エピソード1 ― 7・忍と俊
家族・兄弟愛・友情がテーマな少し謎めいたストーリー。人物紹介です。
「加賀はじめ」加賀家の長男、弟を支えてきた。いろいろ過去を抱えている。
「加賀昭次」幼い頃の記憶がないままはじめを頼りに、時折記憶の断片に悩まされている。
「大竹成仁」はじめの働き先の後輩、姉の病気がわかるまでは荒れていた。
「大竹幸」成仁の姉、重い病気で入院している。
「神崎俊」幸の恋人、母を病気で亡くしている。成仁に兄のように慕われている。
「井川忍」昭次の同級生、俊とは家が隣同士で慕っている。
「相田武・武威直人」昭次の親友。
「関義斗」俊のケンカ仲間、昭次やはじめとの関係は?
僕の態度、最悪だったと思う・・
兄弟に憧れてて、隣に引っ越してきた家族にお兄さんがいるって聞いてすごく喜んでた自分は覚えている。
それなのに・・
「ホントに?ホントに隣にお兄ちゃん来たの?」
「来たよ。今からあいさつ行くからついて来る?」
「行くっ、それで僕の兄ちゃんになってもらうんだぁ」
「そんな簡単になれるものじゃないんだから、へんなこと言っちゃダメよ」
隣の家の引っ越しが終わったと知り、挨拶に行く母に引っ付いて行った。
絶対お兄ちゃんになってもらうと決めていたから頬の言葉なんてなにも聞こえていなかったようだ。
小さかったから、言ってることも理解できていなかったのだと思う。
ピンポーン・・
わくわくして母の後ろ、覗いていると出てきたのは・・おっきな頭の尖った、怖い顔した人。
「あ、の。隣のものですけど・・あいさつに、お一人ですか?」
「ちょう、今寝とるから・・またにしてもらええですか、こっちからあいさつ行くんで」
この人が、お兄ちゃん?・・あまりに描いていた人と違った、もっと笑顔でやさしそうな・・思わず後ずさると思いきり叫んでた。
「・・僕の兄ちゃんはこんなのと違う、兄ちゃん失格だよぉ」
「こら、忍っ。なんてこと言うの、お兄さんに謝りなさい」
「ホントのことだもん、おかしいんだもんしゃべり方、変だよっ変!兄ちゃんじゃないっ」
言い捨てると、家に逃げるように帰った。
そのあと母にすごく怒られたの覚えてる、あんないい人になんてこと言うのだと。
関西というものを知らないガキだった・・ひどいことを言った後、しばらく逃げていた僕に責めることもなく普通に接してくれてた俊兄・・すでに大人だったのだろう。
「子供から見たら大人の男の人は怖いものじゃん、そう思ってただけじゃない?」
「違うよぉ、あの人実はすごく引っ越してくる前は悪かったと思うよ」
「なんでなんで、その根拠は?なんかあったの?おもしろそう」
乗り出してくる加賀くんに苦笑い、おもしろくは、ないんだけどね・・まだ信じてないもんね。
まぁ今の俊兄からはあんまり想像できないし、しかたないんだけど。
ある日の夜中、寝つけなくてトイレに立った時、バイクの音が響いてた。
何事だと恐る恐る外を覗いた、そこには一台のバイクが止まっていた・・隣の家の前。
少しするとそのうるさい音に怒鳴って出てくる神崎の姿。
「うるさいわっ誰や・・って、関?」
驚いて立ち止まる神崎、そこにいたのは引っ越し前に住んでいたところで対立していた関義斗。
「なんやおとなしなったちゅうて聞いたのに、あいかわらずやの神崎。あいさつに来たで」
「あいさつなんかいらんわい、うるさいわバイク止めっ。近所迷惑やろっ」
駈け寄って殴りかかる神崎、その手を軽く受ける関。
「おまえの口から迷惑なんて言葉聞けるとは思わんかったわ、散々人に迷惑かけとったやつがよう言いうわ」
「オレはもう引退したんや、おまえもええかげん落ち着いたらどうや」
「まだ二十歳にもなってへん。落ち着く?かわいいこというやないかぁ神崎ぃ」
神崎の腕を押さえたまま睨み合う二人。
「おまえんとこのやつらももうあかんで、ケンカもできんようになっとるし。頭の病気が移ったらしい」
「ええかげんに、だまらんかいっ」
腕を振り解き、反動で関の頬を殴りに行くと今度はよけきれずパンチが入る。
バイクから転げ落ちると頬押さえ立ちあがる関。
「・・いったぁ。ホンマのこと言われてキレとったら世話ない、でっ!」
お返しとばかりに神崎へ殴りかかる関・・殴り合いが始まった。
「・・あいかわらず、やなぁ関」
「おまえこそ手が早すぎなんじゃ」
殴り合いながらも、なにかをぶつけるように言葉を交わす二人。
「むかつくことばっか言うからや、ほっとけや人のことは・・」
「オレの相手になるやつがおらんようになったんじゃ、勝手に引越しゃあがって」
「おまえに了解とらなならんいわれはないわっ」
「一言くらいあいさつしてかんかい、ぼけっ」
しばし殴りあう二人、疲れて倒れこんだ。
「まったく、なにしに来たんじゃ・・疲れるわ、おまえとのケンカはっ」
「・・こんだけ殴っといてなにしに来たやないわっ」
「まさか、本気でケンカしに来た言うんじゃない、わな?」
無言で立ち上がり、バイクにまたがる関。
「乗れや。ひさしぶりに飛ばそうで」
神崎も無言のまま、後ろにまたがった・・夜の街にバイクの音が響いた。
――――・・
「あんまり聞こえなかったし、怖くてすぐ見るのやめたんだけど・・本気でケンカしてた。今を思うとわかんないと思うけど、前は見たまんま怖い人だったよ。こんな仲良くなれるなんて思わなかったし」
いつからだっただろう、あの人から怖い空気がなっくなったのは・・覚えがあるのは、たしか俊兄のお母さんが亡くなったあたりから変わってった気がする。
「あの人がそんなことするなんて、やっぱちょっとムリあるよね。あっやばい、ゆっくりしすぎた、オレ着替えてくる。早くしないと学校行けなくなっちゃうよ」
現実に戻される声、時計を見ると確かに結構時間がたっていた。
べつに学校なんて行けなくてもいいんだけど・・行ったってつまんないし。
せっかく、昭次くん・・と、こんなに仲よくなれてしゃべってられるのに・・
「おまたせ。それじゃお願いできますか?病院すぐ近くだから」
「・・うん。じゃ、行こか」
ゆっくりと自転車を漕ぎながら、なにかもやもやする気持ちが胸を小さく痛めた。
その頃、成仁の姉、幸の診断中。
「先生、今日は大丈夫かな・・私の身体」
聴診器をあてながら、小さく相槌を打つ担当医。
「大丈夫、最近調子よさそうだな幸くん。なんだ?今日はなんかあるのか」
「うん。弟の勤め先の人が来てくれるっていうから、ちゃんとあいさつしたいじゃない」
「そうか、そりゃ姉としてしっかりしないとな。あんまり騒ぐのはなしだぞ」
「騒ぐわけないでしょ、私はいつも静かです」
「そうだな」
笑って出て行く先生、ふくれる幸・・ドアの向こうを見つめた。
「・・先生って、ホント嘘下手」
笑いながら病室を出た、静かに廊下を歩きながら小さく呟く。
「今日、調子のよさそうなのはホント・・だけど」
いつひどくなるなんて・・オレにもわからない、すぐにでもおかしくないこと。
先日、神崎くんに話してしまったこと少し後悔してきていた、あの子には辛い現実だ・・母を同じ病気で亡くしているというのに。
帰りに会った時つらそうだった・・今日はちゃんと来てくれるか、心配だ。
「幸くん・・気をしっかり持って、な・・」
祈るように病室の方向を見つめた・・
朝のことを思い出して仕事中、笑ってしまうはじめ。
「井川くんにはびっくりしたなぁ」
「へ?なんの話?」
本の整理しながら振り返る成仁に、はっと我に返る。
「あっ、すまん。一人ごと」
「でかい声でなにが一人ごとですか。井川がなんだって?」
「いやね、いい子だと思ってな。びっくりしたよ、朝昨日のことが気になったって迎えに来てくれてなあの子」
すごいだろ?と成仁を見ると、なぜか嫌そうな顔して見てくる・・なぜ。
「・・すごいっていうか、怖いくないそれ。昨日の話だと昭次くんとクラス違うし初めてしゃべったとかなんでしょ?それなのに気になってって・・ありえないでしょう」
「・・どういう意味?」
成仁の言ってることがいまいちわからなく、確かにそんな繊細な友達は今までいなかったけど。
「だからぁ・・」
なんて言っていいのかわからずしばし考えてる成仁、はじめは首を傾げてた。
「だから?なんだよ、意味深だなぁ」
「だからな、友達になりたくて井川が昭次くんのことずっと見てたんだなぁってこと。忘れられないように会いにきたんでしょ、朝から」
朝から会いに来るって、おかしとは思わなかったのかこの人たちは、あきれたようにはじめを見る成仁。
「はぁ、なるほど。けどそんなバカじゃないようちの昭次」
「わかってないよね?なんか嫌な予感するけどなぁオレ。大丈夫、昭次くん任せてきて」
「なにがよ、いいに決まってるだろ。昭次だってもう友達って言ってたし、嫌な予感ってなんだよ。あのおとなしそうな子、昭次のが強そうだろ」
検討違いの心配をしているはじめにちょっとがっくりする成仁。
「やっぱ、わかってない・・」
まぁオレの憶測だし、そういう気使いな子もいるだろうから余計な心配だろう。
相手が昭次くんならしっかりしてるから。
「昭次くんは大丈夫なんですね?」
「おう。医者行って家で休んでればたいしたことないだろうからな」
「じゃ今日、姉ちゃんとこ寄れますか?」
「そのつもりだよ、約束だからな。オレはいいけど、今日行っても大丈夫そうか?身体のほうは」
「・・うん。最近は体調よさそうで、姉ちゃんも楽しみにしてるから」
瞬間、表情が沈む成仁に気づかないはじめではない、元気そうに見えても成仁には不安があるのだろう。
「そうか。疲れさせないように早めに帰るから、頼むな。昭次のほうも気になるし」
「姉ちゃんは平気だけどね、昭次くんは確かに心配だ。長くなりそうになったらちゃんと止めるから安心してよ」
お客さんが来て慌ててレジへと走っていく成仁。
成仁を目で追っていた・・最近、なんだか元気がなくあいつまで倒れそうで。
だけどオレにはなにもしてやれることなんてなかった、成仁の不安なんて消してやれない。
せめて元気づけられるように、少しでも役にたてればと思う・・オレがお姉さんに会うことが少しでも二人の力になれたらいいと思った。
「なんだか、おおげさじゃない、これ・・」
「しょうがないよ、歩けないんだから」
病院の待合室、松葉杖を渡された昭次が嫌そうにそれを脇に抱えていた。
病院は少し込んでいて、結構な時間が過ぎていたのに気づく昭次。
「井川くん学校よかったの?待ってなくてもよかったのに」
「・・ごめん、迷惑だったかな・・」
また、おかしな答えが返ってきて焦る。
「違うってば、そういうことじゃなくて迷惑とかないし。あっ、井川くんも学校さぼりたかった?」
ちょっとおどけてみた、それがなにか気に障ったのか・・
「・・わかった、もう行くよ。足、気をつけてね・・じゃ、さよなら」
「あっ、ちょ待って。なんか気悪くした?・・ちょっと」
呼ぶ声もむなしく、去っていく後ろ姿を見つめて首を傾げた。
なんか変なこと言ったかなぁ、これ以上遅刻すると悪いかと思っただけなんだけど・・行きたくなかったのかもホントに。
井川くんのこと全然知らなくて、言われたくないこと言っちゃったのかもしれない。
ちゃんとお礼も言ってない・・怒らせちゃったみたいだし。
明日、謝ろうと思った・・ところで、井川くんって何組だ?
松葉杖をつきながら家に向かう、長い道のりいろいろと考え込む昭次だった。