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落ちこぼれ子竜の奮闘2

 軍の施設から飛び出してきた人物を目にしたとたん、ヘルム号はあっさりと速度を落とした。

 現れたのは彼の主人──閣下だったのだ。


「どう! どうどう!」


 すかさず駆け寄ってきた閣下が、たたらを踏むヘルム号に飛び乗る。

 手綱もない状態だったが、難なく愛馬を宥めてしまった。

 騒然としていた中庭は、一転して安堵の空気に包まれる。

 頼もしい軍司令官閣下に、シャルベリ辺境伯領の人々が信頼を寄せているのがまざまざと感じられた。

 私も、真っ黒いたてがみの中から閣下を縋るように見上げる。


「ぴい!」

「パティ、もう大丈夫だよ」


 なぜだか閣下は、厩舎を脱走してきた愛馬の背に子竜がくっついているのを見ても驚く様子はない。

 また、騒ぎを起こしたヘルム号を叱ることもなかった。

 愛馬がいたずらに厩舎を脱走したわけではない、と閣下はわかっていたのだろう。

 そんな彼の胸に飛びつきたい衝動を、私は必死に抑える。

 閣下に注目が集まっている今、たてがみの中から出て子竜の姿を晒すわけにはいかなかったからだ。

 なにしろ、軍馬の爆走に驚いていた人々が、これを収拾した閣下の周りに集まってこようとしていたのだ。

 私が子竜の姿を見咎められまいかとヒヤヒヤしている中、ふいに聞き慣れた声が響いた。


「紳士淑女の皆様! とくとご覧あれ!」


 閣下の腹心、モリス少佐だ。

 その足下には、愛犬ロイがピタリと身を寄せてお座りしている。

 少佐は、人々の視線が閣下から自分に移ったのを確認すると、すかさずロイに合図を出した。 

 

「はいっ!」


 少佐が両腕で作った大きな輪を、ロイが飛び上がって潜り、


「はぁいっ!」


 少佐が薙ぐようにして投げた軍帽を、素早く走って追い掛けたロイが空中でキャッチ。


「もういっちょ!」


 少佐が両手を組んで作った足場を踏み台にして、ロイが背面宙返り、などなど。

 次々に披露される少佐とロイによる息のあった曲芸に、人々はたちまち釘付けになった。

 そうして、最後に……


「よし、こい! ロイ!」

「わおーんっ!」


 少佐の腕に飛び乗ったロイが、彼の肩に両の前足を掛けて高らかに吠える。

 おおーっ! と大きな歓声が上がった。

 割れんばかりの拍手が巻き起こり、少佐とロイは誇らしげに胸を張る。


「ついに世界が気づいてしまったな! 私とロイの素晴らしさに!」

「わふっ!」


 とはいえ、少佐とロイがいきなり曲芸を披露し始めたのは、承認欲求を満たすためではない。

 彼らが人々の視線を逸らしてくれている隙に、閣下は上着を脱いで子竜の私を包み込んだ。

 この頃になって、ようやく厩舎係達が追いついてくる。

 閣下は、まさしく這々の体といった様子の彼らに苦笑しつつ、私を包んだ上着を抱えて馬を下りた。

 それから、ヘルム号の首を優しく叩いて、その耳元に囁く。


「ヘルム、パティを届けてくれてありがとう。あとで、カゴいっぱいのニンジンを届けるよ」

「ブルルル」

「ちゃんと自分で厩舎に帰れるな?」

「ブルン!」


 当然だ、とでも言いたげに鼻を鳴らしたヘルムが、蹄をパカパカ鳴らして元来た道を戻っていく。

 厩舎係達が、ヒーヒー言いながら再び彼を追いかけていった。

 それを見送った閣下は、少佐とロイに向かって夢中で手を叩いている若い守衛の脇をすり抜けて軍の施設に入る。

 そうして、軍司令官執務室に戻ったとたん──




「はああああ! パティ! かわいいいいい!!」

「ぴゃっ!?」




 上着を引っぺがして直に私を抱き締めた閣下が、感極まったような声を上げた。


「あー、よちよち! びっくりしたねぇ! ヘルムがパティを乗せて厩舎を飛び出して来た時には、口から心臓が飛び出すかと思ったよ!」

「ぴ、ぴい?」


 なんと閣下は、ヘルム号のたてがみに隠れていた子竜に、最初から気づいていたというのだ。

 しかし、この軍司令官執務室から厩舎までは随分と距離があるが……


「ははっ、驚いた顔も可愛いなぁ! しかし、私がパティの姿を見逃すわけがないだろう? たとえ千里の先であっても、この可愛いピンク色を見つけてみせるさ!」

「閣下は、パトリシア様が関わるととたんに超人じみますからね。ありえます」


 閣下のとんでも発言を肯定したのは、ロイとともに戻ってきた少佐だ。

 その手には、私がさっき茂みに隠してきた衣服があった。

 どうやら、ロイが見つけ出してくれたらしい。


「ぴっ!」


 ここで、私は壁掛け時計に目を向けてぎょっとする。

 四人の軍人達がこの軍司令官執務室に突入すると言っていた時刻まで、もう少しの猶予もなかったからだ。

 私は、目の前でデレデレしている閣下の顔を、ちんまりとした子竜の両手で掴んだ。


「ぴいっ! ぴっ! ぴいいっ!」

「ああああっ! なんちゅー、可愛いおててなんだい、パティ! こんなに小さいのに、頑張ってヘルムのたてがみを掴んでいたんだね! 偉い! 偉すぎるよ、パティ!!」

「ぴーっ! ぴみいいいっ!!」

「はわ……必死に何かを訴えるパティ、尊い……! ありがたや、ありがたや」


 子竜の手に自身のそれを重ねた閣下が、うっとりとして目を閉じる。

 あまりの危機感のなさに、私の焦りは募るばかりだ。


「んぴいいいっ!!」

「いやいや、閣下。陶酔してないで、お話を聞いて差し上げてくださいよ。何やら困ってらっしゃるでしょうが」

「──はっ! 困り顔のパティもかわわわわわ!」


 見かねた少佐が口を挟むが、閣下のデレに拍車がかかっただけだった。

 時は、刻一刻と過ぎていく。


「ぴいいいいっ!!」


 業を煮やした私は自分の衣服の中に潜り込むと、襟口から頭を出した。

 そうして、表情筋がゆるゆるになっている閣下の顔に、頭突きをかます勢いで突進する。


「んむっ……パ、パパパパ、パティ!?」


 真実好いている相手とのキス──これが、竜に変身したメテオリット家の先祖返りをたちまち人間に戻す、とっておきの方法だった。


「わあー、上司が年下の女の子に唇を奪われる光景見せられるの、複雑ぅー」

「わふわふ」


 少佐とロイが何やら言っているが、今は構ってなんかいられない。

 人間の姿に戻るやいなや、ワンピースの袖に両手を通し、閣下に縋りついて叫ぶが……


「閣下! あのっ、古参の軍人さん達がっ……!」



 ──バンッ!



 私の言葉を遮るように、軍司令官執務室の扉が開いた。

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― 新着の感想 ―
ほんとパティも可愛いし閣下も楽しいです。
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