エピソード1 ― 11・昭次と記憶
家族・兄弟愛・友情がテーマな少し謎めいたストーリー。人物紹介です。
「加賀はじめ」加賀家の長男、弟を支えてきた。いろいろ過去を抱えている。
「加賀昭次」幼い頃の記憶がないままはじめを頼りに、時折記憶の断片に悩まされている。
「大竹成仁」はじめの働き先の後輩、姉の病気がわかるまでは荒れていた。
「大竹幸」成仁の姉、重い病気で入院している。
「神崎俊」幸の恋人、母を病気で亡くしている。成仁に兄のように慕われている。
「関義斗」俊のケンカ仲間、昭次やはじめとの関係は?
店の片づけを終え、急いではじめたちを迎えに行く成仁。
「まったく、人が落ち込んでる時に振り回してくれちゃって・・おかげで少し浮上しそうだけど」
車を走らせて行くと、店の中にいると思っていた先輩たちはバス停のベンチに座っていた。
オレに気づいたのか小さく手を振ってる加賀さん、どうやら先輩はあまり酔ってはいないようだ。
隣で俊さんは潰れてるようですけど。
車を止めると助手席の窓を開ける。
「なにをやってるんですか、いい大人が」
「わるい。ちょっと悪酔いしちゃって、ほら俊。お迎え来たぞ」
「あー成じゃ、お子様ははよ帰ってなあかんやろぉ。なにしとんのやぁ」
「なにって・・こんな酔った俊さん初めて見たわ。迎えに来たのにこの言い草。この酔っ払い」
「まあまあ、いいかげんオレも酔い回ってきてつらいんやわ。乗せてやぁ」
「加賀さん・・移ってるよしゃべり方」
あっと気づいて笑っている、こんな加賀さんも初めて見た気がする。
いつもは飲んでもまったく変わらないのに、それにしても・・この二人、一気に仲良くなってるし。
同じ歳なのがよかったのか、気が合ってなによりだよ。
「なんじゃ?酔っとらへんぞぉわしは、これくらいで誰が酔うかい。なぁはじめぇ」
「まったく典型的な酔っ払いだなこの人は。そうだ、もううち泊まっていけよ、面倒だろ。明日休みやし、よしそうしよ」
「ホント?この酔っ払いをどうしようかと思ってたんだぁ。いいの?」
「おお。けど昭次もう寝てると思うから静かにな」
「オレよりこの人に言ったほうがいいんじゃないの?」
なにかよくわからないことを言っている俊さんを見て二人で笑う。
お言葉に甘えて加賀さんの家へと向かった・・よかった、今日は一人でいたくなかったから。
「騒ぐなよ、あいつ起こすとうるさいから」
そっと玄関のドアを開けて扉を開く、中は真っ暗でやはりもう昭次は寝ている様子。
「はーい、わかってるでぇ」
「うわ・・もうマジかよ。俊さん隔離したほうがいいと思うよ」
今だ酔いの覚めそうもない俊がご機嫌に騒いでいた、押さえてる成仁に苦笑い。
「だな。一階の部屋使って、ふとんこっちだから手伝ってな」
俊を引き連れたまま手伝いに来る成仁、早く布団引いて転がしておいたほうがいいかな?
「成仁、俊ここに座らせとけ。で、おまえはこっちな」
「はい。でも、いいのかな置いといて。暴れない?」
小さく笑う、見たことのない俊の姿にかなり困惑している成仁。
座らせるとふいに目を開ける俊、キョロキョロと辺りを見まわしていた。
「昭次くんは?もう寝とるんかぁ?」
「さっきから寝てるから静かにしてって言ってるだろ、もう」
見下ろす成仁を見上げて満面の笑みの俊。
「ほー、そんならオレ、会ってきてええかなぁ」
えっと思ってる矢先、止める間もなく立ちあがり階段のほうへと走ると「昭次くーん、遊びましょぉ」叫んでいる俊に、慌てて二人で飛びついた。
「あぁ、もう俊さーん。突拍子のないことしないでよ、びっくりしたぁ」
「やっぱ見てないとダメだな、こりゃ。オレとってくるからおまえもそこにいて」
すいませんと謝る成仁に微笑み、少しふらつく足で押入れを物色。
久々の来客にちょっと戸惑いもあるが、あいつらならいいと感じた・・気も許せる、気がしたから。
「・・なんや・・騒がしい、なぁ」
うなされて寝れず起きていた昭次、下の様子がなんだかおかしいのに気がつき起きあがる。
兄ちゃん、遅くなったらいつも静かにしててくれるのに・・
少し不機嫌のまま、階段を降りて行く・・奥の、使ってない部屋から明りが漏れていた。
誰か、いるのかなぁ。
「はぁ、やっと寝た」
「昭次くん、起きなかったみたいでよかった・・わぁっ」
階段にぼーっと立っている昭次にびっくりして叫ぶ成仁。
「あーあ、さすがに起きるよな・・わるい、なんでもないから寝てください」
「・・なにやってんの。夜中に」
寝つきの悪さと重なってするどい目つきの昭次に、かなり申し訳なさげに小さくなってる成仁。
「ごめんな。突然お邪魔したうえに騒がしくて・・」
「・・いらっしゃい・・なんか、目覚めたし・・お茶でも飲もうか」
松葉づえをつき歩いてる昭次に気づき肩を貸すはじめ。
「足、大変そうだな。遅くなって悪かったな、オレやるから。二人とも座ってて」
昭次の頭をなでて小さく謝ると、小さく首を振り微笑む昭次。
ソファーに座らせ、キッチンへ消えるはじめ。
二人にされてかなり居心地の悪さを感じてしまう成仁、怒ってるよねこれって。
「今日は、仕事の帰りですか?」
ふいに昭次が顔を上げる、そこにはもうさっきの怖い表情はなくにこやかに笑っていた。
「ち、がう。今日は病院来てもらったから早く終わったんだけど。その後飲みに行ったみたいで酔っ払って帰れないからって呼び出されてね、連れてきた」
「・・うわぁ、最悪。バカ兄がすいません」
「違うって、加賀さんは酔ってないじゃん。問題はあっちに寝てる人、こんな酔ってるの初めて見たよ」
「・・ああ、神崎さんも来てるの?」
「うん。今、やっと静かになった。騒がしかったでしょ?ごめんね」
あれ俊さんだったのかと小さく笑っている昭次、やはり上まで聞こえていたようで恥ずかしくなってくる成仁。
成仁の肩をポンと叩くと、はじめがお茶を運んで来ていた。
「悪いな。俊のあれはオレも悪いよ、呑めるって言うから調子のってしまいました。本当に悪かった成仁くん」
「明日店長に謝ってよね、戸締りとかも手伝ってくれたんだから。それに今度はオレも誘ってよ」
少し浮上して笑う成仁にそれは無理だろぉと笑うはじめ。
「ついていけないって、あんなふうになってるけど俊も強いぞ」
「・・兄ちゃんが強すぎなんだろ、それ。大丈夫なの俊さんは」
心配そうに隣の部屋を見てる昭次に、それはわからないなぁと苦笑いのはじめ。
成仁は大きくため息をついた。
「明日地獄だろきっと。あの人覚えてないんじゃないの今日のこと・・オレも忘れたいよ」
ため息と共に小さく告げた言葉はしっかりと二人の耳に届いていた、とたんに空気が変わる。
「・・忘れるのは、つらいことだよ・・どんな小さなことだって。オレ、思い出したい・・」
膝を抱えるように小さくなって呟く昭次に、慌てて口を覆う成仁。
突然の言葉に昭次の様子がおかしいことに気づいたはじめが下から顔を覗き込む。
「なんだ・・なんか怖い夢でも、見たか?」
途端に心配が胸を襲った、少し前までよくうなされていた昭次。
こんなこと言ったのは初めてだった。
思い出したい・・そう言ったよな、おまえずっとそう思ってたのか?
オレが思い出さなくていいと言ったことで、自分押えていたのだろうか・・
「・・なんでもない。俊さん見てくる」
暗い表情で歩いてく後ろ姿の昭次を見つめる二人。
「・・すいません、へんなこと言っちゃって」
小声で謝る成仁、尋常じゃない空気を感じていた。
「いいって。誰もあんな返しがくるなんて思わないし。へんな夢、よく見るみたいだから、あいつ」
「・・なんか思い出せる、かもしれないですね」
「そう、なら・・いいんだけどな」
どこか辛そうに小さく言うはじめ、両親の仏壇へと目を向けた。
父さん、母さん・・あいつ思い出したら、どうなるんだろ。
目の前で起こったこと、オレは思いださなくてもいいと思ってた・・辛いだけだと思うから。
けどあいつは、ずっと苦しんでいるみたいだ・・オレはどうしたらいいのか。
思い出そうとして頭痛いって泣いてる小さなあいつじゃ、もうないから・・思い出すまで、そっと待ってればいいのかなぁ、わかんねぇよオレ――なぁ、父ちゃん。
「最悪・・」
兄ちゃん困らせたな、今のは・・成仁くんもいるのに。
忘れて思い出せないのは自分のせいなのに・・なんか不安定なんだよな、最近。
だからあんなわけわかんない夢まで見る・・あれは、オレの記憶なんだろうか?
「俊さん・・大丈夫?」
返事はなく正しい寝息が聞こえる暗い部屋。
「ホントに潰れてる感じ・・風邪ひくよ、これじゃ」
掛け布団を蹴飛ばして寝てた、そっと脇に座り布団をかけているとふいになにか声がした。
「・・うそ、や。なんでなん・・」
「え?なに・・起きた?」
見ると起きてはいない様子、寝言かなと暗闇目を凝らす昭次・・はっと、思わず後ろへ下がってた。
「なんでや、幸・・うそ、やろ。嫌や・・ぁ」
俊の瞳からこぼれ落ちる涙に、気づいてしまった。
口から漏れる言葉はきっと入院してる成仁くんのお姉さんのことだろう、俊さんの恋人の。
なにかあったのだろうか、夢の中無意識に泣いてしまうなんて・・ただ事じゃない気がした。
まずいところを見てしまった・・
そっとふとんをかけ直し、起きないようにあわてて部屋を出た。
「おい、足。走るなよ」
倒れ込む勢いでかけてくる昭次にはじめが駆け寄る。
昭次の顔を見て、不信に思いなにかあったのかと後ろを振り返るはじめ。
「な、に?俊さん、大人しく寝てたよ」
「そうか?じゃ、オレもちょっと見てくるわ。成仁の布団も出さないと」
「ちょ、ダメだって」
慌てて止める昭次に、いじわるな視線のはじめ。
「・・おまえって隠し事できないやつだね、なにかあったの丸わかりだろそれじゃ」
「たしかにへんだよね。俊さんなんかやった?」
「なにも、してないけど・・今は、行っちゃダメなんだよ」
「なんでダメなんだよ。いいよ、見てくるから」
「わかった、言うから。俊さんにはなにも言わないって約束しろよ」
やっとで行くのを止めてくれた兄、不満そうに椅子に戻った。
成仁くんの前で、言ってもいいのか・・すごくまずいんじゃないだろうか?すごく嫌な予感がする。
「寝言、言っただけだよ」
「寝言?なんて?まずいこと」
興味津々の成仁に苦笑いの昭次、はじめはなんでそんなこと隠すんだよとあきれてる。
「意味深にいうから何事かと思うだろ、大袈裟な」
「なにをのんきな・・内容が、大変なんだろこの場合」
早く内容を教えろと乗り出して来る二人に・・小さく呟く昭次。
「いややって、うそやろって・・泣いてた」
言った瞬間、固まる二人の姿に・・やっぱり言ってはいけないことだったと後悔した。
兄ちゃんのせいだからなとはじめを睨みつける、はじめは驚いたまま成仁を見つめていた。
「・・俊さんが、泣いてた?・・冗談、やめてよ・・」
ひとり言のように呟く成仁にやっと反応をしめしたはじめ、昭次はおろおろと二人を見つめる。
「冗談って、なんでだよ・・」
宙を見つめてさみしそうな表情をする成仁、昭次は隣に座った少しでもさみしさを消すように。
そんな昭次に、小さく笑い・・はじめの問いに淡々と答えるように呟き出す。
「さっき・・加賀さんたちが帰った後、姉ちゃんと話した。そん時なんか意味わかんないこと言ってた・・」
「意味わからないことって?オレたち聞いてもいいのか?」
小さく頷く成仁。
「オレ、なんで結婚しないんだって聞いた、そしたらしないって・・こんなだからとか言うんだよ?だからなんだよって話だ・・弱いところなんて見せない人があんなこと言うから、不安で」
一気にそこまで話すと、呼吸を整える成仁・・悔しそうに、続ける。
「最後には、いい兄さんたちいるから大丈夫だとか言いやがって・・まるで、もう・・」
言葉が続かない、沈黙が部屋を埋めていった。
悔しさに俯きながら成仁は昭次の言葉を頭の中、繰り返す・・
あんなこと聞いた後に・・俊さん、泣くなんて・・ホント冗談だよね。
オレは姉ちゃんの病気は治るって信じてる、なにも聞いてないから・・
けど、あの人は・・もっと深いとこ知ってるって、今ので気づいた・・なにが嫌なんだよ、くそっ。
「おまえこそ、なに言ってんだ。病気なんだ弱いとこ見せたってしかたないだろ?おまえにしか見せられないからじゃないのか?おまえがそんなんでどうする」
励ましてみても俯いたままの成仁、こんな言葉で慰めになる小さなことじゃないからな。
「・・俊のとこ、行って来い」
「え?・・・」
驚いて顔を上げる成仁にポンと頭を撫でた。
「おまえしか元気づけられないだろ。寝てる時出るのは本音だと思うぞオレは、おまえも聞いてもらえばいい」
少し考えてから、小さく頷くと奥へと進んで行く・・ちゃんと、お互い甘えろよ。
「・・だから言わないって言ったのに」
「いいんだよ、二人とも我慢しすぎだあいつらが倒れるよこれじゃ。俊も大丈夫だ・・あいつなら」
「・・成仁くんの姉ちゃん、大丈夫って言ってなかった?」
不安な顔して見上げてくる昭次、はじめもおかしいとは思っていてもそこまでやばいとは思っていなかった・・オレだって知らねぇよ、そんな深刻な話なんて。
「わからない・・オレたちはなにもできないからな。昭、おまえ大丈夫か?またうなされてたんだろ?」
「・・うん、最近はなかったからびっくりしただけ」
「なにか、思い出したのか?・・」
昭次のさっきの様子、思い出して不安になる・・思い出してなんかいないよな。
小さくたまを振る昭次。
「・・ちょっと、いつものと違っただけ。小さい時は真っ暗な中に一人で立ってるのだった・・今日は、誰かいた・・たぶん、兄ちゃんだと思うけど」
「オレ?・・それ小さい時だろ、ならなんか思い出してる感じじゃないのか?」
小さなオレが出てきた、そんな話は今まで聞いたことがなく・・やはりなにか、思い出したのか。
「・・わかんないけど、そうだと思う。どういう状況かわからないけど、みんな消えちゃって・・一人にされて、目が覚めた・・」
思い出して不安が押し寄せてる昭次、夢に出てきた人影に不思議に思っていたこと。
「兄ちゃん・・オレってもう一人、兄ちゃんいるとか、ない?」
「・・えっ?」
突然の言葉に、おもいきり動揺してしまうはじめ。
その表情に、それが当っていたと知る。
「まさか、いるの?そんなこと聞いたことないよ、どういうこと?そんなこと隠すことないじゃないか」
「・・いいんだ。もう会うことないやつなんだから。教える必要がなかったんだ」
「そんなの兄ちゃんが決めることじゃないだろ、そんな大事なことっ。オレたちにはもう一人兄弟がいるってことだよね、なんで隠してたんだよっ」
つめよる昭次になにも言わないはじめ・・
なんでそんなとこ思い出すんだよおまえは・・そりゃ事故のこと思い出すよりましかもしれないけど。
あの事故があった後、二・三度会っただけでオレも会ってない・・なにやってんのかわかったもんじゃない。
昭次、悪いけど会わせる気はないし、話す気もない・・・あいつのことはオレも思い出したくない。
事故が起きる一年前・・小さな事件。
「昭次っ!どこ行った。義斗っ!隠れてないで出て来いっ」
あてもなく探し回るはじめの姿。
「はじめくん。いいじゃない、義斗くんさみしいんだと思うよ・・」
「けど、昭次はまだ小さいんだよっ。なにかあったらどうするんだっ、母さん甘い」
小さな昭次を連れ出してオレの下の弟、義斗がどこかへ行ってしまったのだ。
「過保護だなぁおまえは、昭次には」
「二人ともわかってないんだ、義斗はオレたちのこと全然許してないんだぞ。昭次のことだって、単純にかわいがってるなんて思えない」
父が今の母と再婚し、母に一人ついていったのは義斗。
義斗は離婚をひどく悔しがって、父を憎んでいる・・というより、オレたちの家族を。
「・・そんなことわかってるけど、それで昭次に当たるほどガキじゃないだろ?」
「もういい、二人は家に帰ってて。父さん、少しは義斗の気持ちもわかってやれよ・・」
オレも、父には少しばかりの苛立ちは持っている・・義斗の気持ちも、わかってしまうから。
だけど昭次を連れ出すのは許せない。
昭次を連れ出す数日前、義斗の母は病に倒れて・・死期を迎えていた。
「母ちゃん、オレにはあんたしかおらへんのに・・いややぁ、逝ったらいややぁぁ」
「・・よし、ごめんな。大丈夫・・おまえのことはちゃんと、頼んである・・けど、あんたが行きたいとこ行けばええ・・母ちゃんについて来てくれて・・ありがとな。もう・・好きにして、いいんだからね・・しっかり、やるんだよ・・・」
伸ばしていた手がパタリと、ベッドの下へ・・
「いややぁ・・そんなん、言うなあぁぁ、かあちゃーん」
死んでしまった母を見つめ動けない義斗。
なんや・・ようわからんわ。
母ちゃんがこんなんなったのは・・誰が悪いんや・・
あの人、父だった人・・あの人らはきっと、なにも知らずに楽しく暮らしてる・・新しい母親と――-
いいようのない怒りが胸を襲っていった・・
・・――――――――――
まぶたを開けて、じっと天井を眺めている義斗。
夢を見ていた・・それは、昭次が見たあの追いかける夢。
「なんや・・へんな夢見たわ・・」
起き上がり頭を振りながら、シャワーに入ってく義斗。
今のは・・あいつらやったなぁ、今さらなんで出てくるんや忘れてたのに・・
忘れたい、の間違いじゃな。
こないだ、神崎んとこ行った時・・見たんがあかんかったわ、神崎もえらいとこ引っ越しよって。
思い出すはじめと昭次の姿、きつく目を閉じて消し去った。
「・・オレのことなんか、覚えてへんな。やめやめ、考えたないし・・」
しかし一度こびりついてしまった記憶は簡単には消えてはくれなかった―――
思い出すのは、小さな昭次を引き連れて夜の道を行った時のこと。
「昭ちゃん、帰りたいか?」
「まだよし兄と一緒に遊んでるよ。よし兄は帰っちゃうの?」
「・・ううん。もっと遊んでよな、あっち行ってみよか?」
「うん。僕なよし兄のこと大好きだもん、なんでいつも家にいないの?僕の兄ちゃんだよね?」
「兄ちゃん、か・・そうや、オレは昭次の兄ちゃんや。やから、よし兄と一緒にずっとおろか?」
「うん。ずっと一緒にいたい」
つないでる手にぎゅっと力をこめる義斗、昭次はなにもわからず握り返してた。
オレは昭次のこと連れ出してあいつらのこと困らせるつもりやった・・のに、なんやおかしな気持ちがまじっていた、オレはこいつとおりたいのか?
心があたたかくなってく気がする。
ホンマにこのままうちまで連れて帰りたい・・さみしい思いはもういややなぁ。
ぎゅっと、また手を握ってこれからどうしようか・・夜空を見上げる小さな義斗だった。
・・―――
「あかん・・走ってこ」
自分をごまかすようにバイクにまたがる義斗、バイクの音が夜の街に響いた。