エピソード1 ― 9・幸と兄
家族・兄弟愛・友情がテーマな少し謎めいたストーリー。人物紹介です。
「加賀はじめ」加賀家の長男、弟を支えてきた。いろいろ過去を抱えている。
「加賀昭次」幼い頃の記憶がないままはじめを頼りに、時折記憶の断片に悩まされている。
「大竹成仁」はじめの働き先の後輩、姉の病気がわかるまでは荒れていた。
「大竹幸」成仁の姉、重い病気で入院している。
「神崎俊」幸の恋人、母を病気で亡くしている。成仁に兄のように慕われている。
病室の前、後ろの加賀へ視線を向ける成仁、小さくお願いをしドアをノックした。
中からドアが開く、そこには神崎が立っていた。
「あっ、成。幸、寝てしまってな・・さっきまで楽しみや言うて起きとったんやけど」
「・・こんにちは」
「あっ、加賀さん。一緒やったんですか。幸、起こさな」
慌てて止めるはじめ。
「いいです、いいです。オレのせいで疲れさせてたかもですし」
「だけど寝るって・・すいません、せっかくなのに」
せっかく早く来たのに、思わず姉にキツイ視線を飛ばすとポンと成仁の頭を撫でる手。
「気にしてないって。そんな顔するなよ、かわいそうだろ姉ちゃん」
「とりあえずそんなとこ立っとらんと座って。すぐ起きると思うから」
「時間大丈夫?オレお茶でも買って来るから、姉ちゃんのあほヅラでも眺めてて」
ひどいことを言い残し出てく成仁に苦笑いの二人。
「失礼なこと言うなよ、自分の姉ちゃんつかまえて」
「いつものことやわ、二人して口悪くて大変やで」
「そうなんですか?そんなふうには見えないですけど」
小さく笑う神崎。
「それ幸に聞かせてやりたいわ。ありがとう、けど見た目と違うから。へんなこと言ったらごめんな」
神崎さんの物言いに付き合いの長さを感じた、ずっとこの人を支えてきた強さを感じる。
「神崎さんたちは付き合い長そうですね」
「ああ、そうやね。知らん間に長なってた」
幸せそうに笑う顔にどこかさみしさを感じたのは気のせいだろうか。
「加賀さんはもてそうや。結婚はせんのですか?」
「いないですよ、もてませんし」
謙虚なはじめの言葉にうそでしょーとつっこむ神崎に大きく手を振る。
「ホントですって。今は仕事と、家族で手いっぱいなんで」
「あぁ・・わかる、それは。オレはその家族もおらんくなったけど・・今は、こいつらおるからな」
ふいに、また空気が変わった・・オレも大変だったけど、この人もきっとオレ以上に大変だったはず・・今も。
「・・いろいろ大変だと思いますけど、オレに出来る事なら協力しますから言ってください」
「・・・ありがと。大丈夫や、それより成仁のことお願いします。見かけによらず弱いとこあるやろ?」
さみしそうにそう呟く神崎にどっちも心配だと思った、成仁や彼女のことばかり考えていそうなこの人・・一番、共感できるから。
「わかりました・・けど、神崎さんも頼りにしてくれていいから。もうそのつもりだからさ」
小さく笑い頷く神崎に、はじめも小さく微笑む・・少しやわらかな空気が流れた。
ドアの外、いつの間にか帰ってきていた成仁、ずっと話を聞いていた。
一つ呼吸を整え、勢いよくドアを開く・・二人の優しさに胸が苦しくて。
「おまたせ。買ってきた、はいどうぞ」
「サンキュー」
「ありがと」
笑顔の二人を見て、気持ちがそのまま口に出てしまった。
「・・オレ、そんなに弱くないからさ・・姉ちゃんもそうだと思うよ」
ふいに呟く成仁に顔を見合わせてバツの悪い二人、小さく微笑む。
「聞いとったんか?」
頷く成仁が照れて壁側の椅子へ離れて座る。
「そうだな、大事な人守るのに弱いなんて言ってられないよな、悪い」
「そうだよ・・」
立ちあがって成仁の前に立つ神崎、ポンと頭を叩く。
「アホ、強がりよって・・」
「強がってないよ、ホントにそうなの」
「・・私だって、弱くなんかないよ」
「幸・・起きてたんか?」
ゆっくりと起きあがる幸に慌てて手を貸す神崎、自分の弱音を聞かれてしまったと俯く成仁。
はじめが気づき、さり気なく成仁の前に立ちあがる。
「今、起きたとこ・・加賀さん?申し訳ないです、せっかく来てもらいましたのに」
「いえ、オレこそすいません・・起こしちゃいましたね」
「起こしてくれてよかったのに」
「起こさなくていいって加賀さんが気使ってくれたんだよ」
チラリと成仁を見る幸、成仁の仏頂面に小さく笑った。
「遅れましたが、いつも弟がお世話になってます。これからもどうぞお願いします」
「いえこちらこそ。助かってますよ成仁くんには」
「そうですか。よかったわね成仁」
神崎と成仁、顔を見合わせて笑い出す。
なぜ笑っているのかとびっくりしてるはじめ、幸は予想がついて睨んでいる。
「気持ち悪いなぁ。へんなしゃべり方すんなよ」
「成仁・・状況考えなさい。もう余計なこと言わないでよ、人がせっかくがんばってるのに・・あっ」
大きな声で反応してしまい口を押える幸、そんな幸を見て微笑んでるはじめ。
「そんな気使わないで、普通でいいですよ。オレもそのほうが来やすいし、気使うと疲れますよ」
「加賀さんまでなんか変。もっと楽にしたらいいのに」
「ホントにお子様だなおまえは。初めはしっかりしないとダメだろ、おまえもちゃんと紹介しろっ・・失礼」
幸の前でいつものごとく成仁につっこんでしまう手、思わず謝ってるはじめ。
「いいですよぉ。どんどんやってください」
幸は頼もしいと喜んでいた。
「今更紹介もないんだけど・・先輩の加賀はじめさん、オレの恩人みたいなもんかな?」
「大袈裟な。オレはおまえが姉ちゃんのために働きたいって言うからお世話しただけ」
意味深に笑いながら言うはじめ、思わぬセリフにびっくりして慌てて止めてる成仁。
「そ、そんなこと言ってない、言ってないって。話作んないでくださいよ」
なに照れてんだよ、笑ってるはじめと応戦してる成仁をよそに、大きく頷いてる幸。
「それは当然よね、あんたのせいで姉ちゃんどれだけ苦労したか。これからはこっちの番でしょ?」
「成仁相当迷惑かけたらしいからの。そんぐらい言わな幸もわり合わんよな」
「まったくだ。おまえの素行の悪さは有名でしたからね」
昔のことを思い出しみんなで苦い顔をした、成仁はかなり痛そうに顔を覆う。
「みんなで言わなくてもわかってるよ。がんばってるじゃんオレ」
すねる成仁に笑いが響く部屋。
「私も早く良くなるから、がんばってちょうだい。また私が世話してあげるし」
「そうですよね。幸さんはいつごろ退院できる予定なんですか。調子よさそうですよね?」
ふいに出る質問に神崎は固まり、成仁は不安そうに幸を見る・・しまったと内心焦るはじめ、まずいこと聞いたか。
幸はなんでもないように小さく笑う。
「最近は結構いい感じなんですけど。頑固な先生につかれてるもんだから・・まだわからないみたい」
「それは、大事をとってのことなんですよ。しっかり治してからのほうが安心ですし」
おかしな空気に、必死になってるはじめ。
成仁に同意を求めると慌てて頷いてる・・オレってやつは、不安感じてたはずなのに。
「う、うん。そうだよ、また倒れたらオレ嫌だよ。しっかりすっきり完治してからでいいよ」
「自分は治ってるつもりなんだけど、ダメって言うから。すっきり治るのはまだってことなんかな?」
「・・ゆっくりでええんよ、難しい病気なんや。ちゃんと先生の言うこと聞かんとあかんぞ」
「なんか、ごめんねみんなに心配かけてる・・大丈夫私は丈夫だし、加賀さんもありがとう。ごめんなさいね」
「いえ・・」
自分が不用意に出した言葉に本気で後悔しているはじめ、神崎が気づき肩を叩いて小さく微笑む。
はじめは小さく頭を下げた。
「加賀さんは・・オレにとっては親代わりみたいな人なんだよ。だからそんな気を使わないでいいよ」
突然はじめに向けて言ったのか、みんなに言ったのか成仁が俯きながら告げる。
びっくりしてる幸と神崎、はじめは呆然と成仁を見ていた。
はじめのほうを見ながら幸は少しさみしそうな表情。
親変わりか・・成仁は父を知らない、だから気持ちはすごくわかるけど姉ちゃんもしっかり親やってきたつもりだったけどなぁ・・
父の変わりはやっぱ男の人じゃないと無理なんだよねきっと。
自分がむちゃしてた時に叱ってくれた、それだけでもう十分大事な存在なんでしょう・・成仁にとってこの人は、私には無理だったことをしてくれた人。
「お姉さんを目の前にしてなにを言ってんだよ、オレなんかなにもしてないし幸さんに比べたら」
「姉ちゃんは姉ちゃんだよ、親じゃない。俊さんもなんか違うし・・」
「それはオレが老けてるっていうことかな?」
「そう、かもね」
暗くなりそうな雰囲気を変えるはじめの言葉に成仁も感じたように便乗して笑うみんな。
「失礼やぞ。加賀さんそんないってへんでしょ?」
「まぁこの中じゃ一番年上だとは思いますけど・・」
「俊と同じくらいじゃないですか?ずばり二十四歳」
「へ?神崎さんオレと同じ歳なの?」
「ホンマそうなん?同じやん」
「マジで?やっぱ老けてるなぁ加賀さん・・いたっ」
足を踏まれる成仁、ほっといてくれと拗ねるはじめを笑ってる神崎と幸・・よかった、ちょっと元気になったみたい。
「そろそろ帰ります。また寄らせてもらいます」
「ありがとう、今日は楽しかったです。成仁のことこれからもよろしくお願いします。俊、送ってさしあげてもらえます?」
「なんやそれ。普通にしゃべってくれよ、怖いで」
立ちあがる神崎に、いいですよと断るはじめだがやめる気はない様子の神埼。
「ええって。逆らえませんからねお嬢さまには」
「またいつでも来てください。待ってます」
返事を返し、病室を出て行く二人を見送る大竹兄弟。
静まる病室、ゆっくりと椅子に座る成仁。
「なに?なんか話?」
俊さん指名なのがおかしかった、わかりやすい姉の思考に素直に聞いてみるとわかった?と笑っている幸。
「あんた無理強いしてない?加賀さんに・・それに俊にも」
「なにが・・そんなこと、してないし」
「あんたが兄ちゃんって慕ってること、それを強制するようなこと言ってない?」
強制・・そんなことを考えたことなかった。
「オレはホントにそう思ってる。俊さんもそう言ってくれてるし、加賀さんも喜んでくれてた」
「やさしそうだもんね、あの人」
「やさしそうじゃなくてやさしいの。適当に答える人じゃない。それに、ちゃんと控えとるから大丈夫。加賀さんには大事な弟くんがいるからな・・」
あきらかに落ち込んでいる様子の成仁、きついこと言いすぎたかな。
本物にはかなわない、か・・俊にしてみても、本物にはなれないもんね。
もしも私と俊が・・結婚、したとしてもそれは本当の兄弟ではない・・それより、そんなこと考えられないんだけどこんなだもん私・・俊の人生狂わせるわけにはいかない。
「姉ちゃん?」
急に黙り込む幸に具合が悪くなったのかと心配になり覗き込む成仁。
「あっ・・弟さんいるんだね、成仁も知り合いなの?」
普通に返ってくる言葉にホッと椅子に座り直す。
「う、うん。昨日会った、オレより年下。さすが加賀さんの弟ってかんじで・・しっかりしてた」
「どうしたの、さっきから暗い。いいじゃないホントの兄弟じゃなくても繋がりはしっかりしてるんでしょ?自分で言ってたじゃない」
「姉ちゃんこそさっきと言ってること違う。人の考え読むなよな・・」
「それくらいわかります。顔に出すぎ、弟くんに嫉妬して」
思わぬ図星に、思いきり顔を上げてしまい姉と目が合い・・赤くなる頬。
「うるさいなぁ・・姉ちゃんが俊さんとちゃんとしてくれたらオレにも兄ちゃんできるんだから、いつ結婚すんだよ」
「・・悪いけど、できないよ。私の状況見て言ってる?私なんかと結婚したら俊がかわいそうだよ」
「なんで?もうすぐ治るんだろ?なんでそんなこと言うんだよ・・俊さんになんか言われた?」
「言わないよ・・なにも言わないから私も言わない。言われても断るけど」
小さく笑う幸を睨む成仁、なに言ってんだよ意味わかんねぇよ。
「そんな顔したってかわらないよ。自分のことは自分が一番わかってる・・はっきり言うけど、最近調子悪かったの・・先生はごまかしてるみたいだけど顔見たらわかる、必死なんだもん。もうダメなのかなぁって思っちゃう」
「・・よくなってるんじゃないのか?いつも大丈夫だって言ってるだろっ」
突然にそんなことを言い出す幸に思わず口調が荒くなる成仁、なに簡単にそんなこと。
「心配させたくないし・・ここにいい時くらい笑っててほしい。二人の元気が私の力だから」
「・・そんなこと、言うなっ。弱気な姉ちゃんなんかおかしくて見てられない・・」
「大丈夫、あんたには二人もいい兄ちゃんいてくれるんだから」
「だから、なんだよっ!なにが言いたいっ、めったなこと思ってたら許さないからなっ!」
大きな声に看護婦が走ってきて二人を止める。
「どうしたんですか?大きな声出して、大竹さん?」
幸を睨み、駆け出してく成仁。
「こら、走っちゃだめよっ。どうしたの?」
「なんでもないよ、騒がしくてごめんなさい・・」
ダメだなぁ・・あんなこと言う気なかったのに。
いつかは知られるんだから自分で伝えたいって気持ちはあったけど・・言い方間違えたかな。
言いたいことすぐばれちゃったし、こういうことには頭が回るんだから。
けどホントに俊にも、今じゃ加賀さんにも感謝してる・・きっと、支えてくれる思うから―――