エピソード2 ― 0・ 幸
家族・兄弟愛・友情がテーマな少し謎めいたストーリー。人物紹介です。
「加賀はじめ」加賀家の長男、弟を支えてきた。いろいろ過去を抱えている。
「加賀昭次」幼い頃の記憶がないままはじめを頼りに、時折記憶の断片に悩まされている。
「大竹成仁」はじめの働き先の後輩、姉の病気がわかるまでは荒れていた。
「大竹幸」成仁の姉、重い病気で入院している。
「神崎俊」幸の恋人、母を病気で亡くしている。成仁に兄のように慕われている。
月明かりが射す病院の一室、ベッドに横たわる幸は・・じっと天上を見つめていた。
成仁、ちゃんと帰ったかな・・怒ってたからなぁ。
もっとゆっくり話したかったんだけど・・今日は、気分よかったんだよね、すごく。
目を閉じてみんなの顔を思い浮かべる。
俊の、成仁の・・加賀さんの、笑い顔が鮮明に思い出され楽しかったことが胸に溢れる。
「・・のどかわいたぁ」
起き上がろうと頭を上げた瞬間、視界が揺らいだ・・
「・・やば。大丈夫・・落ち着け・・」
胸を手で押さえつける、激しい痛みが胸を打っていた。
なんだろ・・これ、なんかいつもと・・違う。
先生・・呼ばないと・・・
ベッドの脇へ手を伸ばす、何度もくる痛みに必死でたえながらボタンに手をかけた。
「・・せんせ・・早く、来て・・・」
ボタンを押した直後、意識が遠のく・・いやだよ、成仁とケンカしたまま、なのに・・
押してすぐかけつける先生たち、最近の幸の様子からすぐに来られるように待機は万全だった。
「さちくんっ!聞こえるか?ダメだ・・すぐに運んでっ。手術の準備だっ」
慌しく走り回る看護婦たち、みんなの不安な表情は消えない。
まだ、さちくんのドナーは見つかってない・・しかしこのままじゃ、もたない。
今はできることやらなければ、さちくんはまだ逝っていい子じゃない・・がんばれ、絶対助けるからな。
「連絡・・入れないと」
「急いでね、あの子たちに会わせてあげないと」
看護婦の間にも、ただならぬ空気が流れていた・・いつも見ていた弟たちの姿を思い出し、ナースステーションへとあわてて走って行った。
眠りにつく静かな部屋、前触れもなく俊の携帯が小さく鳴り響く。
「・・ん?」
はっと音に気づく俊は飛び起きて上着のポケットを探る。
「・・なに、俊さん・・」
「・・病院、からだっ」
「えっ?」
その言葉に一瞬で目を覚ます成仁。
「はい神崎・・えっ?・・どうして、そんな・・すぐ行きます」
「俊さんっ!なんかあった、の?」
携帯を握り締めて、振り返る俊が唇を噛み締めて呟く。
「・・さちが倒れて、意識が・・ない、やと。はよ、行かな・・」
「うそ・・あんな元気だったのに・・俊さん、なにぼっとしてるの?早く行くよっ。オレ先輩に言ってくるから」
呆然としながら言われたように立ち上がる俊、足元がふらついた。
「加賀さんっ。姉ちゃんが、姉ちゃんがぁー」
階段を駆け上がり一つの部屋のドアを勢いよく開ける、ベッドの人物に勢いよく飛びついた。
「・・えっ、なに?成仁くん?どうしたの・・ねえちゃん?」
「あっ・・ごめん、昭次くんの部屋だった、のか・・なんでもない、ごめん・・寝てて」
あわてて飛び出す成仁、ただ事ではないと感じ飛び起きる昭次。
駈け出した廊下に、はじめの姿があった。
「おい、なに騒いでる・・成仁?どうした?」
飛びつくように駈け寄ってくる成仁の見たこともない表情に、何事かと見つめるはじめ。
震えながらはじめの服を握りしめる手、小さく呟く。
「今・・病院から、電話あって・・それで、すぐ行かないと・・騒がしくして、ごめんなさい」
ふらつくように歩いていく成仁の腕を支えた、見上げる瞳は小さく揺れてる。
こんな状態で、なに遠慮してるんだよおまえは。
「・・おいっ、ちょっと待って。オレも行くっ、昭次は寝てろ」
「なんでっ、オレも行くっ」
有無を言わさない昭次の瞳、小さくため息をつき昭次の腕も掴み二人を抱えるように階段を駆け下りると、玄関に座り込んでいる俊。
「・・俊」
声をかけると見上げる瞳、成仁と同じように苦しそうに揺れていた。
車のカギと財布を手に駈け出した。
「おい、行くぞ。オレが連れてってやるから」
立てないのか、動かない俊・・気持ちはわかるけど、まだなにも起こってない。大丈夫かもしれないじゃないか。
「成仁、俊連れて来いっ。車持ってくる」
引っ張ってでも連れていかないとなにも始まらない・・俊、そんな弱いやつじゃないだろ?
「俊さん、お姉さん待ってるよっ!しっかりしてよ」
昭次がケガした足を引きずりながら俊の腕を引っ張った、それを見て成仁も歯を食いしばり叫ぶ。
「そうだよ、姉ちゃん待ってるから。俊さんのこと呼んでるって、気しっかりもって」
二人の思いを感じてふらつく足を前に進めた俊、車に押し込まれ病院へと急いだ。
「大丈夫だ。なんでもないよ、大丈夫っ」
静まる車の中にははじめの声だけが響いていた。
うつむいたままの俊、ぎゅっと足を強く掴み・・強く叩く。
足が・・ゆうこときかん。
こういう場面いやっちゅくらい夢に見てたわ、覚悟かてしとった・・直に言われたのはオレなんや。
やのに、なんやこの状態は・・弟らに叱られとる場合じゃないやろが、しっかりせえっ・・大丈夫、大丈夫や・・なんでもない、きっとなんでもない・・
俊の様子を伺いながら、隣で頭を抱えている成仁。
姉ちゃん、姉ちゃん・・嫌だ、ケンカしたままなのに、明日謝るつもりだったのに。
こんなオレ残していなくなったりしたら、許さないからなっ、今行くから絶対待っててっ。
大丈夫、あなたは強い人だから・・きっと、オレたちのために待っててくれる・・
助手席、パジャマのまま駈け出してしまっていた昭次が二人の様子をそっと見て怖くなっていた。
びっくり、した・・こんな経験初めてで、どうしていいのかわからない・・
治ったら会わせてくれるって言ってた人が、今あぶないって・・信じられなくて。
けどこんな二人見て落ち着いてなんていられなかった、一人で待つなんて・・がんばってほしい、二人のためにも。
アクセルを踏み込み、できるだけ急いで車を走らせるはじめ。
バックミラーに映る二人の姿に唇をかんだ。
今、たった今・・電話が怖いって言ってた俊・・今日はゆっくり寝れそうだって笑ってたのに、こんなことになるなんて。
神様なんかいないって両親亡くなった時思い知ったけど、今度こそ信じさせてくれ・・こいつらのこと助けてあげてっ・・・お願い、だから。
それぞれの思いを乗せ、人通りもなく車もない病院への道のり・・遠くないはずなのに、果てしなく感じられた。
手術中のランプが灯る廊下・・ナースステーションから覗く看護婦が不安げに時計を見上げる。
「・・時間かかってますね・・大丈夫、ですよね?」
「私たちがそんなこと言っちゃダメでしょ、大丈夫。先生のこと信じてれば・・」
「そうですね・・けど、意識なくなるなんて、大竹さんありましたか?」
小さく首を振る姿、長く入院しているからすべての看護婦に親しく・・顔を見合わせて、幸を思い祈った。
夜の病院の廊下、大きな音を立てて駆け寄る四人の姿。
「あっ、成仁くん。こっちよ、今手術中だから」
「看護婦さんっ、大丈夫なの?姉ちゃんどんなようす?」
「大丈夫、大丈夫だから落ち着いて」
看護婦へ掴みかかるように駈け出す成仁をなだめる笑顔・・どこかぎこちなく、幸の容態を物語る。
「さち・・」
無意識に手術室の前に歩き出す俊、ドアの前じっと佇む。
その姿を後ろから見ているはじめたち、胸の鼓動は緊張で高鳴っていた。
「俊さん・・」
祈るように少し後ろから見つめる成仁。
「あっち座ってるな・・成仁は、ここにいるか?」
「・・ここに、いる」
小さく呟く声に、なにもかける声はなく・・
「俊のとこ、行きな・・」
背中を押した、二人なら心強いだろう・・幸さんもきっと、感じてくれるから。
小さく微笑み俊の隣へと並ぶ成仁・・俊は気づかず、じっと前を見つめていた。
「あの二人、大丈夫かな・・倒れそう」
「大丈夫なわけないな・・成仁の気持ちなら少しはわかるから」
「なんで?」
「なんでって・・父ちゃんたちの時。そうか、おまえ覚えてないもんな・・」
昭次の知らない場面、オレの場合救急車の中だったが・・
聞きたそうに見てる昭次に、小さくため息をつき呟く。
「おまえも大きくなったし、いろいろ気になってると思うから・・いい機会だ。事故のことは、知ってるよな」
「車の事故って聞いた・・」
「おまえも一緒に乗ってたんだよ、その車・・」
「えっ?」
思いがけない言葉に驚き固まる昭次、なんで?オレがと呟く、オレだけ助かったの?と。
ポンと頭を撫でると、続けるはじめ・・その時の光景を思い出しながら。
「オレは、行けなかった・・三人で出かけててな。ちょうどオレの学校の帰り道で・・ちょうど、そこで・・事故ってな・・」
「兄ちゃん・・」
辛そうに呟くはじめに昭次が心配そうに呼ぶと、そっと目を閉じて小さく大丈夫と頷く。
「最後に・・昭次のこと頼むって言われた。ホントにもう、意識がないくらいだったけど、ちゃんと聞こえた」
もう・・現場で、両親は瀕死状態で・・偶然にも居合わせたオレは、幸いだったのかもしれない・・最後に付き合えたのだから。
「救急車の中で二人とも亡くなった。一緒におまえもいたよ、ずっと起きなくて心配したよ・・これが全部」
「オレ・・なんで助かったの・・二人ともダメだったのに、オレだけ・・なんで」
「母さんがかばってたって聞いた・・オレはホントに感謝してる、おまえのこと助けてくれた母さんに・・」
「・・助けてもらった人なのに、覚えてないなんて・・思い出したい・・全部」
じっと宙を見据える瞳は小さく揺れ、強く決意が見える。
「ごめんな、オレのせいだな・・オレが止めてたからだ、おまえの記憶」
「そんなことないって・・こんなこと思うの最近のことだから、またへんな夢見だして・・ホント記憶なんて、兄ちゃんがくれたものだけで十分だったんだよ?」
オレの腕を掴んでくる手に、ホントだよと見つめる昭次の目に・・なんだか余計に辛くなる、いくら辛いことでも話してやればよかったと。
そんなはじめに気づき、少しさみしそうに笑い、立ちあがる昭次。
「オレ・・俊さんたち、見てくる」
「あ、ああ。頼む・・成仁たち落ち着いたら、もっとちゃんとするから」
「うん・・オレ、大丈夫だから、もう一人の・・兄ちゃんのことも、教えてね」
走っていく昭次を悲しい顔して見送るはじめ。
「隠しておけることじゃない、か・・オレもいいかげん大人になるかな」
大きくため息をつき、天を仰ぐ・・思い出す、しかないのだ。
「・・昭次くん」
「まだ・・終わらない、みたいだね。大丈夫?」
ふいに後ろから肩に置かれる手に、ビクリと振り返る成仁、昭次の問いに小さく頷く。
「・・俊さんは、ずっとあのまま。オレ・・なんか落ち着いてて、やな弟だな」
「そんなの、違うって。信じてるからでしょ?俊さんも、信じてるから待ってるんだよああやって」
手術室のランプを見上げてじっとしてる俊を見つめる成仁。
昭次の言葉に、少し気持ちが落ち着いた気がした。
そう、信じてる・・大丈夫だって、だから待てるんだと思うから。
「・・ありがと。昭次くんまで連れてきちゃって、悪かったな。はじめさんも・・怒ってないか?」
「怒るってなんで。なんかしたくてしかたない人だから、なんでも言って。気にしなくていいから、オレもね」
「・・十分だよ、こうして連れてきてくれただけで・・オレたちだけだったらと思うと・・情けない、震えてるし」
震える手を見せると昭次がその手を握り締める。
「・・・大丈夫、姉さん強いんでしょ?がんばってるから、祈っていよう。それくらいならオレもできるから・・」
ぎゅっと握る手に言葉を返す変わりに握り返す、手術室の方へ手をかざし目を瞑って二人で祈った。
後ろから聞こえる成仁たちの会話をしっかりと聞いていた俊、一緒に手を合わせてた。
さち、聞いたやろ、みんながんばってる、祈ってる・・オレも一緒にがんばるから、戻ってこいや・・・
それから数分後・・ランプが消え、開かれるドア。
「・・先生!」
「さちは・・」
飛びつくように出てきた先生に駈け寄る俊と成仁、なんともいえない表情の担当医。
「・・一命は、とり止めましたが意識が・・まだ。今夜がやまだと、ご理解ください・・」
愕然とした・・そんなこと、信じられなかった。
部屋から運び出される横たわるさち、駆け寄る成仁・・俊は、その場から動けずにいた。
「姉ちゃんっ!冗談きついって、いくらオレでも怒るからなっ!」
急いでいるのか立ち止まらずに運ばれていくベッド、張り付くように幸の顔を見つめる成仁。
真っ白な姉の顔に、足が止まる・・今までに、見たことのない・・弱りきってる姉の姿に、鼓動が痛いほど高鳴り視界が歪んでいく。
「さち・・さちっ・・・」
成仁と変わるように駈け出す俊、集中治療室に入るためドアの前で止められる。
さっきと同じようにドアの前、二人で立ち尽くす。
「・・さち。がんばってくれや・・成のために・・」
「・・こんな時にオレの心配なんかするなよ」
さっきの姉の表情に、不安ばかりが募って行く・・
「中、入れてもらえるかな。行ってきてよ俊さん」
「ええ、ここで待ってる・・成仁、起こして来い。おまえが行けば、起きてくれる・・・」
「なにそれ、オレよりあんたのが必要にきまってるだろっ!看護婦さんっ、中入らせてっ」
俊のわかってない言葉に、いらだつ成仁・・俊さんに呼びかけてもらったほうが気づくに決まってるだろ。
「わかりましたから・・静かにね」
幸のことをよく知っている看護婦たち、その願いを断るわけにはいかなかった。
今日が、最後かもしれないのだから。
「これつけてください、それと静かに、お願いしますね」
マスクと白衣を渡された、入っていくと薄暗いカーテンの向こうに横たわる幸の姿。
「・・姉ちゃん」
「・・・あんなに、元気そうやったのに。なんで、こうなるんや・・」
「俊さん・・平気だよ、すぐ気づくって・・」
ベッドの脇に座り込み必死で見つめてる成仁、そんな姿を辛そうに見つめる俊。
オレ、この状況・・二回目なんやで。
・・何度も同じこと言われる、心の準備でもしとけいうことか?理解なんかできるか・・
だからこんなとこ嫌いなんや・・大事な人、みんな連れてく場所。
「どうして・・みんな、置いてってまうんやろ・・やっぱりオレはいらん奴なんか?必要ないから捨ててくんやろ・・なぁ幸っ・・答ええやっ」
「・・俊、さん?」
ふいに幸の前に出ると叫ぶように発する言葉、成仁は驚いて見上げる・・俊の泣きそうな顔が見えた。
「なぁ、起きてくれぇや・・置いてかれるんわ、もう嫌なんやっ・・」
「神崎さんっ、静かにしてくださいっ。約束守ってくれないと、ここには入られませんよ」
大きな声に慌てて止めにくる看護婦。
俊は無意識に幸のベッドにはりついて、じっと見つめていた睨むように・・
その想いが、通じたのか・・答えるように、ピクリと幸の手が動き・・ゆっくりと目が開く―――