エピソード2 ― 00・ 家族
家族・兄弟愛・友情がテーマな少し謎めいたストーリー。人物紹介です。
「加賀はじめ」加賀家の長男、弟を支えてきた。いろいろ過去を抱えている。
「加賀昭次」幼い頃の記憶がないままはじめを頼りに、時折記憶の断片に悩まされている。
「大竹成仁」はじめの働き先の後輩、姉の病気がわかるまでは荒れていた。
「大竹幸」成仁の姉、重い病気で入院している。
「神崎俊」幸の恋人、母を病気で亡くしている。成仁に兄のように慕われている。
目を覚ました幸が辺りを見回した、聞こえていたのは夢ではないと気づく。
「・・ごめん、ね・・・」
小さな小さな声が部屋に響く。
「・・!先生っ、先生っ!幸さんがっ、意識をっ・・」
駈け出す看護婦、よろけるようにベッドへ手をつく覗き込む俊、成仁は瞬間手を握った。
「さちっ!わかるか?俊やっ。しっかりせぇっ」
「姉ちゃん!お願いしっかりして、今日のこと謝りたいんだよ・・ごめん、ごめん・・」
「・・なに、言ってるの・・成はなにも、悪くないよ・・姉ちゃんこそ、ちゃんとできなくて・・ごめんね」
握っている手を弱く握り返す幸に、成仁は力強く握り返した・・今にも消えてしまいそうな姉を引き止めるように。
「なに言ってんだよ、謝ってくれなくていいからっ・・もう寝ないでっ!」
「・・そん、なこと言っても・・姉ちゃんもう眠い、し・・」
いつもと同じように、そんなことを軽く言う幸は小さく笑う・・
「さち・・」
「しゅん・・がんばった、んだけど・・ごめんね。悲しい想いさせ、たくないのに・・ごめん・・」
幸の頬をそっとなで、温もりを分けるように・・何度も髪をなでる。
なぜか、気持ちが落ちついていた俊・・取り乱したくない、幸を最後まで見ていたいから。
「・・なんでおまえが謝る。オレは、平気や・・さち、ゆっくり休めや。ずっと、見とるから」
「見てて・・私も、二人のことずっと・・見てるから・・・なる、ひと・・なにも、してやれなくて・・ごめんね」
幸の頬に流れ落ちる涙、その言葉に涙に成仁は冷静さを失った。
「嫌だっ・・そんなこと言うなって言っただろっ・・また怒らせたいのかっ。弱気な姉ちゃんなんか嫌いだ」
「・・最後まで、怒らなくても・・いいじゃん。怒りっぽいとこ・・直しなよ・・」
「最後とか、言ってんじゃねぇよっ。もうしゃべるなよ、がんばってよ・・」
力なく呟く成人に、幸は困ったようにまた涙を流す・・その涙をそっと撫でる俊。
「しゅん・・ちゃんと、させて・・ね。頼りに、してる・・んだから」
頬を撫でる俊の手に弱弱しく重ねる手、指を握りしめる。
力をこめてないと、眠りそうで・・もっと、感じていたい・・二人の体温を。
「幸・・結婚しよう。したら、成仁はオレのホンマの弟や・・」
ふいに聞こえてきた言葉に幸は涙も止まるほど、驚いていた。
なに、言ってるんだろこの人は・・私の状態わかってるのかなぁ。
「ばかな、こと・・結婚なんか・・したくないよ。簡単に、言ってくれる・・成、こういう時は怒っていいんだよ・・かわりに、言ってやってよ」
「おまえこそアホやな、簡単に言えることやないわ・・ほら、ずっと持ってたんや。おまえが指輪嫌いいうて突っ返したもん、はめてくれるやろ?」
キラリと光る指輪が見えた・・それは、以前俊にもらったもの・・ただの指輪じゃないことを知って、返したもの・・まだ、持っててくれたんだね。
キライで返すわけないのに・・俊は、結構抜けてるんだよね、こういうところ。
乙女心がわかってないんだから。
自分の状態を知っているから・・重荷になんてなりたくなかった、だから結婚とかありえないと思った・・でも、今・・それが私たちを繋ぐ、最後のものだと感じてしまう。
いいのかな、俊のものになっても・・ずっと一緒にいられるのかな・・
「・・しかたない、な・・・もらってあげる、初めての・・指輪。最後だもん・・ね」
「最後とか・・言うなって言ってんだろ、さっさともらっておけばよかったのに・・姉ちゃんの結婚式、やりたかったのに・・」
諦めきらない成仁の言葉に小さく微笑む幸、涙がまた頬を伝ってく。
「そう・・ね・・もったいなかった、ね・・こんな、いいもの・・貰えたんだから、元気にならないと・・せっかく、結婚できる、のにね」
「今、やればいい・・・成仁が、承認や。これで夫婦やろ・・十分や」
ゆるくなってしまっている指輪を、そっとと指へはめ・・ゆっくりと近づけていく唇が重なった。
「・・しゅん・・辛い、想いばっか・・手間のかかる彼女で、ごめんね・・ありがと、う・・最後、まで私だけ・・喜んでる・・」
「アホ、オレもうれしいに決まってるやろ・・ずっと、願ってたことや」
そっと頭を撫でる、その手は小さく震えていた・・見上げる幸が幸せそうに小さく微笑む。
ゆっくりと伸ばす幸の手が俊の頬を撫でる、その手も弱く震えていた。
私・・本当に、幸せだよ・・最後に、こうして好きな人と一緒に、なれたんだから・・
でも・・もう・・
「疲れちゃった、な。もう、休んでも・・いいかな・・・」
ビクリと、俊の身体が震えた・・小さく唇を咬み、呟いた。
「・・ゆっくり、したらいい・・大事にするし、ゆっくり休め」
もう一度、頬へと口付けを落とす俊。
「・・できた、だんなさん・・だ・・ありがと・・・」
話してる間、幸を診察していた先生だが覚悟を決めている二人に手を止め、瞳を閉じる。
本当に・・感謝してる、俊に会わせてくれた俊のお母さんに・・もうすぐ会えますね、いたらない娘ですけどよろしくお願いします・・
この指輪、私の宝物だよ。
俊・・ごめんね、いきなりバツイチにしちゃって・・縛り付けて、ごめんなさい・・うれしかった、最高だよ私の人生。
ふっと、意識をなくす幸・・まるで眠るように瞳をゆっくりと閉じていった。
光の中、幸は見つめる・・その先に、見たことのない女の人が立っていた。
優しく微笑んでいるその人は・・誰かに、似ていた。
ホンマ運のない子やね、けど俊は一途やから、大丈夫。
今まで支えになってくれてたみたいやね、ありがとね。うちら二人してホンマ情けない・・ずっと見守ってて、やってくれる?一緒に・・・
宙に浮かぶ幸、その人は俊の母だった・・うれしそうに笑顔を見せた、母に連れられて上っていく。
俊、成仁・・ありがとう・・・
「二時十八分・・ご臨終です・・・」
脈をとっていた先生が小さく一言告げると、立ち尽くす俊の肩をそっと叩くと部屋を後にした。
天を仰ぐ俊、小さく微笑み目を閉じる。
「聞こえたか・・成仁」
「・・うん。聞こえた・・なにが、ありがとう・・だよ。そんな言葉いらないし・・」
手を握り締めたまま、ベッドにうつ伏せ憎まれ口の成仁。
ポンと頭を撫でると見上げる瞳が不安いっぱいに揺れていた。
「ねえ、ちゃん・・もう、ホントに起きない・・んだよね?もう、苦しくないんだ・・ね」
「そうや。ゆっくり・・休む言ってたやろ。見てみ・・」
立ちあがってゆっくりと顔を見た、怖くて見られなかった成仁はずっと目をそらせていたから。
その表情は・・とても、安らかな・・笑っているように見えた。
「・・よ、かったな。俊さんと一緒になれたこと・・うれしくてしかたないって、顔じゃん・・」
見た瞬間に成仁の瞳から大粒の涙が流れ落ちベッドに染みていく。
声を殺して、小さく泣く成仁の肩を抱く俊。
引かれるようにその胸に抱きつき、泣いた・・姉に感謝と、さよならを祈りながら。
ありがとう、姉ちゃん・・オレはあなたのおかげでこうして過ごせていられた、ひどいことばからしていたのに・・本当に、ごめんなさい。
それと・・結婚、おめでとう。
オレも、姉ちゃんと同じくらいうれしいよ・・俊さんのこと、兄と呼べること・・どんなに支えかわからない。
忘れないから・・見守ってて。
しばらく経ち、真っ赤な目をした成仁が「ごめん・・」と小さく囁き身体離す。
クシャリと髪を撫でると同じように真っ赤な目をした俊が辛そうに笑う・・
「オレ・・伝えてくる、待っててくれてると思うから・・」
「そやな、しっかりお礼言ってきてくれや・・オレ、もう少しここにおってもええか?」
「居てよ。姉ちゃんのこと、見ててあげて・・俊兄ちゃん・・」
言った瞬間、固まる二人・・また涙が頬を伝い隠すように走って行く成仁を見送る俊・・堪えていた涙がそっと頬を流れ落ちた。
「・・兄ちゃんやて。今さらやけど、うれしいわ・・わがまま聞いてくれてありがと。おまえのことやから全部お見通しやったか?オレに大切なもの残してくれて・・ホンマ、ええ女や・・」
涙で濡れてる幸の頬をきれいに拭いてやり、その頬へ口づける。
手を握り締め・・ゆっくりと二人だけの時間を過ごした・・指には、お揃いの指輪が光っていた。
駆け出してくる成仁の姿に立ち上がるはじめが駈け寄る、昭次もゆっくりと後を追った。
「・・成仁。どう、なった・・・」
「いろいろ、すんませんでした・・さっき、息引き取りました」
涙を隠すように、小さくそう言う成仁・・言葉がうまく出てこない二人。
「・・そう、か。大変、だったな・・」
言葉より伝わりそうでポンと頭をなでるはじめ、昭次も成仁にそっと寄りそう。
そのやさしい手に涙があふれ出そうになり顔を背け隠そうとする成仁。
「大事な人が亡くなったんだ・・泣けばいい、誰も見てねぇよ」
「そうだよ・・見られたくないんなら隠してあげるから・・泣き、なよ」
そう言い、手をかざす昭次の目から涙がこぼれ落ちる。
「・・昭次くんが泣いてんじゃん、大丈夫だよ。姉ちゃん、最後まで幸せそうだったから・・笑って見送ってほしい、そういう人だから」
「・・そうか。それがなによりだ・・俊、は・・どうしてる?」
成仁の出てきた扉を見つめ心配顔のはじめに、小さく笑って首を振る。
「今、二人にしてあげたくて。あの二人、やっと結婚してくれた・・最後に」
「そうか・・幸さんもうれしかっただろうな、それは。俊の優しさと、決意・・すごいな」
驚きは隠せない、だけど俊らしいと思った・・それは、幸さんと成仁には絶大な信頼の証しだろうから。
「邪魔しちゃダメだな・・あいさつ、したかったけど」
「ん、だけどオレも二人のこと見てもらいたいし。昭次くんのことも紹介したいし・・来て」
部屋に入ると入り込めない空気を感じた、ためらいながら声をかけようとする成仁を止めるはじめ。
「いいって。オレらはあとでいいから、ここで見させてもらっていいか?」
「・・うん、ごめん。見て、姉ちゃんうれしそうな顔してるから。最後もいっぱい話できた・・ちゃんと会えて、よかった・・」
うれしそうに姉を、二人を見つめてる成仁に目頭が熱くなるはじめ。
強いやつらだな三人とも、しっかり繋がってるよ・・幸さん、ホント幸せそうだ・・俊も。
どうなるかと思ったけど・・かっこいいことしてくれるよ。
「・・なんか、眠ってるみたい・・きれいな人。ホント、安らかな表情だね・・」
昭次が感じたまま言葉を告げる、その通りだと頷くはじめ・・安らかに逝けたのだと見てわかる。
「そうだな、幸せそうだ・・」
心から呟き、二人を見守った。
視線を感じたのか俊が振り返る。
「あっ・・なにしてるんよそんなとこで。幸、はじめたち来てくれたで」
「邪魔して悪い・・幸さんにあいさつさせてもらいたくて・・」
「喜ぶわ・・ありがとう」
立ち上がる俊、脇へと避けると成仁が隣に並ぶ、導かれるようにベッドに向かうはじめと昭次。
近くで見る幸はまた余計にきれいに見えた。
「幸さん、結婚したって・・おめでとう。俊なら幸せにしてくれると思うから。お幸せに・・」
「・・昭次です。はじめましてだけど、お祝いさせてください。お幸せに、幸さん」
「ありがと・・結婚したこと、三人だけに知っててもらえればええ。十分幸せや、なっ幸」
ふと、微笑んでくれたような幸の表情に押えられず涙をこぼす昭次。
「昭次くん、ごめんな。ありがとう・・」
大きく首を振って涙を拭う。
「ごめん、なさい・・すごくきれいだから」
死んでるなんて、信じられなくて・・みんな我慢してるのに、オレが泣いてどうするんだよ・・
ホントにうれしそうに俊さんの言葉に笑った気がした・・亡くなってても気持ちは伝わるんだと感じた。
「ホンマ・・今日はいろいろお騒がせして・・成仁、送ってあげてや」
「いい、いい。オレらは勝手に帰れるから。気は使うなって言ってだろ、こんな時にオレらのことなんか気にするなよ。行こか昭次」
「うん。じゃ、またな。明日また会おうな」
「こっちこそ、また。ホントありがとう、おやすみなさい」
最後にもう一度三人を見渡し、小さく微笑み手を振った・・悲しみと、喜びが溢れる部屋・・いい、別れができたことを感じた。
「じゃな、手伝うことあるだろうから明日電話して、絶対にな。遠慮はなしな」
「わかった・・頼りにしてる」
素直に頷く成仁の頭をなでて微笑むはじめ。
「少し寝なよ二人とも。これから大変なんだから・・じゃ、な」
こういう事態の大変さは、嫌というほど知らされているはじめ・・倒れるなよと願いながら部屋を後にした、あの二人なんだ大丈夫と思いながら。
二人を見送り静まる部屋、力なく椅子に腰掛ける俊。
「成仁・・勝手なことしてすまん」
「オレにはなにも言う権利ないし、姉ちゃんが決めたことだ。オレも願ってたことだよ・・」
「・・幸のは、同情や。オレに必要なもん残してってくれたやろ・・」
俊を見下ろしていた成仁、勢いよく隣に座り込み。
「そんなこと言うと怒られるぞ。姉ちゃんの本心だよ、あれが。自分がこんなだからって俊には幸せになってもらいたいって・・絶対受けないって言ってた、辛そうに笑って・・本当はこうしたかったはずだよずっと、わかってあげてよ姉ちゃんの心」
「・・何年一緒におったと思っとる、あいつの気持ちはようわかってる・・会った時から、変わってないんやあいつの想いは」
大きなため息をつき、幸を見つめる・・喜んでくれてたのはオレもちゃんとわかってる、幸がオレのこと想ってくれてるのもわかってる・・だけど最後は、オレのためだった。
成仁の、ためだったのかもしれへん・・一人で生きていくのは辛いって感じてくれてたおまえだから。
「それでもええ、から・・近くで笑っとってほしかったわ」
俊の呟きに小さくため息をつく成仁。
オレは姉ちゃんの口からちゃんと聞いたのに、それで最後ケンカしたんだから。
俊さんのこれからを思って拒んでいた姉、それでも受け取ってしまった姉の気持ち・・誰にも渡したくなかったんじゃないだろうか、これからの俊さんを。
オレに、繋げてくれたのだと思わずにはいられないけど・・それはオレたちだけの心に止めておこうな、姉ちゃん。
「・・俊さんが信じなくてもオレの中には姉ちゃんの心、持ってるからさ。いつでも言えよ・・聞かせる」
ふっと小さく笑って頷く俊、倒れ込むようにベッド脇にうつ伏せた。
「・・ちょう、寝させてもらう。さすがに神経使いすぎたようや・・おやすみ、幸。成仁」
「おやすみなさい、いい夢見てな・・」
幸の手を握り締めたまま、深い寝息を立てる俊。
反対側の手を握り締め姉の姿を探すように成仁も眠りについた――夢の中で会えると願いながら。