エピソード2 ― 2・神崎と関
家族・兄弟愛・友情がテーマな少し謎めいたストーリー。人物紹介です。
「加賀はじめ」加賀家の長男、弟を支えてきた。いろいろ過去を抱えている。
「加賀昭次」幼い頃の記憶がないままはじめを頼りに、時折記憶の断片に悩まされている。
「大竹成仁」はじめの働き先の後輩、姉の病気がわかるまでは荒れていた。
「大竹幸」成仁の姉。病院で療養中、悪化し死亡した。
「神崎俊」幸の恋人、母を病気で亡くしている。成仁に兄のように慕われている。
「井川忍」昭次の同級生、俊とは家が隣同士で慕っている。
「関義斗」俊のケンカ仲間、昭次やはじめとの関係は?
ひとときの眠りから覚める成仁。
「・・ん、そうだ。電話・・しないと」
俊を起こさないように立ち上がり、よろよろと電話を手にした。
「もしもし。あっ、昭次くん?早くにごめん、はじめさんは?」
『あっ・・今、走りに行ってるみたい・・ごめんなさい。もしかしたらそっち行くかもだけど・・』
「そうか。オレ・・今日仕事行けないと思うから、帰ったら電話あったこと伝えてくれる?」
『はい、わかりました・・成仁さん、大丈夫・・』
小さく告げられる昭次の言葉に、心配が伝わる。
「・・心配かけてごめんな、大丈夫。昭次くんも後で寄って」
できるだけ明るい声を出し、受話器を置いた。
バシッと頬を叩く成仁、沈んでばかりはいられない。
「・・成仁。オレ、ちょっと家に一回帰るわ」
ふいに後ろからかかる声にびっくりして振り返る、いつの間にか起きてる俊の姿。
「え?帰るの?どうやって・・歩いてはやめなよ、危ないから」
「大丈夫。すぐそこやないか、少し寝たらすっきりしたから。ちょっと一人にさせてもらいたい、ええか?」
その言葉に、ビクリとなる成仁・・俊の顔を見て唇を噛み締める。
その気持ちはすごくわかるから・・
「ん、わかった。オレ、電話とかしとくから。ゆっくりしてきてよ」
「・・すぐ、戻る。着替えとかも持ってくるわ・・」
ポンと小さく頭を撫で、小さな微笑みを残し静かにドアを閉めた。
外に出ると朝の光がまぶしく一度伸びをする俊。
「なんや、久しぶりに外・・出た気するわ」
さっき、夢を見た・・ただ幸がおって成がおって、オレがいる・・笑ってるだけの時間やったけど。
指輪見てうれしそうに笑ってた・・今、こんな落ち着いておれるんわそのおかげやと思う、あの笑顔見れたから。
幸せやったって思ってもええやろか、幸・・
幸との思い出を胸に、自宅へと足を運ぶ俊・・朝の空気が頬に気持ちよかった。
窓の外を眺めていた義斗、俊の姿を見つけ振り返り歩き出す。
忍はさっきからの義斗の動きに首を傾げていた。
「おまえよ、人を疑わんのはええことやけど警戒せないかんぞ。ホンマ危ないんやから気いつけんと。オレみたいなのいっぱいおるんやから。じゃ、世話になったな。おまえも学校あるんやろ?出よか」
玄関へと歩いていく義斗へ駆け寄る忍。
「まだ時間大丈夫ですよ、もう行っちゃうんですか?」
止められるとは思ってなかった義斗は驚いて、小さく笑う。
なんやなつかれとるわ・・ホンマにようわからんやつや。
さっき会ったばっかでこんなに警戒せんやつも初めてやし、神崎のツレいうことがそうさせてるんやろうけど・・まあ、嫌な気はせんけどな。
「外、見てみい。帰って来たわあいつ」
その言葉に反応して窓に駆け寄る忍、玄関先に立つ俊の姿を見つけ、赤くなり慌てたように駈け出す。
「そうだった、俊兄に用でしたよね。オレあいさつしてこっと」
振り向いて笑う忍に吹き出す。
こういう無防備なチビ相手にしたの、いつ以来か。
わざと関わらんようにしとった気する・・思い出したくないこと、思い出しそうだから。
チラリと頭をよぎる小さな影に首を振った。
周りが見えていない俊は玄関のカギを開け、戸を開けるまで駆け寄る忍に気づかなかった。
「俊兄、遅かったね」
「あ・・おはよ、忍。早いな」
「おはよう。俊兄こそどこ行ってたの?めずらしいよね」
「いろいろあるんよオレだって。子供にはわからんこっちゃ」
「ガキ扱いしないでよー」
「どんな理由か知らんが人待たせすぎやぞ、神崎っ」
小さく笑う俊の表情が忍の後ろにいた人物に驚いて固まった。
「関・・なにやっとんや、おまえ」
「なに、ちゅうことないが。ちょっと寄ってみただけや」
「なんで・・忍と、おるんじゃ」
忍をかばうように前へ出る俊、義斗と睨み合う。
俊のどこか怒っているような姿に驚きながら腕を掴む忍。
「あの、うちで待ってたんだよ俊兄のこと。オレが誘ったの困ってたから・・」
俊をなだめるように早口で言うが、見据える視線は変わらない。
「なんもしてへんぞ。睨むんやないわっ・・おまえ、なんや顔色悪ないか。なにしとったんや」
「おまえと遊んどる暇ないわ・・今は。悪いが帰ってくれ」
家に入っていく俊に駆け寄り止める義斗。
肩を掴むと、小さくよろけるのに気づく・・ホンマに、なんか変やなこいつ。
「知らん仲でもないやろが、なにがあったかくらい聞いてもええやろ」
「・・おまえには関係あらへんことや、帰れ・・」
その言葉に思わず手が出る義斗、殴られてドアにぶつかる俊を見て、忍がびっくりして固まる。
「俊にいっ!・・ちょ、殴るとこじゃないよ今のはっ」
「悪いな。けど腑抜けのこいつ見てられん。なんや、殴り返す気力もあらへんのかいな。なにがあったんか知らんがわしらのあいさつはこうやろ。おら、こんかい」
頬を押さえて俯く俊を挑発すると、視線を上げ少し力の入った瞳が睨む。
「なんも、知らんいうのも・・気つかわんしええもんやで。あいかわらずうっとうしいやつや!」
飛び出して殴りかかる俊に笑う義斗。
「なんじゃそれ。ホンマ腑抜けじゃな、なんでおまえに気つかわなかん、気持ち悪いこと言うなっ」
「なんでもいいわ、気分変えに付き合えやっ」
「わけのわからんことごちゃごちゃぬかすなっ・・いったぁ」
ふいに目元を押えて腰を折る義斗。
「おまえ・・なにつけてやがる、殴り合いにケチつくようなんつけんなや」
目元から血を流す義斗、俊は呆然と手を見つめていた。
「指輪か?おまえそんなんつけてへんかったやろ・・その指、結婚でもしたんか?」
なにかを思い出したように慌てて家の中に入っていく。
「・・こんなことしとる場合やないっちゃうことか・・幸」
「おいっ。なに言ってんだ」
「これ・・昨日、やっと渡せたんや。何年も前から言ってはおった・・やっと貰ってくれたんじゃ・・」
「そんな人がおったとは初耳やわ。それならなんでそんなしけた顔してん、もう振られたとかいうんじゃないわな」
ゆっくりとうつろに戻った目が、振り返る。
「・・似たようなもんや。死んだ。昨日・・・」
一瞬なにを言ってるのかわからず言葉の出ない義斗。
死んだ・・信じたくない言葉だった、オレの心配していたことが・・
「・・マジか、それ・・」
「おおマジやわ、オレ着替え取りに来ただけやった。忙しいって言ったやろケンカしとる場合やないし。おまえ、うちにおってくれていいからせっかく来たんや」
固まっている義斗と忍。家の中に消える俊を見つめる。
「・・俊にぃ・・・」
「まいった。なんちゅう時に来たんやろ、最悪や・・どないしよな、この空気」
頭を抱えて玄関先座り込む義斗。
人の死をまじかで一度見とるオレら、それだけで心に残る痛みはでかい・・それがまた神崎の身に起こった、指輪を渡すほどの人が―――
大事な人を亡くしたんは同じやけど、全然違うとも言える・・・わかってやれるようで、なにも言ってやれない気がした。
「・・家に居れやと?居れるかい。大変なん、知ってるのにおとなししとれってか」
悔しそうに睨み家の中へと駆け上がった。
忍はそんな二人を呆然と見ていた。
俊兄の彼女が亡くなったなんて・・大変なことなのはわかるけどオレにもなんかやれることあるんだろうか。
力になりたい、誰よりも・・そうしたいのに・・オレには勝てない存在がいて、弟の位置はあの人のが近いから。
悔しそうにどこかを睨む忍、二人の後を追い家の中へ入っていった。
「神崎・・」
「・・関。せっかくやおまえも幸の式出たってくれや。服借りてきたるわ。今日と明日こっちにおれるか?」
「そんな話聞いて帰るほど薄情なやつと違うわ。手伝えることあったら手伝うぞ」
思いがけない言葉に小さく笑う俊。
「気持ち悪いわ。そんな気使ってくれんくてもええ。まあ手伝ってくれるなら助かる、頼むわ。彼女んとこも親おらへんから・・オレらだけでやらなあかんし。早く帰らんと、心配しとるわ弟が」
「弟?・・おったんか兄弟」
「オレのいうか、幸のな・・けど今はもう、オレの弟や。指輪はめてくれた、オレのために・・それで一緒にいられるんや」
指輪を触りながら呟く俊、なにか意味ありげに見えた・・
なんやいろいろ複雑そうや・・今の話じゃはっきりせんが、指輪受け取ったのはホンマの弟にするために・・ってことなのか?
「ようわからんけどな、おまえのためにってのはどうかと思うで。おまえの想いが届いたんやろ?それかな、おまえのこと誰にも渡したなくなったんと違うか」
思わず義斗の顔を見つめてしまう俊、なんだとどこか照れて背ける顔。
「・・そういう考えもあるんか。もうあいつの心なんか誰もわからん、そういう想い大事にしとく」
服をかばんに詰め込みながら小さく笑う俊、立ち上がり玄関に向かうと忍がいた。
「忍。世話かけたみたいですまんかったな。おまえも学校やろ、行かんでええのか?」
「オレも。手伝う。俊兄のこと兄ちゃんと思ってるのはあの人だけじゃない。オレも、でしょ?」
なんだか今にも泣きそうな忍の必死な姿に小さく首を傾げて微笑む俊。
「そやな。おまえもやな。わかってる、どうした?けどな大丈夫、関もおるしはじめさんらもおるから。帰ってからお願いするわ」
顔を覗き込み笑って頭を撫でる俊に、動けないでいる忍。
それに気づかず玄関へと出ていく俊。
「おい」
俯いてる忍に後ろから義斗が背中を叩く、びっくりして顔を上げると不思議そうに見ている義斗。
「なに張り合っとんのかしらんが神崎がどっか行くわけやないやろ。元気出せや、後で迎えにきたるし家で待っとけや」
ポンと頭を撫でて笑って走ってく義斗。
忍は手を置かれた頭に自分の手を乗せ、じっと後ろ姿を見つめた・・僕は、ずっと兄に憧れていただけ。
バイクに乗り走る義斗、すでに歩いて行っていた俊に追いつきバイクを止めた。
「・・乗れや」
「・・オレに、運転させてくれや」
「大丈夫かいな。頼むで。事故るなよ」
「そんなへまするか・・走りたい気分なだけや」
「しゃあない、特別や。変わったる」
気持ちはわかると小さく笑う義斗、小さく笑い返す俊。
・・なにしに来たんやろなこいつは、こんな時に・・いつものままにケンカ売ってきて。
抜け殻のオレを正気に戻してくれた、不本意ながら感謝しとる・・バイクにも乗れた、久しぶりに。
・・やっぱ気持ちええわ。
―――幸、前話したやろこいつがそのアホや。会いたい言うとったもんな、こんな形になったけど。
一番アホやれる相手だ。上で笑っとるか?やっぱりアホやったやろ?
小さくもれる微笑に少し驚きながら、空を見上げて笑う俊だった。