エピソード2 ― 5・忍と達也
家族・兄弟愛・友情がテーマな少し謎めいたストーリー。人物紹介です。
「加賀はじめ」加賀家の長男、弟を支えてきた。いろいろ過去を抱えている。
「加賀昭次」幼い頃の記憶がないままはじめを頼りに、時折記憶の断片に悩まされている。
「大竹成仁」はじめの働き先の後輩、姉の病気がわかるまでは荒れていた。
「大竹幸」成仁の姉。病院で療養中、悪化し死亡した。
「神崎俊」幸の恋人、母を病気で亡くしている。成仁に兄のように慕われている。
「関義斗」俊のケンカ仲間、はじめとは血の繋がる兄弟。昭次との関係は?
「井川忍」昭次の同級生、俊とは家が隣同士で慕っている。
「相田武・武威直人」昭次の親友。
「佐藤達也」忍の昔の親友。
とぼとぼと学校への道のりを歩く井川忍、俊兄のところから追いやられるように学校へ行かされ・・まるで納得がいかなかった。
まったくやる気でないよ・・今学校行ったとこで。
オレだって手伝えたのに、俊兄の辛い時に側に一緒にいられないなんて・・他人みたいや。
俊兄にしたら当然他人なんだろうけどオレなんて・・けどオレは本当に兄って、思ってるのに。
行きたくない学校も習慣でしっかり来てしまう、そのままサボろうともできない自分・・なにもやる気なく机にうつ伏せてた。
ふいに小さく教室がざわめいた気がした、顔を上げるとオレの前に立っている二人・・相田と武威、こないだからいろいろうるさいんだよこの人たち。
相田がじっとなにか言いたげに見ていた・・小さくため息をつくとぽんと忍の机を叩く。
「ちょっと付き合ってくれ」
「・・オレ?なんだよ、あんたらに用なんかないんだけど」
「おまえになくてもこっちにはあるんだよ。ちょっと来い」
武威が勢いよく腕を掴む、瞬間振り払い立ち上がる忍に睨む両者。
「わかったよ。行くからひっぱんな」
まったく意味わかんないよ・・いつも怒ってんだもん、この人たち。
勢いよく歩いてく忍、追うように二人もついて行く。
ざわつく教室は何事かとうわさを広げっていた、接点のない組み合わせなのだ。
「で、どこ行くんだよ。どうせ加賀くんのことなんだろ、ほっといてくれないかな人のことは」
ちらりと振り返り、小さく呟く忍に駆け出し横に並ぶ相田。
「ほっとけるかよ。まぁそれは、こっちもいろいろ誤解あったみたいなのは事実だ。昭次は素直だからな突き放せないだろうし、あいつみたいには」
なんのことかわからず怪訝に見てる忍、小さくため息をつく相田・・小さく呟いた。
「おまえ、あいつ覚えてるよな・・達也」
名を聞いてびくりと肩を揺らす忍を確認し続ける。
「忘れるわけないか。オレ、ダチだったの知ってる?」
「え?・・」
立ち止まる忍の驚いた顔に小さく笑う相田、知らないのがおかしいんだけどなあんなに一緒だったのにオレら。
「知らないよなぁ、おまえの場合周り見えてなかったし」
「なにが言いたいのかわかんない。それが・・どうしたんだよ」
「ちょっと久しぶりに連絡とれてよ、おまえの話が出た」
「オレの?・・なに、それ・・」
相田の言葉にいちいち驚いてる自分が嫌だったけど・・オレのことなんか忘れてるだろうと思ってたやつの名に、動揺は隠し切れなく。
なんで、あいつがオレの話なんかすんだよ・・そんなことあるわけない・・
呆然としてる忍にゆっくりと話を続ける相田。
「オレも昭次のことで気になってたとこだったし、聞いた・・どうして逃げたのかって。知ってるだろうわさ。おまえから、逃げるために転校したってやつ」
胸元をぎゅっと掴む忍・・言葉に即発されて蘇る記憶に、唇をかんだ。
「・・最低。思い出したくないこともあるって知らないのか。そんなこと掘り起してなにが楽しいんだよ」
泣きそうになりながら叫ぶ姿に、少しばつ悪そうに顔を見合わせる相田と武威。
「悪かった。たしかに勝手なことなのはわかってたけど、昭次のこと壊されるよりマシって思ったし」
「壊す?なにを、オレはただ友達になりたかっただけだよ」
「わかってる、それも誤解なんだってちゃんと聞いた。会って謝りたいって言ってたぞあいつ。それ以上聞いてないし安心しろ。悪かったついでに外見ろよ、連れて来たうるさいから」
見ろと言われ反射的に向きを変えた瞬間、連れて来たという言葉に身体が固まったしまった。
え、うそ・・あいつが来てるってこと?冗談だろ・・
動けないでいる忍の肩をポンと叩き、話はそれだけと歩いていく相田たち・・無責任にもほどがないかぁ?
思わず差し伸べてしまいそうになる腕、振り返る武威に留まる手。
「ところで、昭次知らね?」
「・・あんたらが知らないのにオレが知ってるわけないだろ」
「それもそうか。またあいつサボってんのか。たるんでんな最近」
「もう一つ言っとくが、昭次とダチになりたいいうならオレらとも仲良くしくれないとよ、努力が大事だよ何事も」
笑いながら行ってしまう二人を呆然と見送る忍。
なんなんだよあいつらは、勝手に怒って勝手に解決して・・オレはどうしろっていうんだ・・
いろいろと言いたい事はあったけど、それどころじゃない空気が右半身に・・
ゆっくりと窓の外を見た・・中庭に人影が見え、思わずガラスに張り付いた。
「冗談・・やめろよな」
そこには忘れたくても忘れられない人物が立っていた、こんなに離れていてもわかってしまう自分が恨めしい。
やっと、吹っ切れそうになった気持ちどうしてくれるんだよ・・話すことなんかなにもないよオレ。
ふいに相田の言葉を思い出す・・謝りたいって言ってた。
オレのこと覚えてたんだよな、謝りたいってなにを?なにも言わずに行っちゃったこと?
知らず覗き込むように身を乗り出していた忍。
鳴り響くチャイムの音に反応したのか視線を感じたのか・・ふいに顔を上げるその人物・・佐藤達也。
忍に気づいて、目を見開き大きく手を振っていた。
瞬間、身体を引かせる忍・・会いたくない、でも話したい。
複雑な気持ちが胸をかけ巡る。
「しのぶっ」
外から大きく呼ぶ声にそっと外を覗いて見た、見えたのは頭を下げてる達也の姿。
呆然とその姿を見つめてしまい、顔を上げる達也と目が合ってしまう。
なんでおまえが頭さげてんだよ・・オレが嫌だったから、いなくなったんじゃないの?・・
「ちょっと、待ってて・・」
なんだかいても立ってもいられず叫んでいた、ずっと理由が聞きたかったから・・
廊下を走っていくと、授業中の窓から何人かが覗いていた・・やばいかな。
「おい、井川っなにやってる。授業中だぞっ」
後ろから怒鳴る先生の声にも振り返らず走る、優等生の井川の姿にしばし呆然と見送る先生だった。
靴を履き替えるのももどかしくそのまま外へ出た、中庭のさっきの場所・・木にもたれて達也が、いた。
「なにやってんだよおまえ、学校じゃないの?今日」
息を切らしながら言う忍にどこかうれしそうに笑っている達也・・なに笑ってんだよ、もう。
「勢いで、ついな。おまえの話聞いたから。どうしても話したくて」
話・・オレにだって、いっぱいあった・・もう、忘れてしまったけど。
「武からおまえの様子がおかしいって、電話もらって。オレならなんかわかると思ったらしいな」
「なんでおまえにわかるんだよ、おかしくなんかないし・・そんなことで、なにやってんの・・」
沈黙が流れる気まずい雰囲気、うつむく忍をじっと見つめてる達也。
「・・おまえ、ちゃんと話せるやつできたのか?」
ふいに呟かれた言葉に、びくりと顔を上げる・・心配そうな達也の目に腹が立った。
「はっ?なにそれ、関係ないだろそんなことおまえに」
睨みながら、悔しくて泣きそう・・最悪こいつ、なんでおまえにそんなこと言われんの・・心配でもしてるつもりかよ・・。
「関係あるわ、おまえ中学の時オレの他に親しいやついたか?様子おかしいのもそれが原因じゃないのか?これでも心配してたんだよ。だから今日は来たんだぞ」
小さく震える忍、怒りにも似た感情がわきあがる。
「なぁ忍。なんかあるんならオレが聞く、オレに出来ることならするから。オレたち、友達だろ?」
―――何かが、切れた気がした。
「心配?相談?おまえがそんなこと言うんだ?友達って・・そんなこと思ってないくせに」
友達なんて軽々しく言うなっ・・黙って離れていったやつが。
涙をこらえる忍、絶対に泣かないと心に決めていたから・・
「思ってる。おまえのことが心配だから言ってんだ・・前はなんでも話してくれてただろ」
「心配なんて言うな。おまえが言えることじゃないよそれ・・おまえが行った後のオレがどれだけ・・なにも知らないくせに」
忍の言葉に痛い表情をする達也、それでも視線は外さすじっと見つめる。
「・・あれは、最低だったってオレもわかってる。けど理由はちゃんとある、おまえあのままだったらオレとしかいなかっただろ。他のやつらと話もしない、おまえのためだよ・・なにも言わなかったのは、悪いと思うけど」
「そんなの・・おまえの勝手な考えだろっ、オレはそれでよかった・・おまえといられたらそれで楽しかった、他なんかよかった・・きれい事ばっか言うなよ、オレといるのが嫌になっただけだろ、そう言ってくれれば・・よかったんだ」
おまえがオレのことうっとうしくなって離れてったのは知ってる・・
始めはわからなかった、急な転校にただショックで、けどしかたないって思うほかなかった・・
けど違った、高校に入って聞いたうわさはオレと達也のこと。
あいつにはついていけないと、オレのことが怖くなったんだと・・それを聞いて力が抜けて、いつかは会いに来てくれるんじゃないかと思ってたから・・オレが原因だったなんて。
それからのオレはさらに気力をなくして一人誰ともしゃべらず、ロボットのように家と学校を往復してた・・生きる気力さえなく。
「忍・・おまえのことが嫌になったなんてない。これは本当だ、転校も親の急は都合で。本当だからな・・」
「もういいよ、そんな昔のこと思い出したくもない」
「聞いて、忍っっ」
「聞かなくてもわかってるっ。おまえの口から聞きたくない」
「聞けって。大事なことだ。おまえがオレのことをなんて思ってようとオレは友達だって思ってる。オレの起こした過ちは消しようがない、どこかで離れられてほっとしてた自分がいたのは事実だ・・だから何も言わずに行った・・けどずっと後悔してた、そしたらあいつから連絡きて・・誤解だけでも解きたかった、わかってくれ忍」
「わかるかそんなこと・・おまえの言うとおり友達なんか一人もいなかったよ、いらなかったから。けど、今はいる・・やっと友達になれそうな・・」
ふと、相田たちの顔が浮かんだ。
「あっ、そうかオレがまた同じことやるんじゃないかって止めに来たのか、あいつらに言われて」
ぴくりと眉を上げるクセ、図星の証拠・・だてに一緒にいたわけじゃない。
口ごもる達也に、小さくため息を落とした。
そうだよな、自分から来るはずないよこんなたってから。
あいつらもあんなこと言ってオレのこと近づけたくなかっただけ、なにが友達だ・・なる気なんかないくせに。
みんな最悪だよ、オレがなにしたってうんだよ・・ただ仲良くしたいだけなのに。
「もう、いいよ。おまえ帰れ・・オレのことなんかほっとけ、忘れてくれていいから。オレも、忘れた・・心配しなくても大丈夫、どうにか、生きてるだろ?」
ふと浮かぶのは俊や昭次、義斗の顔・・早く、会いたい・・足が勝手に家へと歩き出した。
それを止める達也の手、大丈夫だと笑っている忍の顔は全然大丈夫には見えなかった・・生きてるなんて、当然なのに・・やっぱりどこか変だ。
「あいつらに頼まれて来たんじゃない、オレの意思だ。それだけはわかってほしい・・おまえのことも忘れない、忘れるわけないだろ。ちゃんと・・友達作れよ、オレみたいな薄情なやつじゃねぇやさしいやつをな」
じっと見ているだけの瞳、聞こえているのかさえ定かじゃなかった・・答えずに歩いて行く忍、それを見送るしかできなかった。
達也・・おまえも、やさしいよ。
そのやさしさに甘えてたのはオレなんだってわかってるくせに。
正直になりたいと思う・・どうしてもつないでおきたい今の関係、それにおまえとも・・また、昔みたいに。
振り返り駆け寄る忍、手を差し出した。
「オレ、今絶対ほしい友達がいる。おまえと同じくらいやさしくて、元気な子。怖かった、また離れられるのが・・だから自分から行くのやめてたけどちゃんとしたい、逃げるのは止める。達也も、逃げないで来てくれたし。応援、してくれるか?」
「・・わかった。しっかりな」
握手を交わした、まっすぐ見据える忍にさっきの弱さはない気がした。
走って行こうとする忍に叫ぶ達也。
「忍っ、おまえとダチになりたがってたやついっぱいいたんだからなっ。周りちゃんと見ろよっっ」
大きく手を振り笑う忍、その笑顔は昔と変わらない。
「・・そのチャンスを遠ざけてたのは、オレなんだけどなぁ」
小さな呟きが空に消える・・いつかのあの空と同じように。
携帯を取り出し、メールを打った・・武に、ぐちでも付き合ってもらおうかなぁ。
『武、今日はサンキュ。忍とはカタついたから。あいつの、友達にしたいってやつおまえの心配してたやつだよな、いいやつなんだろ?ゆるさねぇからなもし傷つけたら・・オレの言えた義理じゃねぇけど。本音だよこれが・・悪いけど見ててやってくれ、オレはもうダメみたいだから。あいつは次に進んでる、オレも進むよ。いつか・・伝えたいな、オレの中に閉まってる想い―――』
大きく深呼吸をしもう一度空を仰いだ、思い出の中楽しそうにオレにむけて笑う忍を見つめながら。
授業中、メールを見てる相田武が小さく呟いた。
「・・必死だと思ったら、そういうことかよ。逃げたのは自分の想いからってことね」
「なにぶつぶつ言ってんの、メール誰から?」
ふいに後ろの席、覗き込んでくるのは武威直人。
「ああ達也から。帰ったみたい、解決したって・・」
「おいそこ、静かにしろ」
怒られ小さくなりながらメールを見せると状況を把握したのか少し苦い表情を見せてた、武威はあいつらにあんまり面識ないからな。
ふいに携帯が震える、見ると直人からメール。
『これって、達也ってやつ井川のこと、好きだったってこと?今もかなあの言い方だと』
汗の絵文字が笑えた、動揺はしても理解はできてる様子。
メールで会話を続けた。
『そうやな・・』
『いるもんだね近くにもそういう人』
『オレもそんなこと全然知らなかったからな。普通のやつだよあいつ』
『実は井川のやつもそうだったりして』
『それは違うと思う、あいつは純粋に友達ほしいだけ、達也の話聞いてもわかるよ』
『そうかぁ?』
『まあそういう意味で言えば惚れてるかもな昭次のこと』
『・・やっぱあいつは要注意人物ってことじゃん』
『たしかに、あとで昭次ん家行ってみよか』
『あのサボり魔やろう、いっぺん締めとかないとな』
『なっ』
カチカチ鳴る音に気づかれ先生が近づいてきていた、あわてて隠すが遅く頭に一発づつ貰う二人だった。
勢いで走ってきてしまった忍、昭次の家に向かっていた。
なんて言われようとオレはあの人たちがほしい、ずっと一番になりたかった・・怖がってたらだめなんだってわかった、あの人たちの中に入っていきたいから―――
そのままのテンションで加賀家のチャイムを鳴らすが、誰もいない様子。
「加賀くん、休みじゃなかったっけ・・あっ、俊兄のとこかも」
なんだかいろいろあり過ぎて忘れるとこだった・・大変なんだよ今日は。
「今度は帰らない、俊兄がなんて言っても・・」
心に決めて駆け出す忍だが、場所を知らないまま・・闇雲に走り回るのだった。