エピソード2 ― 11.義斗の想い
家族・兄弟愛・友情がテーマな少し謎めいたストーリー。人物紹介です。
「加賀はじめ」加賀家の長男、弟を支えてきた。いろいろ過去を抱えている。
「加賀昭次」幼い頃の記憶がないまま兄はじめを頼りに、時折記憶の断片に悩まされている。義斗に会い段々と思い出してきている。
「大竹成仁」はじめの働き先の後輩、姉の病気がわかるまでは荒れていた。姉を亡くし俊と二人で悲しみを抱えていく。
「大竹幸」成仁の姉、病気をわずらい亡くなる。俊と夫婦となった。
「神崎俊」幸と念願の結婚。母を幸と同じ病気で亡くしている。成仁と兄弟となった。
「井川忍」昭次の同級生、俊とは家が隣同士で慕っている。
「相田武・武威直人」昭次の親友。
「関義斗」俊のケンカ仲間、昭次とはじめの兄弟。小さい頃、昭次を連れ去る事件を起こしはじめとは疎遠となっていた。
「横井良」俊と昔暴走族のチームで一緒だった仲間。今も強さに慕っている。ケンカ早い。
「稲葉聡」俊の仲間。暴れる俊と横井のスットパー役だった。ケンカは強いがやさしい人。
「真田幸司」義斗の族仲間。冷静で落ち着いた性格。
「伊藤和弘」真田と共に義斗を支える仲間。ケンカが大好きで明るい人。
・・なぁ幸、どうしたらいいんやろな。
俊は空を見上げた、義斗の気持ちの重さを感じていた。
「無理だろ・・」
ふいに後ろから人の気配、ぼーっと考え込んでいた俊と義斗が同時に振り向く。
「オレが、会わせないようにしてたから、どうせ無理だったよ」
いつからいたのか、突然話に入ってくるはじめに驚く二人、言った言葉にも。
「・・会わせん、って。いくらケンカしとったとしてものそこまでするのか、小学生やろその頃。関係ないやん昭次くんは」
はじめと関のケンカに巻き込まれたとかやったら最低や、思わず睨むとそんなんじゃねぇと首を振るはじめ。
「小学生だってな、もう十分もの考えられる歳なの。いろいろあんだよこっちにも」
それ以上突っ込むなと言われたようで、俊はおとなしく二人を伺う。
じっと義斗を見つめる視線、大きく息を吐きゆっくりと問いかけるはじめ。
「なぁ義斗、おまえどうしたかったんだ・・それだけがオレにはずっとわからなかった・・昭次に全部話す前に、聞かせろよ」
背を向けたまま、呼吸を整えるように肩を揺らす義斗が昭次の走っていった先を眺めながら呟き出す。
「・・オレは、昭ちゃんとおりたかっただけだ・・おかんがおらんくなって、一人で・・おまえも辛かったってわかってる、けどオレの苦しさはわからんやろ・・親がいて、昭次がおって・・それを見た、オレの思いなんて・・」
思い出しながら悔しそうに地面をじっと見つめ吐き出す言葉・・はじめは冷静にそれを受ける。
「わからない、だから聞いてるんだ。おまえの気持ちもちゃんと知りたいって思ったから。オレたちには終わったことでも、昭次には今からの・・頼むから聞かせてくれ、理解したうえで話たいんだよ。頼む」
頭を下げるはじめ、それを見てぎゅっと瞼を閉じて考え込む義斗・・お互い思い出す辛さはわかってることだから。
「・・オレ、席外すわ。ちゃんと話すんやで」
その空気に俊が応援するように呟くと背中を向けた、それを止める声。
「ええ、神崎も聞いてけ。二人とも昭次に負い目があるんや、あいつのこと頼みたい」
「そうだな・・話した後、どうなるか想像つかない・・オレたちが一緒よりいいと思うから。こんな時にごめん・・」
二人に頼られ、気になっているのは本心で断る理由はない。
「なら聞く。こっちは気にするな、幸も世話になったおまえらのことや、許してくれるわ」
お櫃を抱えて笑う俊に小さくお礼をしめすはじめ。
義斗は空を見上げてしばらく黙っていた。
「・・昭次のこと、家に連れてこうとしてた」
「家?」
「オレの住んでた小さなアパート・・おかんおらんくなった後やからもうなかったけど。幸せそうなおまえらを困らそうと思ってたんやろ、ガキの小さないたずらや」
小さく笑う義斗、二人は黙ったまま聞いていた。
「けど・・いたずらじゃ、すまなくなった・・このまま昭次を連れてってもすぐに戻される、またオレの前から消えてまう。それならいっそ、ここでずっと一緒にって・・思ったらもう止まらんかった」
ぎゅっと瞳を閉じて、小さく震える手を押さえるように拳を握る義斗・・消え入りそうな声で吐き出した。
「昭次の・・首、しめてた」
あまりのことに、俊は声もなく固まった・・
ウソやろと思った、が二人の顔はそれが真実だと告げるように辛そうに歪む。
あまりの重い過去・・そんな状況に追い込まれるて、同情の念が俊を襲う。
「あの頃のおやじは、オレも許せなかった・・義斗のことも全然わかってなくて、辛いなんて考えもしてなかっただろう・・義斗の気持ちもわかってた、けどそれとこれとは別だよな。昭次には関係ない・・」
わかってるからこそ、義斗のしたことが許せなくてずっとさけていたはじめ。
思い出しただけで、胸が痛くなる出来事。
「そうや、関係ない。親もなんも関係ない、オレがただ昭と一緒におりたかっただけや・・」
そんなことはわかってると唇をかみ締めて強く言う義斗、自分のしたことが許せないでいる。
「・・昭ちゃん、大丈夫やったん、やな」
締めたとしても思い留まったということなら、恐る恐る俊が問いかけるとはじめが小さく頷く。
「できなかったんだろ、できねぇよこいつらすげぇ仲良かったんだから。寝てる昭次の横で、自分の首絞めようとしてた・・」
青い顔して、泣きながら震える手でロープ持って・・
横に昭次は倒れてるし、尋常じゃない様子にオレもやばかったなぁとはじめは鮮明に蘇るその光景を見つめていた。
「最低やった、ホンマ死にたかった・・見つかってはじめ兄には思いきり殴られて、それからしばらく記憶なかった・・」
起きた時、誰もいなかったのを覚えている・・病院のベッドの上、廊下からはじめの怒鳴り声が聞こえていた・・オレのこと怒ってると思ってたけど、父を叱っていたのかもしれない。
もう、会えないんだと悟り、静かに泣いていた義斗・・それから道は外れていく。
「オレもな、おまえがてんぱってるのわかってたのに目離したこと後悔してる・・昭次、目覚めて一番におまえの名前呼んでた」
「え・・オレを?」
初めて聞く出来事に、驚きはじめを見つめ固まる義斗。
そうか・・あの後もオレのこと、嫌いにならずにおってくれたのか。
小さくほころぶ頬、黒い記憶を少しだけ浄化できた気がした。
「俊、悪いけどフォロー頼んでいいか・・話せば記憶戻るかもしれない、もう全部言うから。母さんが死んだ時のことも思い出したら、どうなるかわかんねぇから」
もう話すのは心に決めたことで、望んでることだとしても衝撃はあいつにしかわからない・・戻る記憶が、幸せなものだけならいいのに。
はじめは唇をかみ締めて、俊を見つめる・・思いを受け取るように、小さく頷いた。
「目の前で昭次かばって死んだってな・・そっちも、相当きついわ」
義斗は自分のしたことの重みに、さらに重なってしまう辛さを思うともう告げなくてもいいのではとさえ思ってしまう。
「なぁ、言ってもいいのか・・」
独り言のようにぼそりとつぶやく義斗に、同じに小さくつぶやくはじめ。
「もう、決めた。昭次も隠されてるほうが辛いって・・もう、知ってもどうにかできる歳だしな、きっと」
しばしの沈黙の後、大きなため息とともにはじめが顔を上げた。
「・・幸さんごめんな、中断して悪かった。帰ろうか」
「そうだな、昭ちゃんの様子も心配や。早く帰ろう、あーあいつらほっときぱなし」
俊があわてて走ってく、その後ろを連なるように歩くはじめと義斗。
二人の胸中は不安で渦巻く・・態度に出さないようにと落ち着かせるのがやっとだった。
気持ちを隠すのがくせになってる二人なのだが・・今回は、自信がもてないでいた。
バイクの横、駆けつけてくれた仲間は静かな空間に、時間をもてあましていた。
「みんなどこ行ったんよ、関係者一人もおらへんじゃないか」
「しゃあないやろ、いろいろ忙しいんじゃ葬式は」
痺れを切らし愚痴る伊藤、返すようにつぶやく稲葉の言葉に、それは違うと誰もが思った。
「誰かさんがへんなこというから忙しくなったんちゃうんか」
ぎくりと真田が振るわせる肩、同時に聞こえた先をにらむ。
「横井ぃ、なんか言うたか・・」
「間違ってへんやろ?」
今にも手が出そうな二人の間に入る伊藤。
「いいかげんにせぇよ。真田ぁ・・わかってるやろ、大変なんやヨシも」
チッと舌打ちして下がる真田、バツの悪さに地面に転がる石を蹴り飛ばす。
自分の失言は後悔しているのだ・・はぁ、やっぱオレのせい?
義斗・・怒ってる、やろか。
サーと血の気が引く、頭の怖さは身にしみている・・その時、タイミングよく戻ってくる子供たち。
「あれ?俊さんたちはどこ行ったんですか?」
成仁があたりを見渡し知らない顔ばかりに足を止める、後ろから覗く昭次。
「おっ、戻ったか・・昭次くん?さっきはホンマごめんな、いらんこと言った」
ふいに謝られびっくりしてあわてて首を振る昭次。
「なにがですか、謝られることなんかないです・・こっちこそ、ごめんなさい雰囲気悪くしちゃって」
逆に謝られてたじろぐ真田に伊藤が笑う。
「ホンマしっかりしてんなぁ。雰囲気悪したんはこのおっさんじゃ、あとあっちにおる人ら。謝らんでもええし」
俊たちが走り寄ってくるのが見える、それを指して微笑む伊藤につられるように笑う昭次。
「昭次くん、兄ちゃんたちは好きか?」
ふいに稲葉が昭次に問いかける。
「・・好き、です」
「なら信じたれや。辛くても同じくらいそういう時はあっちも辛かった思うよ。恨んだらあかんぞ」
「そんなこと、思ってない」
「じゃ、大丈夫や。強いなおまえは」
ぽんと頭をなでられて、心配してくれていたのだと知る。
小さく頷いて、微笑む昭次。
・・兄ちゃんたちも、辛かったんだ。
思い出せなくて辛かったオレと同じくらい、思い出してほしいと思ってくれてるのかもしれない・・
「・・強くなるんだ、なに聞いても大丈夫なくらいに。ありがとうございます」
少し元気の出た昭次の笑顔にそこにいるみんなが、なぜだかほっとしていた。
密談を終え、無言で戻ってくる三人。
「あっ。帰ってきた。なにやってたんだよ、俊さんまでいつのまに」
「悪い。待たせてた?じゃあ帰ろか、みんなもうちきてくれ。食事用意してるから」
無意識に昭次のほうを見られないでいる俊、成仁がそれに気づき耳元、小さくつぶやく。
「・・どうしたの、なんか聞いた?はじめさんたちに。なんか変」
少し眉をひそめると笑う俊。
「なんでもない、気のせいやろ。昭次くんは、よかったか?」
ちらりと見る昭次は少し顔色もよくなり笑っていた、大丈夫そうやな。
「まぁ一応だけど、がんばってるよ。さっき聞いたんだけど・・義斗さんって」
「オレも、聞いた・・兄弟だったとはな」
「・・びっくりした。なんか大変そうだったよ、昭次くん。辛そうだった・・」
黙り込む俊、事情を知っているだけに今、辛そうだったと聞き言葉が出なかった・・
オレたちも相当だと思ってたけど・・あいつらは、もっと大変だったと思う。
「オレなんかに、支えられることじゃない気がする・・」
小さくつぶやく声を拾う成仁・・俊の見つめる先に、加賀さんたちがいた。
たぶん、なにか聞いたのだと思う・・戻ってきた三人の顔は誰が見てもおかしかった。
兄弟だってだけなら、こんな深刻にならないだろう。
知りたかった、興味本位じゃなく・・ただ、力になりたいと思うから。
成仁も、見つめた・・ぎこちなく笑う昭次とはじめ、その横に立つ義斗を。