エピソード2 ― 3・はじめと義斗
家族・兄弟愛・友情がテーマな少し謎めいたストーリー。人物紹介です。
「加賀はじめ」加賀家の長男、弟を支えてきた。いろいろ過去を抱えている。
「加賀昭次」幼い頃の記憶がないままはじめを頼りに、時折記憶の断片に悩まされている。
「大竹成仁」はじめの働き先の後輩、姉の病気がわかるまでは荒れていた。
「大竹幸」成仁の姉。病院で療養中、悪化し死亡した。
「神崎俊」幸の恋人、母を病気で亡くしている。成仁に兄のように慕われている。
「関義斗」俊のケンカ仲間、はじめとは血の繋がる兄弟。昭次との関係は?
ひとしきりバイクで走り回ると成仁の待つ大竹家に到着した。
「・・俊さん?」
いつまでも帰らない俊に少し不安になっていた成仁は、外の気配に玄関へ走った。
「おまえに紹介する気はなかったけど、会ったって。オレの奥さんに」
バイクを降りるとそう言い振り返らず、家の中へ入っていく俊。
その後ろからついていく義斗。
こんだけ腐れ縁やってるのにおまえの女始めて見るわ、あっちにいた頃はそれどころやなかったしな。
危ないやつやったのに・・ホンマ落ち着いたもんやなこいつ。
玄関から駆け出た先に俊がいた、がもう一人誰かが一緒だった。
なんとなく雰囲気が近寄りがたく、玄関先足を止める成仁。
「・・しゅ、俊さん。大丈夫?」
「あっ悪い遅くなった、平気や。気晴らしにバイク乗ってきた」
話しながら視線は俊の後ろの見知らぬ男を凝視する成仁、それに気づく俊が難しい顔して笑う。
「ああ・・こいつ、昔のツレなんやけど。遊びに来たらしくて手伝わせに連れてきた、関や」
「遊びにきたわけやないわ」
「どっちでもええやろ。こっち、オレの弟の成仁や。彼女、幸の弟」
亡くなった彼女の、兄弟か・・オレが母ちゃん亡くした時くらいの年――肉親なくす辛さは知っとる。神崎は二度目や。
支えになってた人がいなくなった、けど・・こいつのおかげで大丈夫いうことか・・
小さく会釈する成仁に返す義斗。
幸の横に座る俊、義斗は遠くから見ていた。
「神崎、オレ邪魔なんとちゃうか。おまえの嫁さん見せてもらったら帰るし。すまんかったなこんな時に」
「邪魔なんて思ってへんわ。幸も会いたい言っとった・・忙しんか?」
壁にもたれ離れて見てる義斗をじっと見上げる聞く俊、小さくため息をついてゆっくりと歩み寄ていく義斗。
「なんもないからこっち来とったんやろ・・暇やわ」
俊の横へと腰を下ろし幸を見つめる、ただ眠ってるようにしか見えないきれいな幸に呟く。
「なんや・・うれしそうに、笑ってるな」
「そうやろ・・喜んでくれてた。逝く時、きっと・・」
神崎の表情に小さく微笑む、辛いのはわかっていたことだけど幸せが見えて少し安心したわ。
そっと彼女の手を握り締める神崎に後ろから弟が覗き込んだ。
「姉ちゃん、俊さんのこと大好きだったから・・」
誰にともなく出る言葉に顔を上げる俊と義斗。
「喜んでるに決まってる。姉ちゃんが指輪受け取らなかったのは、こうなるってわかってたからで・・ホントはすごくほしかったはずだし」
キラリと光る幸の指を見つめる、その微笑みがなによりの証拠だというように。
「最後の最後に、我慢できなくなったみたい。姉ちゃんらしいよね」
小さく笑う成仁、一瞬にして険しい表情へと変わる。
その表情に覗き込む俊。
「ごめん、オレからも謝らせて・・俊さんのこと縛ってる」
ふいに出る言葉に思わず立ち上がってしまう俊、びっくりして後ずさる成人。
「アホなこと、縛られてなんかないわ。オレが無理に受け取らせたもんやろ。謝るんわこっちや」
「わかっとらんなぁおまえら」
二人のやり取りに割って入る否定の声。
「わかってんだろ、この人の気持ち。おまえらに笑っててほしかっただけや。謝りあっとるんわ違うやろ」
義斗の言葉に見合う二人、ばつ悪そうに腰を降ろした。
「話聞いてるとわかるわ、この人がどうしたかったいうのが。おまえらもわかってるんやろ、素直に受け取れや」
「おまえに言われんでも・・わかっとるん。気持ちの整理いうんがあるんや・・」
軽く突き出す拳をパシリと手のひらで受け止める義斗、複雑な思いを受け取るように。
「そうですか。そりゃすんませんでしたね。外行ってるわ」
笑いながら立ち上がると席を外すように部屋から出て行った、そんな義斗を見つめる成仁。
「なんか、よくわかんないけど・・あの人って」
見かけによらずやさしい人なのかな、オレたちのことわかってくれてる気する・・少ししか話きいてないはずなのに。
「ホンマ口悪うてすまん。あれで励ましてくれてるんやと思うわ・・痛いとこばっかついてくれるわ」
「けど合ってるよね、言われたこと」
小さく笑う成仁につられるように笑う俊。
「オレ姉ちゃんに感謝してる。俊さんに会わせてくれた・・大事なもの、残してくれた」
涙を浮かべて呟く言葉を胸に込める俊、オレも感謝してるこのかけがえのない幸せな時をくれた幸に・・これからをくれる成仁に。
「いつまでも・・一緒や」
成仁の手を取り一緒に幸の手へと重ねた・・ふいに二人の指輪が触れ合って、小さな音が部屋に響くと空気が静かに揺れた気がした。
「さて、オレはなにしてようか」
バイクにもたれ掛かり、タバコをふかす義斗。
青空にタバコの煙が広がった。
場違いやったから帰ろうと思った、けど・・あんな顔されるとな。
あいつとはケンカばっかしてたからあんな顔は初めて見たわ・・別に心配なんてしたくないんやけど、調子狂うわ。
髪をがしがしとかき上げ、ふと顔を上げると遠くから人影が近づいてきた。
走ってくるその人影は近づくにつれてスピードを緩めると・・義斗の目の前で止まる。
うつむいて肩で息をしているのは、家からの距離走ってきていたはじめ。
「ふぅー。よしっ!」
大きく息をはいて勢いよく顔を上げる。
その時初めて横にいる影に気がつき、不審に思った。
誰だよこんなとこにバイク止めるやつは、俊のじゃないよな・・人、乗ってるし。
視線がぶつかった瞬間、表情を固めるはじめ。
―――こいつ・・なんで、こんなとこに・・・
はじめは一目でそれが長年会っていない、弟の義斗だと気が付いていた。
普通ならわからないところだが、高校ぐらいの時に何度か見かけたことがあった・・面影は、変わっていなかった。
はじめのことに気づかない義斗が怪訝に見つめ返していた。
「・・なんやあんた。なんか用かよ」
こいつ、オレのこと気づいてない・・それならわざわざ気づかせることもない。
「・・失礼」
何食わぬ顔をして、成仁の家に入ろうとするはじめを、なぜか止める義斗。
「おい。あんた誰の知り合いかしらんが今はいかんほうがええぞ、取り込み中や」
思わぬ声に足を止めるはじめ、振り向くと今度はしっかりと目に入るお互いの顔。
イヤな緊張感がはじめを襲う、普通に見ているだけなのにきつくなる視線。
「・・あんたこそ誰の知り合いなんだ?」
ここにいて中の様子も知っているとなると、俊か成仁の知り合いということになる。
訛りが出ていることから想像はついていた・・が、関係ないと思いたかった。
「オレは、神崎ってやつの、どうでもええやろ・・で、おまえはなんや」
睨むと答えず入って行こうとするはじめの腕を掴んで止める義斗。
「おい、行くな言うとるやろ」
その手を振りほどくはじめ、至近距離でにらみ合う。
一瞬、義斗の表情が変わった気がし・・慌てて顔を背けるはじめ、背中を向け呟いた。
「オレはここの事情よく知ってるんだよ、おまえよりな」
「おまえ、ええ態度やのぉ。初めて会うやつにそんな態度とられておとなしくしてるやつやないぞ。言い直さんかいっ!」
「・・あいかわらず・・」
あいかわらず自己中なやつだとため息をつくはじめは、殴られそうになるのを避けて向かい合った。
なんやこいつは・・売られたケンカは買うぞ。
にらみ合っていると、なにか違和感を感じた・・ふと重なる記憶。
・・なんや、オレ・・こいつのこと知って、る?
昔の記憶がふいに襲う―――――
「おーい、よしー」
「はじめ兄ちゃーん」
小さい頃の笑顔の二人がいた・・次の瞬間、大きくなったはじめの怒ってる顔が怒鳴る。
「昭次は、渡さないからなっ!」
―――――――頭に響く言葉に胸が痛んでいく、義斗。
・・そうや、こいつ・・オレの、兄――はじめ兄、やないか・・
記憶から消そうとしていた人物に会ってしまい、記憶がとめどなく溢れ出していく。
「・・はじめ・・兄」
その呟きにまた小さくため息をつくはじめ、今度は少し揺らいだ瞳で義斗を見つめた。
「なんで・・今、現れるんだよ・・」
「・・あんた、神崎の知り合いか?・・冗談やろ」
「それは、こっちのセリフだ。俊のこと知ってるなら話が早い、大変なんだよ今。帰れ」
大変な時なのは本当のことで、しかしはじめは違うことに気を急いていた。
べつにこいつがいちゃ駄目なことはないだろう、人手は多いほうがいい・・だけど、昭次には会わせられない、忘れてる記憶が戻ってしまいそうで。
・・きっと、会ってしまえば思い出してしまう・・絶対そうなる、予感がした。
「なんで帰らないかんのや、そっちこそなにしに来たんよ。大変なんやろ、おまえも邪魔ものや」
「オレは、来てくれ言われたの。おまえにとやかく言われる覚えはない」
「なんやそれ、そっくり返したるわその言葉。手伝え言われたのオレも。神崎も心配されるほど落ちとらん、そういう気遣いは重いんじゃ」
「知ったようなこと言うな。おまえが俊のなんだろうが知らないけどな、今一緒にいたのはオレたちだ。心配してなにが悪い、わからないわけないよな、こういう気持ち」
お互いに経験のある出来事、眉をひそめてるはじめ。
オレだってなにもできないことはわかってる、心配が重荷なのも知ってる。
けど、あの二人を見ていないおまえなんかになにがわかる・・大切な人を亡くす辛さは知ってるはずだろ・・
「・・なにが言いたいんじゃ」
「なんでもない。俊たちにはオレたちがついてる、それで十分だって言ってんだ」
「そりゃ、オレはいらん言いたいんか?ふざけんな、今もなんもないんじゃ。オレの存在はオレが決める、あんたには関係のないことやろ!」
嫌な思い出と重なり、激しく打つ鼓動・・耐えるようにはじめを睨んだ、苦しみをわかってもらうように。
玄関先で大きな声を上げている二人に、部屋の中にいた俊たちが異変に気づく。
「あれ?誰か外にいるのかな」
「・・まさか関のやつ問題起こしてへんやろなぁ」
「さっきの今でなにがあるっての、ひどいなぁ俊さん」
「いや、あいつはそういうやつなんよ。問題だらけなんやから」
笑いながら玄関の戸を開けた二人、向き合う義斗とはじめの姿に一瞬固まった。
「・・加賀さん?なにやってんの、入ればいいのに・・」
「え?はじめ?」
とりあえずはじめを見てそう言う成仁、だが様子のおかしさに俊を振り返った。
怖い顔した俊が二人の間に走り寄り、はじめを背に義斗を睨む。
「おいっ関、なにやってんのや。オレの友達やぞ」
「はっ。なんもしてへんわ」
俊の登場にばつ悪そうに門から離れ背中を向ける義斗。
「・・・悪い、なんでもない。それより、幸さん来たのか?」
「あ、うん。中で寝とる。会ったって・・」
少し困惑気味の俊をよそになにもなかったように話すはじめ。
「そうさせてもらう。成仁、少しの間仕事いいからゆっくりしてろ」
「あ、はい。さっき昭次くんに電話入れといた。聞いてない?」
ふいに出る昭次の名前に大きく反応してしまうはじめ。
思わず振り返っていた、ゆっくりと視線を向ける義斗・・逃げるように成仁を連れて部屋の中へ入っていく。
「さっきまで走ってたから家帰ってないんだ。昭次起きてた?」
「起きてたよ。心配そうにしてた、早く帰ったほうがいいんじゃないですか?うちは大丈夫だから」
「そうだな。また後で来るよ。おまえ、義斗・・あいつのこと知ってるのか?」
外に向ける視線に成仁が首を傾げていた。
「ああ、俊さんの友達なんでしょ。オレさっき始めて会ったよ。結構いい人そうだったよ、いろいろ気使ってるみたい、言葉とかには出さないんだけど」
微笑んで義斗のことを話す成仁に複雑な顔をしてるはじめ、もう一度振り返る。
「なんか加賀さんも知ってるみたいだね、義斗って名前言ってたよ今」
「・・ちょっとな」
呟き黙り込むはじめにさらに首を傾げる成仁。
姉のところへ逃げるように入って行く先輩を見つめた。
絶対なんかあったと思うんだけど、知らない人とケンカするほど子供じゃないと思う。
なのに怒鳴り合ってるように聞こえた・・二人はどんな関係なんだろうか。
はじめの背中と玄関を交互に見て、また首を傾げる成仁だった。
玄関先、肩を掴まれて振り払う義斗が俊を睨んでいた。
「なんじゃ。なんもしてへんぞ」
「・・うそ言うな。はじめおかしかったぞ。誰かれかまわずケンカ売るんやないわ」
「そんなんやない言うとるやろが。久々に会って怒りが戻ったんやろ、オレは知らん」
「怒り?久々って、おまえらやっぱ知り合いなんか?」
よけいなことを言ったと顔を背ける義斗、俊はよくわからないまでも照れているのかと笑う。
「なんや、知り合いならそういやぁええのに。二人ともおかしいで」
能天気な俊に大きくため息をつく義斗。
「ずっと会ってへんのやから、知らんやついうほうが合ってるわ、もうあいつのことはええから、おまえ忙しいんやろ?余計なこと考えるなよ」
「気遣いどうも。まあええわ。おまえも中入れ、お茶でも飲もうや」
まったく行く気がない義斗、背中を叩いてせかす俊。
「なんやおまえらしない。ケンカしとるんなら仲直りのええ機会やないか、仲介したるから」
「いらんことするな。仲直りいうレベルやないんや!」
腕を思い切り振り払いバイクのほうへと歩いていく義斗、ふいに立ち止まり目を細める。
・・あれ・・って、まさか・・そんな、わけない・・けど、似てる。
遠くからこちらに向け歩いてくる人物に、目が離せなくなっていた。
俊は俯いてうなりながら二人の様子を思い出していた。
・・どんなレベルのケンカやちゅうんじゃ、こいつのこんな困ってるとこ始めて見たわ。
相当こじれとるようや・・どうにかしたりたいが、いらんお世話みたいやし。
はじめも、あの様子じゃ素直にはなれんやろうし・・
頭を悩ませていると目の前義斗の背中、見るとどこかを見つめたまま固まっている。
なにかいたのかと顔を覗かせた時。
「あっ、俊さん。よかったこのへんだったと思ったんだけどみつからなくて。やっぱり合ってた」
俊の顔を見つけてうれしそうに駆け寄ってくるのは、松葉杖姿の昭次だった。