エピソード2 ― 7.はじめと義斗の葛藤
家族・兄弟愛・友情がテーマな少し謎めいたストーリー。人物紹介です。
「加賀はじめ」加賀家の長男、弟を支えてきた。いろいろ過去を抱えている。
「加賀昭次」幼い頃の記憶がないまま兄はじめを頼りに、時折記憶の断片に悩まされている。義斗に会い段々と思い出してきている。
「大竹成仁」はじめの働き先の後輩、姉の病気がわかるまでは荒れていた。姉を亡くし俊と二人で悲しみを抱えていく。
「大竹幸」成仁の姉、病気をわずらい亡くなる。俊と夫婦となった。
「神崎俊」幸と念願の結婚。母を幸と同じ病気で亡くしている。成仁と兄弟となった。
「井川忍」昭次の同級生、俊とは家が隣同士で慕っている。
「相田武・武威直人」昭次の親友。
「関義斗」俊のケンカ仲間、昭次とはじめの兄弟。小さい頃、昭次を連れ去る事件を起こしはじめとは疎遠となっていた。
大竹家に葬儀屋が到着していた、慌ただしく動き回る神崎たち。
「まったく、あのアホ関が。手伝ういうたやんけ・・どこ行きよった」
「俊さん、なにぶつぶつ言ってんだよ。ちょっとこっち持って。もうさっきまであんないっぱいいたのに。加賀さーん戻って来てー」
内輪だけの葬儀、小さな祭壇を作るのさえ一苦労。手伝ってくれる葬儀屋の人も苦笑いしていた。
「あとはこちらでやらさせていただきますので、休んでもらっていいですよ。お疲れでしょ」
「えっ、ああ・・そうさせてもらいます、オレ姉ちゃんのとこ行ってる」
逃げるようにその場を離れる成仁に笑う俊。
「すんません。そちらももういいですよ、あとはさき寝かせるだけですから、お手数おかけしました」
「いえ。では失礼いたします。火葬のほうはお迎えに参りますので・・」
「・・お願いいたします。では明日」
深くお辞儀を残し去っていく葬儀屋さんに小さくため息をつく俊。
じっと出来上がった祭壇を眺めた。
「・・こうなると、現実味でるよね・・」
少し離れたところから覗き込む成仁がぼそりと呟いた。
「現実や・・今からが辛いとこや。おまえがおってくれるだけ今回はましやけどな・・」
母親の時を思い深くまぶたを閉じる・・うつむいてしまう俊に、そっと駆け寄る成仁。
隣に立つ温もりに気づき、そっと目を開けると静かに成が立っていた。
ふっと笑みがこぼれる、ホンマ優しい子や。
「お母さんの時、のこと・・」
ポツリと呟く声に、小さく頷いた。
「こっちには誰も知り合いおらへんかったからな・・ええんや、幸はおってくれた。それで十分やったし」
「オレ、帰ってなかったから・・姉ちゃんにそんなことあったことも知らなかったし、姉ちゃんがよく倒れてたのも後になってようやく知って・・どうしようもない弟だった、最後くらいいい弟でいられたかな・・」
化粧をされてきれいになった幸を見つめる二人。
「笑ってるよ、おまえはいい弟や。誰が見てもそう言う、自信もて。悪いまま気づかんと終わってるやつらもいっぱいおるんや、おまえは戻ってこれてよかった、そうやろ?」
「・・そうや。最後の姉ちゃん見れた、幸せそうな・・」
そっと幸の顔を覗き込み、ゆっくり横に座る成仁の頭をポンと撫でる。
そうや、おまえの孝行はみんな認めとる・・毎日病院に行って幸の元気つけて、オレまで元気つけてくれてた。
こいつも幸せやって言っとった・・成仁が戻ってきてくれた、ちょっとだけ病気に感謝やとかアホなこと言ってたわ・・ホンマアホやな。
バイクの音が鳴り響く、後ろの忍を乗せゆっくりと走る義斗。
「バイクって気持ちいいですねぇ。なんかすっきりする」
「そうやろ?これだけはやめられんで、忍もやったらええんやん。乗るか?」
「え?ホント?」
顔を突き出す忍を笑いながら押し返す。
「うそじゃ、おまえみたいなのに乗れへんわ。おまえにお似合いなのは原チャや」
後ろで「乗れるわぁ」と騒いでる忍、それにまた大笑いの義斗・・ふと遠くの公園に見つけてしまう人影、ギクリとした。
黙って走り去ろうとする義斗だが・・「あぁー、加賀くんっ」忍が叫ぶ。
「ちょ、関さんっストップ。加賀くんいた!」
大きな忍の声に向こうも気づいたようで、こっちを見ていた。
最悪やわ、自分・・オレにこの状況どうせいちゅうんじゃ。
オレの気も知らず止めるバイクから飛び降りるとはじめたちに走り寄ってく忍。
バイクにまたがったままその場にとどまった。
「加賀くんっ、探してたんだよ」
「井川くん?なんで、義斗さんと一緒なの・・知り合い?」
昭次が呆然と遠くを見つめて呟く、その昭次に首を傾げながら答える忍。
「あっ、俊兄の友達なんだって。知ってた?加賀くんとも知り合いって聞いて、びっくりしたよ」
びっくりしたのはこっちだよ、今義斗さんのこと考えてたとこなのに・・しかもなぜか仲良さげに井川くんとバイクで現れるし、なんか嫌な気分なのは気のせいだろうか・・
オレの動揺とはよそに兄ちゃんは井川くんに駈け寄る。
「忍くんはなにやってんだ、知らないやつのバイクなんか乗っちゃだめだろ」
「知らなくないです、お兄さんも知り合いでしょ?加賀くんのこと知ってたよ」
言葉を無くす二人、なんだかおかしな空気に気づく忍。
「なんか・・取り込み中だった、ですか?昭次くんに話あったんですけど」
忍の声にはっと我に返るはじめ。
「ああ、別にそんなことないよ。昭、オレ成仁んとこ戻るから」
「あっ・・うん」
振り返ることなく走っていくはじめ、その背中を見つめ小さくため息をつく、視線を戻し今だバイクにまたがったままの人を見つめる。
オレは、あの人に用があるんだけどなぁ・・こっち来ないのかなぁ。
「義斗さん・・なんでこないの?」
「へ?そうだよね。関さーん、なにしてるんですか?」
呼ばれる義斗は顔を上げる、すれ違うように公園を出て行くはじめ。
「おいっ」
通りすぎようとしてるはじめを呼び止める義斗、視線は合わさず昭次たちを見つめてた。
「オレ呼ばれとるけど、行ってもええんか?無視しとる場合か自分」
「・・べつに、いいんじゃないのか。オレはおまえのことも考えて昭次に黙ってた、昭次は知りたがってるけど」
「なんやそれ。黙ってるもなんもオレとおったら思い出すかもしれんやろ、ええのか?」
ふいに視線を感じ、顔をむけるとどこか神妙に見てくるはじめの瞳。
「・・あいつは、覚えてないんだよなにも。記憶がない・・親亡くした以前の・・それでもおまえがいいと思うなら、会えばいい」
静かにそう言うと行ってしまうはじめ、呆然と見つめてしまう義斗
・・なんや、それ。さらっとえらいこと言わんかったか今・・オレのこと忘れとるだけや、ないんか?
記憶がないって・・親亡くしたって・・いつの話やそれ、聞いてへんぞ・・
あまりのことに反応が遅れる義斗。行ってしまうはじめの後を慌てて追いかける。
「・・ごめん、ちょ・・オレ、行くわ」
少し離れた場所から見ていた昭次、聞こえなくてもやもやしてくる。
二人のことが気になり忍に呟きながら答えを待たず走っていた。
「あっ、ちょ・・待って。オレも、行くっ」
道路に走り出て行く昭次の後を追う忍。
バイクで進路を止めて義斗とはじめが睨み合っていた。
なにかただならぬ雰囲気に、ブロック塀の影に隠れる昭次と忍。
「どけよ、オレは急いでんだ。邪魔すんな」
バイクを避けようとするが執拗に道を塞ぐ義斗、必死に怒鳴る。
「なら答えぇや、おまえらいつ親亡くしたんじゃ聞いてへんぞっ。そりゃあのオヤジもっちゅうことやろっ!どういうことなんか教えてくれや」
バツの悪そうな表情ではじめは小さく息を飲む、じっと怖い表情の義斗を見つめ・・小さく告げる。
「・・交通事故だった。昭次も、そこに一緒に乗ってたんだけどお母さんにかばってもらって、奇跡的に・・おまえに知らせなかったのは、悪いと思ってる」
目を見開き驚いてる義斗、大きく息を吐いた。
「・・あれから会ってもおらんからなオレたち、無理ないわ」
その頃を思い出し、悔しそうに宙を睨む義斗・・後悔だけが、胸を襲う。
「そうか・・けど、ならオレのあの想い、なんやったんや・・あんなことまでやって、アホやないか」
「わかってた・・おまえのさみしかった想い、オレたちだけ仲良くやってたのががまんできなかったこと・・おまえがあんなことしなきゃ、一緒にいられたのに・・ホントアホだよ」
義斗の想いが伝わるようで、苦しかった・・だけど、伝えてやれるほどの気力もヒマもなかった。
「やかましいわ・・オレの気持ちなんかわからへんおまえには。ずっと昭次とおったおまえには」
また睨んでくる瞳、一人の辛さを伝えたいように。
そんな義斗を感じなぜか小さく笑うはじめ。
「なに、笑ってんのや・・」
「おまえばっか辛いって顔してるからだよ、ふざけんな」
なに?っと胸倉を掴む義斗を睨み返すはじめ。
「わかんねぇよおまえの気持ちなんか、わかんねぇけどなぁおまえだってオレのことわかってねぇだろ・・昭次の記憶がなくなって親もいなくて、何度おまえと同じこと・・しようとしてたか・・」
掴んでいた腕がストンと下へ落ちる・・信じられないという、表情で。
「・・うそやろ?おまえがなんでそんなこと・・」
「一緒にいなきゃわかんねぇよ、大変だったんだ昭次の後遺症。小さなオレには手に追えなくて・・がんばってたん、だ」
思い出すと苦しくなる記憶・・昭次、毎晩うなされてた、その声ががまんできなくて・・夜中に外へ逃げたり、クッションで押し付けたり・・おかしくなってたオレも。
義斗とはまったく違う理由で昭次をなくそうとしてた、最悪で思い出したくもない。
「おまえに昭次任せようかと思ったこともあったか・・なにも考えないで」
「・・そりゃ、たいそうなことやな。あんなことしたオレに任せようなんて相当や自分」
「たしかにな、おかしかった。ひどいこと・・した」
「思い直して助かったいうことや昭ちゃんも・・自分に危害くわえるやつとなんかおりたないやろし。オレもなにするかわからんかった・・あの頃」
「おまえに、昭次会わせたくなかっただけなんだきっと・・オレが変われば、一緒にやっていけたのにな」
はじめの言葉に大きく笑う義斗、ありえないというように。
「・・一緒になんて考えつかへんわ、今でさえそんなこと思ってへん・・なにするかわからんオレとおらせんのは正当な理由や・・自分でもわからん、憎かったのかもしれん心のどっかで」
タバコを取り出し火をつける義斗、深呼吸をするように煙を吹く。
あの頃の精神状態はホントに悪かった、いろんな感情が渦巻いていた。
あんなに好きやった昭次のこと、どこかでオレらのことばらばらにしたあの女の子供やとか思ってたかもしれん・・そんな小さい頃にそんなん思っとるわけあらへんけど、はっきりわからん自分のあの時の思い・・
今度ははじめが小さく笑う。
「そんなこと思ってるわけないだろ・・おまえ覚えてないのか、あの時のこと」
「・・忘れるわけないやろ、今でも夢に見るわ・・・」
小さな昭次を手にかける自分・・大きく首を振る義斗。
「だったら、わかるだろ。自分の気持ちくらい・・おまえ、やれなかっただろが」
「怖なっただけや・・昭ちゃんがおらんくなるより、怖くないって思ったけど。昭が、笑いよるから・・」
「・・笑う?その状況で、なんで笑うんだ・・」
「わからん、けど・・」
ため息をつきながらふと視線を上げるとその先に人影を見、口元からタバコが地面に落ちた。
「・・しょう、ちゃん」
その呟きにはじめが勢いよく振り返り、呆然と見つめる。
「・・今の、聞かれたんじゃ・・・」
呟く義斗に不安顔のはじめ、聞かれてはまずい話ばかりしていたことを思い、きつく目を閉じる。
二人で固まったまま、昭次の出方を待つしかなかった・・