僕の正義
「はぁ……まさか泊まることになるとは」
テイクの鍛錬が終わった後、どうすれば強くなれるか質問攻めされ、終わったかと思えばメルにどうすればテイクの役に立てるか訊かれ、なんやかんやで夜になってしまった。
雷斗さんの「泊まってけー」でテイクとメルが目を輝かせたので、断ることが出来ず泊まることになった。
それで皆が寝静まった後で何だか寝れなかったので外に出て散歩している。
何となくで王城の方へ歩いているが……流石に夜は静かだね。
「……ん?」
そう思ってたら誰かがこっちに走ってくるのが見える。
立ち止まって良く見てみると……あれ? 何か知ってる人じゃね?
「はぁっ……はぁっ……!? 理樹君!?」
「り、理樹!?」
「何急いでるんだお前ら?」
金髪の子――唯と茶髪の男――日向がこっちに走ってきて、僕を見るなり驚いている。
隣に知らない幼女もいるんだけど……何これ?
「やっぱりじゃな! シミズの気配がしたから来てみたのじゃが……ビンゴじゃな!」
「……また母さんかー」
「なるほど、アイリの子どもか……にしても気配も似てるのぉ」
どうやらこの幼女は母さんと知り合いらしい……母さんの人脈はどうなってんだ?
気配が似てるか……性格は似てると言われたことはあるけど、それが関係してるんかね?
まあ、今はそんな事気にしてる場合じゃないらしいけど。
「それで、何に追われてるのさ?」
「へ、兵士がこっちに向かってきてて……どうしよう!?」
「ニア! どうにか出来ないのか!?」
二人にそう訊くと、唯が僕に助けを求め、日向は幼女――ニアに策は無いかと訊く。
つまりは追われてて逃げてるけどそろそろ追いついてくるって事か……。
「ニア、だっけ? 雷の鬼人亭は分かるか? 分かるなら二人を頼みたいんだけど」
「分かるが……ああ、シミズならやれるかの」
「当たり前だ……母さんの子だぞ?」
ニアは雷の鬼人亭の場所を知ってるらしいので、二人を任せる。
僕が何をやるのか分かったのか、ニアはそうニヤリと笑みを浮かべる。
「と言うわけで逃げるのじゃ!」
「り、理樹君は!?」
「理樹! 駄目だ!」
余裕顔のニアとは反対に二人は心配した顔で僕を見る。
まあ、普通はそうなるよね。
でも……僕は母さんの子だから大丈夫だ。
「ここで守れなかったら母さんから受け継いだ正義を破ってしまうからね……大丈夫、僕を信じて」
「……信じるからね、理樹君!」
「嘘ついたら……許さないからな!」
本当に僕の身を案じてくれてる二人を見て、恵まれてるなぁと思う。
唯さんは心配そうだけど信じてくれるって言ってくれるし、日向は今にも泣きそうな表情だし……今まで我慢してくれたんだろうなぁ。
二人を泣かせるわけにはいかないね。
そんなことしたらいきなり母さんが出てきて斬られてもおかしくないし。
そう思いながら遠くなっていく三人を見えなくなるまで視界に入れる。
「……さて、そのために邪魔者には退場してもらわないとね」
道を塞ぐように仁王立ちをし、追ってきた兵士と三人の日本人を止める。
兵士だけじゃ無理だと判断したか……それは正しいけど僕にとっては人数が増えただけだ。
「君は『無能』の……唯さんは何処へやった!?」
「……はぁ、僕は平和主義者だってのにどうして面倒事ばかり来るのかなぁ?」
「僕の質問に答えろ!」
何か勇者っぽい装備をした男が怒ってるけど……正直興味がない。
面倒事ばかり来てる現状に神様にでも嫌われてるのかなと思ってしまう。
まあでも唯と日向にまた出会えたし、保護も出来たからいいかな……そう言う意味では幸運だ。
「んで、君達は何をしに来たの? 唯さんを奴隷にして汚しに来た? それともあのニアっていう幼女に欲情でもしたかい?」
「そ、そんなわけないだろう! 僕は友達を返してもらいに来ただけだ!」
「えー、ほんとー? にしては後ろの二人は反応ばかりしてるけど?」
いやー、こういう真面目な奴って言うのは弄るのが楽しいねぇ……正反対に後ろの二人は反応ばかりしてるし。
しかし、逃げてきたのは唯さんだけじゃないんだけどなぁ……日向はどうでもいいのかな?
「……それで? 日向の名前が出てこないのはどういう事だい? ああ、唯さんを汚したいなら邪魔な存在かもね」
「違う! そんな事より唯さんは何処へやった!?」
「教えると思った? 敵がそんな重要な情報教えるわけないじゃん、馬鹿じゃないの?」
「……最終警告だよ……唯さんを何処へやった!?」
勇者君を煽ったら怒りを露わにしながら最終警告をしてくる。
大量の魔力が勇者君の体から溢れ出し、風が吹き荒れる。
でも、その程度。
別に殺されるとか怖いとかそう言う感情は湧かない。
「……ならこっちからも最終警告……僕の前から消えないなら殺す」
なのでこっちからも最終警告をする。
今まで隠していた殺気を放ち、ナイフを抜く。
ただそれだけで勇者君含め全員が一歩下がってしまう。
「おいおいこの程度でビビらないでよー、笑って受け止めるのが普通でしょ?」
「き、君は……いや、ナイフしか持っていないんだ! 僕ならやれる!」
情けないなーと思いながらさらに煽ると、勇者君は剣を構えて突っ込んでくる。
ふむ、上段斬りか……突っ込んでくる度胸は褒めてあげよう。
まあ普通にナイフで防げるんですけどね。
「なっ……がっ!?」
「驚いている暇があったら下がらないと……こんな風に蹴り飛ばされるんだよ?」
驚いている勇者君を回し蹴りで吹っ飛ばす。
吹っ飛んでいく勇者君を見て、他の人は武器は構えるが突っ込んでは来ない。
うーん……世界を救う勇者(笑)がこんなのでいいのか……もう前勇者が片づければいいんじゃない?
「ギフトに頼りっぱなしじゃこうなるってハナシ……記憶したか?」
「お、お前のギフトは身体能力強化だけなはずだ……どうしてこんな!?」
「それは所詮ギフトは後付けの力だからさ……それがどれだけ大きくとも、今まで積み上げてきた能力には敵わないって事……理解できた?」
勇者の後ろにいた二人の転移者は驚愕しながらそう言ってくるけど、殺気の時点で気づくべきだと思うんだよね。
殺気は殺せば殺すほど強くなるし、どう放てばいいのかも分かっていく。
だからあの闇金男は僕にこの歳で『殺した経験が多すぎる』という意味で異常と言ったんだよね。
「僕だって最初は殺すのが怖かったさ……でも、そんなもの殺していくうちに無くなっていくんだよ」
「き、君は……どれだけの罪を重ねてきたんだ!?」
「ああ、数えるのが面倒なくらいだよ……だって僕が殺したのは犯罪者だけだし」
勇者は剣を構えながらそう叫んでくるが……僕が殺したのは犯罪者、つまりは悪人だけだ。
だからこそ逆にこっちから問おうか。
「もしその犯罪者が善人を殺したら? 将来が明るいはずだった少女が汚されたら? 今まで積み上げてきたお金が盗まれたら?」
「そ、それは……」
「悪人と言うのはね、そういう事を罪悪感無くやっちまう奴らなんだよ……大切な物を自分勝手な理由で奪っていくんだ」
あまりにも平和な世界を生きていたからこいつらは分からないかもしれないけど……悪人と言うのは存在してしまう。
幸せな家族の大切な物を奪う人、将来が明るいはずだった少女を汚して絶望へ突き落す人、今まで貯金してきて結婚式を上げようとしている幸せな恋人の金を盗む人……ああ、とても理不尽だ。
「だからこっちもそうすることにしたんだ……悪人は殺す、ただそれだけ……慈悲なんて必要ない、罪悪感も感じる必要はない……だって、悪人がそうするならこっちもそうするしかないでしょ?」
「…………っ!」
「お前達も悪人となるならこっちも容赦は出来ない……無慈悲に殺させてもらうよ」
言いたいことを言い終えて、僕はナイフを構える。
別に殺せるけど……まだ悪人にはなっていない……だから殺さない。
悪人になるなら殺すけど。
「……今回は下がるよ」
「ああ、そいつは助かる……僕だって殺したくて殺してるわけじゃないからな」
「でも……君がやっていることが正しいとは言い切れない」
「知ってる……あくまでもこれは僕の正義だからね」
「……皆、戻るよ」
勇者の指示に従い、そいつらは帰っていく。
それを最後まで見届ける。
「……でも、正しい事なんて存在しないよ」
誰も見えなくなってから僕はそう呟き、雷の鬼人亭へ向かう。