エピソード2 ― 10.兄弟
家族・兄弟愛・友情がテーマな少し謎めいたストーリー。人物紹介です。
「加賀はじめ」加賀家の長男、弟を支えてきた。いろいろ過去を抱えている。
「加賀昭次」幼い頃の記憶がないまま兄はじめを頼りに、時折記憶の断片に悩まされている。義斗に会い段々と思い出してきている。
「大竹成仁」はじめの働き先の後輩、姉の病気がわかるまでは荒れていた。姉を亡くし俊と二人で悲しみを抱えていく。
「大竹幸」成仁の姉、病気をわずらい亡くなる。俊と夫婦となった。
「神崎俊」幸と念願の結婚。母を幸と同じ病気で亡くしている。成仁と兄弟となった。
「井川忍」昭次の同級生、俊とは家が隣同士で慕っている。
「相田武・武威直人」昭次の親友。
「関義斗」俊のケンカ仲間、昭次とはじめの兄弟。小さい頃、昭次を連れ去る事件を起こしはじめとは疎遠となっていた。
「横井良」俊と昔暴走族のチームで一緒だった仲間。今も強さに慕っている。ケンカ早い。
「稲葉聡」俊の仲間。暴れる俊と横井のスットパー役だった。ケンカは強いがやさしい人。
「真田幸司」義斗の族仲間。冷静で落ち着いた性格。
「伊藤和弘」真田と共に義斗を支える仲間。ケンカが大好きで明るい人。
俊と義斗の昔なじみに会い、二人のことを聞きうれしくて会話に入っていく昭次。
義斗との、微妙な関係だということは・・頭になかった。
「義斗さんダメだよ。勝てないって、幸さんと成仁くんには。兄ちゃんだって無理」
悪びれもなく思ったことを言う昭次に、小さくため息の義斗。
「アホか、おまえまで・・勝てんで結構、兄貴は知らんがオレはいらん。おまえがへんなこと言うからやで」
言いだしっぺの横井が、殴られそうになるのをよけながら不思議そうに昭次を見る。
「昭次くん、言うたか?君はホンマこの人の弟なんか?信じられへん」
思わず見比べて頷いてるみんな。
弟・・本当にそうかと問われたらオレにはなんの返答もできない・・じっと義斗を見つめる昭次。
「・・そう、ですよね。義斗さん・・」
鋭くぶつけてくる視線をそらせないでいる義斗・・そうだと答えたい自分はいるのに、言葉が出てこない。
そんな二人にさっきから感じる違和感、少し後ろから観察するように見ていた伊藤。
兄弟の空気ではない気がする・・なにかありそうやな、兄ともなんだかおかしかった・・
たしか苗字が違ったし・・
あまり触れてはいけない気がすると話題を変えようと考えていたところに・・
「なんや、よそよそしい。兄ちゃんのこと、さんづけなんか?」
思ったことをすぐに口にする空気の読めない真田、瞬間その頭をはたく伊藤。
「あ、アホっ!」
「いった・・なんじゃあ」
「込み入ったこと言わんでもええ。ええやんけ勝手やろがどう呼ぼうと」
「仲よさそうやったからおかしいと思っただけやろ、いいやんけ聞くくらい」
違和感、そうやこの二人に関してはいい空気しかなかった・・なのによそよそしい、まるで知り合って間もないような・・気を使い合ってるふうで。
「・・そうだね、へんだよね。」
小さく呟く昭次、それを切なそうに見つめてる兄、義斗」
「・・昭、次」
フォローを入れようにも、なんて言っていいのかもわからない。
「兄ちゃんでも、義兄でも勝手に呼んだらええやんけ。おかしいで、初めて会ったみたいやわ自分ら」
昭次の遠慮によかれと口を挟む真田の言葉に、びくっと肩を震わせる昭次。
義斗は大きくため息をついた・・いらんことばっか言いいやがる。
なんともいえない空気が流れる中、俊たちが遺骨を胸に輪に戻る。
静まってるみんなに首を傾げる俊。
「待たせて悪い。なに・・どうしたんや、昭次くん」
輪の中うつむく昭次の様子に駆け寄る成仁と俊。
「・・昭次くん気分でも悪いのか?顔色悪いよ」
状況的に囲んでる人々を睨みつける俊。
「おまえら、なに泣かせとんじゃ。許さん言うたやろが・・」
「待て神崎。昭次も大丈夫やな?悪気はないんやこいつも、許してやって」
大事にしたくなく義斗が昭次を覗き込み、ぽんと頭を撫でた。
ちらりと視線を上げる昭次、悔しそうに唇をかみ締めながら小さく頷いた。
それでも浮上できない昭次は小さく頭を下げるとその場を離れ走ってく。
「加賀くんっ、ちょ、待って。オレも行く」
昭次の後ろにくっついていた忍、事情を知ってるだけにオタオタするばかりだった。
今は昭次くんについていないと、と追いかける。
「よくわかんねぇけどオレも行ってる。はじめさんはどこ行ったんだよもう」
俊の心配そうな顔にオレが行くと成仁も後を追った。
残るみんなの表情がどこか沈んでいる気がした・・ホントにいじめてたとかじゃないよなぁ。
「・・なにがあったんや、昭次くん最近様子おかしいんやから、頼むでホンマ」
「わかっとるわ・・原因は、オレたちなんや」
ふうと大きくため息をつき座り込み義斗。
「わし、なんか悪いこと言ったんかな」
自分の言葉の威力に気づいてなく首を傾げてる真田、伊藤はあきれたようにため息。
「だから悪い言うたよな、まったく始末に終えんわ」
さっきの様子を分析するようにうなりながら稲葉が話し出す。
「なんや、見とると・・あの子、関さんが兄ちゃんやって、知らんかったんとちがう?」
「・・なにそれ。関が兄ちゃんって・・もしかして、昭次くんのことか?」
思いもよらない話に怪訝に稲葉のほうを見る俊、頷く稲葉が義斗に詰め寄る。
「自分で言ってたで、なぁ関さん。そうなんじゃろ?」
「稲葉っ!ちょう、黙ってくれや」
怒鳴る義斗、さえぎられる言葉は俊に本当のことなのだと、分からせた。
「・・おまえら、三人・・兄弟、やったんか」
驚きを隠せないままに呟く俊、義斗は地面をたたきつけるように声を吐き出す。
「ちっ・・最悪やわ。人のことはほっとけや、おまえらも」
「・・悪い、あの子・・傷つけたか・・」
ことの重大さに気づき頭をかきむしる真田。
「そんなやわやない・・ええから、もう催促はなしだ。わかったな」
頷くみんなの中、俊は一人納得できない表情で見つめていた。
火葬場のロビーで一人タバコをふかしているはじめ。
さっきのやり取りに小さくため息をつく。
やきもち・・そんなこと思ってなかったけど、もしかしたら本心そうかもしれない。
俊のことわかった気でいたけど、あいつのが付き合いは長い・・どこかで張り合ってた。
俊は強いんだ思ってたより、心も身体も・・オレも見習わないと、昭次のことも義斗のこともしっかり伝えてやらないといけないから。
・・昭次の気持ちも聞けるといいと思う、本物の気持ちを。
「あいつら、いいかげん詮索しすぎなんだよ。まぁ義斗が止めない訳ないけど」
オレも行くか、気合を入れてタバコをもみ消し外へ視線を向ける。
いつまでも、逃げてはいられないから。
逃げるように輪から抜けた昭次たち、木陰のベンチでしばし続く沈黙。
「なにがあったんだよ、さっき。忍くん見てたんだろ、教えろよ」
痺れを切らす成仁が小さく忍に呟く。
「・・オレからは言えないよ、加賀くんに聞いて」
「聞けねぇから聞いてんだよ。ちょっとこっち来い」
考え込んでる昭次を気にしながら腕を引き少し離れた場所へ忍を引きずる。
「あいつらになんかされたのか?」
じっと見つめる真剣な表情に心配が見えて観念する忍。
「されたっていうか・・加賀くんが義斗さんのことさんつけで呼んでるって、それがへんだって言われて・・」
「は?なんで。義斗さんでなにが悪いんだよ、誰が言ったんだそんなこと」
今にも駆け出しそうな成仁の手を掴み止める忍。
「待ってって。誰が言ったとか忘れたけど、自分の兄にさんづけはおかしいって疑問に思っただけだろうから」
入ってくる言葉に一瞬混乱する頭、なんか違わないか・・今の。
首を傾げる成仁が呟く。
「・・なに?今義斗さんと昭次くんの話だよな・・」
「うん」
「兄って、義斗さんがってことか?どうなってんだよ」
「知らないよオレに言われても、声大きいって」
あまりの驚きに昭次に気を使えずにパニくる成仁をあわてて押さえてる忍。
・・ちょっと待て、頭が混乱してる。
義斗さんが昭次くんの兄だと・・そうなると、はじめさんと義斗さんは兄弟ということか?
そうとも限らないけど・・義斗さんの来た時のはじめさんの慌てよう、繋がる気した。
考え込む成仁の肩を叩く手、振り返ると昭次が立っていた。
「・・ホントだよ、兄ちゃんなんだって、義斗さんも」
動揺を隠せず口に出る言葉は、昭次の気持ちを考えずぶつける疑問。
「けど・・はじめさんにもう一人弟がいるなんて聞いたことない。なんで隠す必要があるんだよ、それになんであんな仲悪いんだよ・・」
質問攻めの成仁を押える忍。
「やめなよ、昭次くんだってそのことで頭いっぱいなんだから。知ったばかりなんだから」
「・・え?」
詰め寄る身体を押さえる成仁、そっと昭次を伺うとさみしそうに呟く。
「オレも聞いたばっかなんだよね、兄って・・詳しく知らない、覚えてない頃の話だから」
頭を押える成仁・・勢いよく頭を下げた。
「ごめん・・オレまたやった。そうだよな、覚えてないんだ昭次くん・・だから、言えなかったあの人たちも」
昭次くんの様子がおかしいのは知ってたはずなのに、あおってどうすんだよ・・
以前にも無神経なこと言って沈ませてることを思い出し自分が嫌になった。
落ちてく成仁を大丈夫だと小さく笑う昭次。
「・・なんかね、ヨシくんと話してるといろいろ一瞬だけ、思い出せてるよ」
「よし、くん?」
さらっと呼ばれた名に、誰のことか一瞬わからず聞き返す二人。
少し照れながら昭次が笑う。
「そうヨシくん。思い出した一つ、小さい時そうやって呼んでたみたい。義斗さんにそう呼んでみたらびっくりしてたけど」
「あれでよしくんなんて呼ばれたら、ちょっと嫌かも。じゃあもっと義斗さんと話したらいいじゃん、思い出せるんだろ?」
「ちょっとあせりすぎ成仁さん。義斗さんのほうがなんか話したくないみたいだから・・」
何度目かの制止に小さくなる成仁を笑いながらポツリと呟く声。
「・・話してくれるって。兄ちゃん、はじめのほうね。みんな話してくれるって。幸さんのことが終わったら・・そうだよ、今は幸さんのことだけ考えてるって決めたのに、ごめんね成くん。戻ろう」
一瞬忘れてしまっていたことを反省し、あまり大丈夫じゃない表情の昭次がみんなのところへ走ってく・・あまり納得のいってない成仁、行ってしまう後ろ姿を見つめた。
姉ちゃんのこと考えてくれるのはうれしいんだけど・・昭次くん顔色悪すぎ。
なにをそんな隠してんだか、はじめさんたちは・・ちゃんと昭次くんのこと見てるのか?
思い出したら困ることかもしれないけど・・今の昭次くんより守らないといけないことなのか?
ホント納得いかない・・このままじゃはじめさんたちのこと問い詰めそう。
暴走しそうな自分を今は抑えた、今はオレにも乗り越えることがあるのだから―――
駐車場の一角、ずるずると引っ張られるように義斗を捕まえ輪から抜ける俊、着いてくるなとみんなに一括し。
「なんや神崎。催促なし言うたよな」
「アホか、オレははじめも昭ちゃんも大事なんや。関、おまえも相当や・・聞く権利はある思う」
「なんもない、話すことなんて」
腕を振り払い背を向ける義斗、なにもないなんてよく言うわ。
「おまえとはじめのケンカも、昭ちゃんに関係あるんやろ」
無言の義斗、図星だと黙ってしまうのがこいつの癖・・やっぱりか。
「おまえらっていつから会ってへんの?相当前だよなぁ、オレがおまえに向こうで会ったの中学入る前か・・その間に、会ってないな、この様子じゃ」
観念したのか小さく話し出す、きっと誰かに話したかったのだろう・・昭次くんのことなんかすごく気にしてるふうだからなこいつ。
「最後に昭次に会ったんは・・小学校の頃やった、話かけようと思ったら逃げられた。オレのこと怖なったんやって、ずっと思ってた・・まさか記憶がないなんて」
「・・おまえ、勘違いしたまま会いにいけんくなってたのか。勇気出したらよかったのに、こんなたってから・・昭次くんも余計わからんくなるわ」
あまり見たことのない顔で、笑う関・・小さくため息をつき見つめる俊。
いつもはどこまでも強気なくせに、それほど怖かったってことなのだろうか・・なにが、と考えるとまたわからなくなる。
昭次くんが関のこと怖くなったってのは、どうしてなのか・・そこが問題な気がした。