた。
「セオドア殿やリアム殿下と同じ轍を踏んでしまったな。知らないうちに処理した方がパティは幸せだ、なんて勝手に思い込んでいたんだ」
「私は……そりゃあ、ミリアさんがまだ閣下に執着していると聞いたら嫌な気持ちになったと思いますけど……でも、相談してほしいです。私なんかじゃ、頼りないかもしれませんが……」
「パティ。自分のことを〝なんか〟なんて言わないんだよ。――いや、今回そう言わせてしまったのは、私か。ああもう、いっそパティの気が済むように、殴るなり蹴るなり噛み付くなりしてもらった方が……」
「い、いえ! 閣下を責めたいわけじゃないのでっ!! そ、そうだ! 結局、あの、ミリアさんは……?」
どんどん不穏になっていく閣下の言葉に焦った私は、慌てて話の矛先を変えることにした。
すると、ミリアの名を出したとたんに苦虫を噛み潰したような顔になった閣下が肩を竦める。
「私は二度と関わるつもりがない。手紙も会いに来られるのも迷惑だ、ときっぱりと伝えたんだけれどね」
「ご納得……されなかったですか?」
「まあね。ただ、私もパティとエドが攫われたと聞いて、それ以上彼女に構っている場合じゃなくなったものだから、ちょうどその場に居合わせた人物を代わりに紹介してきたよ」
「居合わせた人物? えっと、誰でしょう?」
きょとんとする私に、閣下はにっこりと微笑んで続けた。
「パティの、二番目のお兄さん」
「えええっ? あ、兄ですか!?」
次兄は母親似の中性的な美形である。しかも、売れっ子の建築家と聞いて、現金なミリアはすぐさま目の色を変えたという。
しかし、次兄もまさか、久々に戻ってきた生家で、初対面の妹の婚約者から面倒なものを押し付けられるなんて思ってもみなかっただろう。
私は無性に、申し訳ないような気持ちになった。




