エピソード2 ― 4・義斗と昭次
家族・兄弟愛・友情がテーマな少し謎めいたストーリー。人物紹介です。
「加賀はじめ」加賀家の長男、弟を支えてきた。いろいろ過去を抱えている。
「加賀昭次」幼い頃の記憶がないままはじめを頼りに、時折記憶の断片に悩まされている。
「大竹成仁」はじめの働き先の後輩、姉の病気がわかるまでは荒れていた。
「大竹幸」成仁の姉。病院で療養中、悪化し死亡した。
「神崎俊」幸の恋人、母を病気で亡くしている。成仁に兄のように慕われている。
「関義斗」俊のケンカ仲間、はじめとは血の繋がる兄弟。昭次との関係は?
「井川忍」昭次の同級生、俊とは家が隣同士で慕っている。
「相田武・武威直人」昭次の親友。
「佐藤達也」忍の昔の親友。
「横井良・稲葉聡」関西にいた時の俊の仲間、暴走族。
「真田幸司・伊藤和弘」義斗の暴走族仲間。
にこりと笑っている昭次にびっくりして駆け寄る俊。
「ちょ、昭次くんなにやってんの。ケガ人がこんなとこまで歩いてきたんか?迎えに行ったのに」
「え、そんないいです。もう痛くないですし。オレもなんかしたかったから・・兄ちゃん来てる?」
「はじめ?ああ、来てるけど。お疲れさん、ありがとな。とりあえず中入ろか」
二人の会話が耳に入り・・さらに固まってしまっていた義斗。
しょう、じ・・・はじめを兄だと言っていた・・ホンマに昭ちゃん、なんか?
「おいっ。なにぼけてんだよ、仲直りしろなんてもう言わへんから入れや」
「あかん・・オレ、帰る・・わ」
「あっ、なに言ってんの?」
いけるわけない・・はじめ兄と、こいつ・・昭次・・二人のいるところにオレが入っていけるわけない。
「あの、どなたでしたか?オレのこと知ってる人?」
じっと見られてる昭次が不信に思い恐る恐る聞いてきた。
それを聞いてゆっくりと目を閉じる義斗。
・・オレのこと、覚えてもおらへんか・・そこまで記憶から消されると逆にすっきりするわ。
ショック受けられる立場やないからな。
「おい、顔色悪いで。どうしたん、大丈夫か」
じっと見られてる視線に胸が苦しくなってくる義斗、不安げに支えてくれる俊だったが今はそれどころじゃなかった。
自分のこと少しくらい思い出してほしいという気持ちが、小さく膨らんでいく。
「・・しょうちゃん。オレのこと、覚えてへん・・か」
「えっ?・・」
思いきってつぶやいてみて一瞬にして後悔した、不思議そうに見てる瞳が近くまで寄ってきてさらに見つめてくる、おもわず逸らしてしまう義斗。
「・・あの、ごめんなさい。わからない、です。オレのこと知ってるんですね、昭ちゃんって・・小さい時呼ばれてた、のかもしれない」
思いのほか沈んでいく昭次の様子になにかおかしさを感じていく義斗、顔を覗き込むと今にも泣き出しそうな表情。
「ええよ、覚えてないんなら。そんな落ち込むことやない。忘れてても・・ええことや」
「忘れていいことなんてないですよ・・思い出したいです」
ポンと頭に手を置くと泣きそうに微笑む昭次はあの頃と変らない笑顔、ほっとさせられる。
優しく笑ってくれてるその人の顔につられて笑う昭次。
この人のこと知ってる気がした・・なのに、なんでわからない・・オレの記憶、いつ返してくれるだろ、すごく大事な人な気がするのに・・さみしい顔させてしまった。
「俊さんと、知り合いなんですか?」
話を変えるように問いかけた。
「ああ。大阪にいた時の、な。・・足、どうしたんや?」
「これ、大袈裟なだけですよ。ケンカ、してかな」
少し強がって言うと予想以上に驚いている義斗。
「ケンカ?おまえでもそんなんするんか、負けたんやろ」
「ケンカくらいするよ、負けてもないし」
「なら勝ったのか?」
さらに驚いてる顔に観念して笑う昭次。
「実は、俊さんに助けてもらった」
納得と言うように頷いてる、俊さんの強さ知ってるんだ。
「神崎でてきたら一瞬やろな。オレとはれるやつはそうおらんからよ」
「強そうだもんね二人とも。ケンカ仲間な感じ?俊さんと・・えと、名前聞いてもいいですか?」
知り合いと言われたのに名前聞く恥ずかしさに、少し小さくなってる昭次に気にするなとまた頭を撫でる。
「・・よしと。関、義斗や」
「義斗さんか、いい名前だね」
「べつに覚えんでもええで、もう会わへんやろし」
「なんで?せっかく知り合えたのに、オレが覚えてないから怒ってるの?」
ふいにまた覗き込んでくる大きな瞳、義斗は大きく首を振る。
「ちゃうわ、そんなんと違うから・・自分責めるんやないで」
あまり近くにいるのはいけないと感じ知らず後ずさってる義斗に気づいて腕を捕まえる昭次。
「・・義斗さん、帰らないよね?寄って行ってって俊さんも言ってたでしょ」
つかまれた腕が硬直し動けない義斗。
「・・ああ。帰らへん、手伝い頼まれてたわ」
「よかった。なんかオレのこと見て帰るっていうから、びっくりしたんだよ」
うれしそうに腕に掴まったままの昭次、オレは困惑の色を隠せないでいた。
こいつと・・昭次とまたこんなふうにしゃべれるなんて思いもせんかった、オレのこと忘れてくれてたからか・・それとも覚えててもこうして普通に話してくれたんか・・
オレのこと、嫌いになってへんのか・・
聞きたいことが山のようにあることに気づく、今まで押えてた疑問が溢れそうになっていた。
今、こいつにとったら会ったばかりのオレのこと、気にしてるなんて・・変わっとらんわこいつ。
人のことを安心させてくれる空気・・また、オレのことほっとさせてくれてる。
ふいに、あの時の出来事が頭に浮かぶ――――
小さな昭次の手を繋ぎ二人で歩いた公園。
「なぁよしくん、どこ行くの?」
義斗の手を握り締めて見上げる昭次、不安なんて感じられない楽しそうな笑顔。
「ん?あんな・・昭ちゃんとずっと一緒にいたいから、いいとこ連れてったる・・」
「いいとこ?どこも行きたないよ、よしくんとおれたらそれでいいもん」
「・・やっぱり、帰りたなった?」
少し考えて、微笑む昭次。
「・・帰りたい。けど、よしくんも一緒にだよ?」
「ぼくは、帰れん・・帰るとこ、あらへんもん・・」
立ち止まる義斗の腰にしがみつく昭次。
「なんで?よしくんは昭ちゃんとこ帰るんでしょ、昭の兄ちゃんでしょ?・・ずっと一緒だもん」
抱きついて泣いてる昭次に義斗の手が背中に回る、ぎゅっと抱きしめ返す。
一緒にいたい気持ちが義斗を来狂わせて、いた。
「・・一緒に、来て・・昭ちゃん・・」
小さな首に這わす義斗の指が、力を込められていく――――
「よし、くん・・も。一緒に・・ね」
微笑んで見えた昭次の瞳・・抵抗もなかった―――
――――忘れることの、出来ない瞳やった・・・
「よしとさーん?どうしたんですか、顔色悪いですよ。休ませてもらったら?」
現実に戻され見つめる瞳は・・けがれないあの頃と同じ。
ふいに首のあたりに目が行き表情が固まる・・きつく目を閉じ逃げるように昭次から離れた。
「昭次くん、中入ったらええ。オレはまだ風にあたってるわ、たいしたことないから」
「そんな具合の悪そうな人置いていけるわけないでしょ。ならオレもここにいる。行ってもなにもやれないし・・」
かべにもたれる二人の間には奇妙な時間が流れてく、あの頃に戻ったような・・奇妙な時間が。
なにやら話し込んでいる二人を置いて来てしまった俊、玄関先大丈夫かと首を傾げていた。
――なんかおもいきりおかしいんやけどなぁあいつ、なにがあったんよはじめと・・それに昭次くんのことも知ってるかんじやし。
・・関、昭次くんの記憶のないことは知らんみたいやった・・それ以前の知り合いなら、ずいぶん前のことになる。
教えてやればよかったかな。
「あっ、俊さん。あれ一人?関さんは」
「え、ああ。今な昭次くん来てくれて、なんや話してるで関と。知ってるみたいやから昭次くんのこと」
玄関先で話してる二人の会話を耳にし、はじめが血相を変えて走ってくる。
「昭、次・・来たって、言ったか?」
「えっ・・うん、来たで。外におると思うけど・・どうしたん、はじめ」
「なんで来てんだよ昭次・・くそっ」
走り出て行くはじめに呆然と顔を合わせる俊と成仁、後を追った。
「昭次っ!」
外に出ると怒鳴るはじめにびっくりして顔を覗かせる昭次。
義斗はわかってたように冷静に動かなかった。
「兄ちゃん?どうしたの大きな声出して」
無言で近づいてくるはじめが、昭次の腕をひっぱって自分の横へ引き寄せると松葉杖が倒れて大きなおとが響いた。
「ちょ・・痛いよ、なにしてんの。危ないなぁ」
昭次を支えるように抱き止めるはじめ、視線は義斗を睨んでいた。
ただならぬ雰囲気に二人を交互に見つめる昭次、義斗はじっと動かずタバコをふかしながら見つめ返していた・・どこかさみしそうな瞳で。
「・・なに話してた」
義斗にぶつける言葉、兄にはめずらしいきつい口調に昭次が慌てて口を挟む。
「なに怒っての?なに話してても兄ちゃんには関係ないだろ」
「おまえは黙ってろ。もうこいつには近づくなっ。帰るぞ!俊、成仁悪いけど一回帰る、また夜来るから」
昭次を抱えたまま振り返りもせずに怒鳴るはじめ、呆然と見ている俊たち。
「ちょ、わけわからんこと言うなよ。オレは手伝いに来たんだよ、降ろせっ!」
有無も言わせない態度にどうしていいのかわからない昭次、今は大人しく従う事にした。
「・・ごめんっ、後で説明するから」
兄の変わりにみんなへと叫んだ・・無言の兄を睨みながら。
呆然と見送る俊と成仁、義斗だけは平然と行ってしまう二人を見ていた。
「おいおい関、おまえなにやったんや、あんなはじめはそう見れへんぞ」
「怒ると怖いのは知ってたけど・・今の態度はおかしいなぁ」
理由が聞きたくて仕方ないという視線で義斗を見てる二人に顔を背けた。
「オレがあの男に嫌われてるいうだけの話や、見りゃわかるやろが。相手にもされてへんわ、それだけのこと」
「けどわけもなくあんなふうに怒る人じゃないし。昭次くんと話してただけでしょ?関さん」
どうしても気になるのか覗き込んでる成仁、義斗の様子に俊が小さくため息をついて間に入った。
「まあええわ。とにかくもう中入れるな、はじめおらへんし。おまえが来てからどたばたすぎ、ゆっくりさせてくれよ」
「そうだね・・もうすぐ準備しないと。関さん、二人の分も手伝ってよね」
どたばたしすぎて悲しんでる暇もなく、今の二人にはちょうどいい忙しさだった。
タバコを踏み消し、後をついていく義斗に目ざとく俊が叫ぶ。
「こらっ関。タバコ拾っとかんか、人ん家の前やぞっ」
怒られたのも上の空で言われるままゆっくりと腰を落とす義斗。
・・最悪や。昔みたいだと、一瞬でも思えてしまった自分がアホみたいやな。
戻れるわけない、今こうしてられたのも奇跡みたいなもんやないか、昭次が覚えとらんから。
・・覚えてもおらんかった、嫌な出来事は記憶から消される、そういう話はよく聞くが・・忘れたいことだった、そういうことなんだな。
はじめの態度を思い出し、拾ったタバコを手の中で握りつぶす。
まだ消えていなかった火が軽く皮膚をこがすにおいをあげた。
「兄ちゃん、ちゃんと説明してよ。あれじゃ失礼だろ三人ともに」
あきらめて運ばれてる昭次、はじめは無言のまま家へと向かっていた。
「兄ちゃん・・義斗さんオレのこと知ってるみたいだった。兄ちゃんは知ってる?」
立ち止まるはじめ、昭次を下に降ろし大きくため息をついた。
「たしかに、あいつとは小さい頃一緒だったことがある、オレも・・おまえも。けど今はもう他人だ、関わり合うな・・」
あのバカ、なんで昭次と話なんかするんだ、思い出させたいのか・・おまえも忘れてくれてたほういいんだろ、悔んでるはずなんだ・・忘れられるわけないんだからオレたちは。
「・・もしかして、だけど。義斗、さんってオレの、兄ちゃん?」
はじめが目に見えて身体を揺らす、その表情にそれが真実だとわかる。
「そう、なんだね。あの夢に出て来てた・・もう一人の兄ちゃん。そうだよ、あの人だよ・・へんな感じしてたもん、絶対だ」
確信のように一人興奮して足の痛いことも忘れ飛び跳ねる昭次、うれしそうな姿に胸を痛めるはじめ。
・・真実を知ったら、記憶が戻ったら喜んでいられるようなことじゃない。
自分のことを、殺そうとしたあいつに・・おまえはどうする。
事件があってから記憶がなくなるまでの少しの間、なにを思っていたのか・・
変らなかった昭次の笑顔の奥に、なにがあったんか・・もう見ることはできない。
お前の記憶の中にオレたちを救える答えがあるんだろうか―――