エピソード1 ― 5・俊と成仁
家族・兄弟愛・友情がテーマな少し謎めいたストーリー。人物紹介です。
「加賀はじめ」加賀家の長男、弟を支えてきた。いろいろ過去を抱えている。
「加賀昭次」幼い頃の記憶がないままはじめを頼りに、時折記憶の断片に悩まされている。
「大竹成仁」はじめの働き先の後輩、姉の病気がわかるまでは荒れていた。
「大竹幸」成仁の姉、重い病気で入院している。
「神崎俊」幸の恋人、母を病気で亡くしている。成仁に兄のように慕われている。
「井川忍」昭次の同級生、俊とは家が隣同士で慕っている。
「相田武・武威直人」昭次の親友。
「関義斗」俊のケンカ仲間、昭次やはじめとの関係は?
加賀さんの家からの帰り道。
「加賀さんどうだった?いい人でしょ」
「そうやね、弟思いのええ方や。夕飯ごちそうになるとは思わんかった。いつもあの人が作ってんやろか?」
「・・えーと、小さい時亡くなったって両親。・・弟さん記憶ないって聞いてたけど」
自分で思い出して考える、普通だったよなぁ昭次くん。
「は?記憶って、べつに普通やったで?」
「そうだよね・・くわしく知らないけど。三歳以前の記憶がないとか、小さい時の加賀さんのことも覚えてないって。一緒に事故にあったんだってあの子、昭次くんも・・」
オレがあの本屋に就職させてもらってだいぶ慣れてきた頃。
近くで交通事故が起きたことがあった。
加賀さんが慌てて助けに行った、幸いたいしたことなかったみたいけど・・帰って来た先輩の顔は真っ青で。
・・前の店長もまだいる時だったから、事情を知ってるみたいで奥に連れてって休ませてた。
オレはなにが起こったのかわからず呆然としていた、どうしたのかと聞いてみたら店長が話してくれた・・加賀さんの、昔の話―――
「おい、しっかりしろっ」
「助けないと、早く助けきゃ父ちゃんたちがっ・・」
慌てて走り出す先輩の表情はいつもの冷静なものではなく、それを押さえてる店長の顔も尋常なことではないことを物語る。
「しっかりしろっ!あれはおまえの親じゃないだろっわかるな、あれはもう昔のことだ。わかるな・・」
肩を揺らされると、我に返ったように驚き・・目を閉じて大きく息を吸い込んだ。
頭を抱える加賀さんがゆっくりと頷いてた。
オレはなにも出来ずに少し離れたところから見てた。
「・・すいません、ちょっと混乱したみたいで。少し、休ませてくれますか?」
「そこ横になってろ、まったく無理すんな」
控え室で横になってる先輩、どうしても気になったオレはこっそりと店長に聞いてみた。
「どうしたんすか先輩。大きい声聞こえましたけど・・先輩の知り合いだったんですか?」
「聞こえたか・・違うんだけどな、昔の事故とごっちゃになっってただけ。おまえには教えておいたほうがいいか、またこんなことあったら大変だからな」
幼い加賀さんの目撃した現場、店長もその場にいたそうだ。
「車は炎上・・中にいた両親は、助け出されたんだが・・即死だった。そんな現場目の前で見たら忘れられないだろ、だぶってもしかたない。それに、唯一残った家族も事故のショックで自分のこと忘れてしまっていた、となれば・・あいつはいつまでも悲しんでなんかいられない、弟を治すために必死に暮らしてきたんだよ」
あまりの重大発言に言葉が見つからない・・両親亡くして、記憶のない兄弟と二人・・つらくないわけがない。
「それで・・治ったんですか、弟は」
「今も事故前の記憶も事故の記憶もない・・治らなかったなぁ」
遠くを見つめ、思い出して少し辛そうに呟く店長。
「オレ昔隣に住んでたんだよあいつらの、親がわりみたいなもんだな」
だから事情をよく知っていたのか。
「記憶はなかったけどすぐに仲良くなってたよあの兄弟は。まだ小さかったからな、記憶ない時に兄だと言うはじめを頼るしかなかったから、昭次もがんばってたと思う」
―――――――――・・
今日はじめて弟さん見た、そんなこと想像もできないくらい普通だった・・加賀さんも。
もう昔のことだから忘れてるのかもしれない、強いなぁ二人とも。
「そんなこと・・そんな素振りも見えへんなあの二人は」
「ホント、きっと大変だったと思うのに・・あんなに、普通に」
「オレたちも、がんばらな・・幸は、まだまだ大丈夫」
「・・なんでいきなり姉ちゃんの話になるんだよ。あの人がそんな簡単にいなくなるかよ」
少し胸の中で不安に思ったことを言われびっくりして大きな声、引きつって笑う頬をつねるってくる俊さん・・
「ええって、無理すんな・・辛いんはオレも同じや、幸の病気が進んどる・・それなのになにもできん、気にせずにおらなもたんのはわかるが、辛い時はガマンばっかすることない。もたんやろ・・」
つねられる強さと言葉に滲んでいく涙・・
「・・痛ったいなぁーもう。せっかくガマンしてるのに」
「せんでええ。オレにぐらい吐き出しとかな、幸の前で泣かれちゃかなわんし」
滲む視界の先、笑っている俊さん・・自分だって、同じくらい辛いはずなのに・・
肩を支えてくれてる腕に、また涙が滲む・・
姉ちゃん、絶対よくなって・・このやさしい人のために、それだけを今は願った。
肩を組んで寄りそう成仁の目には涙が光る、見ないように遠くを見て歩いた。
こんなこと言ってるオレが一番臆病なんやけどな、オレにはもう幸しかおらんから・・・
父なんて言えるもんはとっくの昔に存在すら消している、もう誰もおらん・・幸がいなくなる、これ以上に恐ろしいことはない。
成仁は強い、日に日に悪くなっとる顔色の幸に、変わらず接して・・それにのせてもらってるだけやオレは、情けない。
こうして泣いてる成に言える言葉もない、一緒に泣いてしまえたら楽なんやけど。
「ごめん・・先輩の話思い出してたら悲しなって・・親を知らないオレだけど姉ちゃんのありがたみはいやってほど知ってるから。元気になるならなんでもするのに・・」
なにも言えず立ち止まってしまった、オレも気持ちは同じなんやけど・・
立ち止まるオレを覗き込んで首を傾げてる成仁。
笑いかけおもいきり頭をなでる、なんだよと笑う成仁・・元気をもらうように、肩を抱いたまま歩いた。
成仁と別れ、暗い部屋の中・・倒れるようにベッドへ沈むと、抑えていた悲しみが襲ってきた。
今日、病院で聞いてしまったこと・・
『四号室の大竹さん、だいぶ悪いみたいよね・・昨日もすごかったじゃない発作』
・・通りすがりの廊下、おもわず駆け寄って問い詰めてた・・
「私たちが言えることじゃないですから」
「今話しとったやろ、発作がどうしたんや」
「・・昨日、具合が悪なったんです。でも持ち直したから、大丈夫ですよ」
詳しくは担当医に聞いてくれとばつの悪そうな看護婦に嫌な予感のしたオレは、その足で聞きに行った・・
「あの子は本当にがんばってる、君のお母さんも同じだったが・・今の医学じゃ、どうしようもない・・移植も考えられることだが、幸くんの場合それも・・体力がもたない。神崎くんには全部話すそれのが君も対応しやすいだろう・・」
「・・どういう意味ですか?」
「あの子は、もう限界なんだ。大きな発作が起きたら耐えられないだろう・・昨日も危険だった、今普通にしてられるのも気力だけだ、生きたいというあの子の。いつも来てくれてるのは弟さんか?二人のおかげでがんばってられるんだと思うよ。だから変わらず接してあげてくれ・・」
今日行くのが遅れたんわ話を聞いとったから、だから部屋に入るんが怖かった・・
幸にどんな顔して会えばええんかわからんくて、幸がそこまで悪いなんか知らんかった。
いつも元気に笑っとるとこしか見せんかったから。
うそやろ幸・・ホンマにそんなに悪いんか?
思い切って叩いたドアの向こうからは明るく笑う幸と成仁の声・・その姿に、ふんぎるしかないと決めた。
こんなこと知られちゃいかん・・わしが知ってしまったことも幸にわからせちゃあかん――一人で押さえておかな。
「なんで、オレの周りの幸せは・・こんなに、小さいんやろなぁ。なぁ母ちゃん・・」
小さく口にする声と同時に溢れる涙が、暗闇に小さく光った。