エピソード1 ― 10・はじめと俊
家族・兄弟愛・友情がテーマな少し謎めいたストーリー。人物紹介です。
「加賀はじめ」加賀家の長男、弟を支えてきた。いろいろ過去を抱えている。
「加賀昭次」幼い頃の記憶がないままはじめを頼りに、時折記憶の断片に悩まされている。
「大竹成仁」はじめの働き先の後輩、姉の病気がわかるまでは荒れていた。
「大竹幸」成仁の姉、重い病気で入院している。
「神崎俊」幸の恋人、母を病気で亡くしている。成仁に兄のように慕われている。
見送ると指名された神崎は律儀にはじめに着いて来ていた。
「よかったのに、幸さんの傍にいたほうがいいんじゃないですか?」
「いいんよ、成仁に話あったんじゃないんかな」
ああと納得した、さすが暗黙の了解ってやつですか?
「・・なぁ、もしかして幸さん、結構悪い?・・」
「なんで?・・元気やったやろ、そう簡単にくたばるやつじゃないから。心配いらんよ」
笑う神崎に成仁にするように小さく頭を叩くはじめ、びっくりして固まってる神崎。
「なにすんじゃ・・」
「こんな短い付き合いでもすぐわかりますあんたの無理。オレも成仁に少しは聞いてるからわかってるつもりです・・簡単に治るなんて言える病気じゃないんでしょ?」
じっと見つめてくる神崎の目が細く睨む、苦しそうな顔・・一人で苦しんでいるのだろう。
「神崎さん一人だって聞いた・・相談できる人いないよね?成仁に言えることじゃないし。だからオレが聞く。それくらいしかできないから・・」
なにも言わずうつむいていた神崎、ふっと小さく笑った気がした。
「加賀さん、あんた敬語もうええよ。くすぐったいわ。今から暇?飲みにいこうや。ええとこ知っとるから」
「あ、うん。夜仕事場戻らないとだけど、それまでなら」
「わかった。んじゃ、行こう。近くやから歩いていけるからよ」
てっきり殴られるかと思って構えていたのだが、飲みに誘われてしまった・・でも言ったことはホントのことだし、きっと神崎さんも吐き出したいと思ったから誘ったんだろう。
酒場の席につくなリビールを頼むと、一気に飲み干し話し出す神崎。
「オレ関西のほうで結構悪くてな、こんなしゃべりやから始めはみんな怖がってへんな態度になったりするんよ、とくに女の人な・・けど幸は違った」
「やっぱイメージ違うなぁあの人、神崎さんが声かけたの?」
「俊でええし」
オレもはじめ言うからと少し恥ずかしそうに止める、心が開いた気がした。
「声かけてきたのはあっちからや、初めて会ったんは病院・・オレのおかんもあそこで死んだ。オレこんなでもちゃんと世話してたんやで、よう病院で会ってたわ」
なにも言えなかった・・俊、も親を亡くしていたんだな・・しかも、あの病院で。
「そんな時に話しかけてこられたもんやからむっちゃ冷たくしてた気するわ・・けど、笑っとるんよあいつ」
「同じ病院か・・辛いな、なんか。幸さん、元気づけたかったんだろうな」
「そう。そう言っとったわ・・その理由も後からわかった。あいつはおかんが死んだ病気どっかで知ったんやろうね・・同じなんよ、幸のと」
「・・え?幸さんの病気、俊の母さんと同じなのか?それって・・どう、なんだ?」
お母さんは亡くなった・・その病気と同じって、助かるのか・・?一気に血が引いた。
「なんちゅう不幸なんやと、思ったで・・けどそんなん幸やおかんに比べたらなんでもないことやろ。勇気付けて、元気付けてくれた幸と会えたことは最高に幸せなことやと思ってる。それなのにやりきれんわ・・実際は」
神崎の言葉にいくつか引っかかるものを感じた、まるで・・もう、諦めてるようなそんな。
「本当のところ・・なんか知ってるんだろ、幸さんの容体のこと」
思いきって聞いてみた、一瞬持っていたグラスが口元で止まる・・チラリと見るその瞳はなんだか生気を感じない。
そのままビールを飲み干し、どんとテーブルに落とす。
「・・主治医に言われた。身内がおらんし、成仁じゃあかんみたいでな・・もう長ないって、大きな発作には耐えられんって」
もしかしてと思っていても、聞きたくなかった事実・・そんな重いことを背負っていたなんて。
「移植するにも体力がもたん言うんじゃ、オレにはどうもできん。きっと疫病神なんやオレ、いつも周りにおる人・・おらんくなってく、会わんかったらよかったんじゃオレなんかとっ」
机にうつぶせる神崎・・頭をぽんと叩くように撫でた。
「バカなこと言うなよ。おまえに会ったからがんばってると思うぉ。すごく力になってるって、見てたらわかる、成仁にもな」
「成仁・・あいつとも離れたほうがええかもしれんな」
「だから違うって言ってるだろ。まだ言うか・・怒るぞオレも。あいつらは大丈夫、しっかり支えてくれてる人いるから。自分の存在にもっと自信持てよ」
「自信なんか持てるかいな、オレホンマあいつらになんもしてへん」
あんなに頼りにされてるのに、どうしてこんな弱きになってるんだか。
気持ちはわからなくもないけど、実際二人にはすごい必要な人なのに・・どうしたらわかってくれるんだろうか。
「人に言われて出るもんじゃないか自信なんて。本人に聞くのが一番か。成仁が俊の話してる時の顔、すげぇうれしそうなんだぞ」
「あいつはいつも楽しそうやからな、勘違いなんじゃない?」
「違うって・・ホント言うとちょっと嫌だったことあるし、ちょっとだけな」
「嫌って、なにがよ。オレのこと?」
知らないところで嫌われてるなんてきっとすごく失礼な話なんだけど、驚いてる俊に慌てて弁解。
「しょっちゅう出てくる名前だから、あいつもうれしそうに話すし。オレも結構かわいがってるつもりなのにって・・まぁ俊見たらしかたないって思ったけど」
「アホ言いなや、そりゃこっちのセリフや。はじめの話聞いててオレが思ってたことやわ」
しばし難しい顔して悩む二人。
同じことを思っていたということらしい、お互い知らないやつのことで嫉妬していたと。
「要するにじゃ、成仁にとったらオレらは同じくらい頼りにされとるいうことじゃない?こんなとこであいつの取り合いしとってもしゃあない、そういうことにしとかんか?」
「そこまでして取り合うやつでもないでしょ、俊にあげるわ」
「そんなん言うと泣くで、オレ幸で手いっぱいや。はじめに譲るで」
なんの話してんだかと二人で大きな声で笑った。
俊を見てると強がってるのがすごくわかって辛い・・オレですらどうしようかと思う話を俊は直に聞いているんだから。
そんなに悪くは見えなかったのに・・そんなに危険な状態だったなんて、成仁は知らないのだろうか・・この人が言うはずはなく、一人で抱えてしまうタイプだろう。
親がいない、オレと俊とではあまりに違いすぎた・・昭次のことがあって悲しんでいるヒマもなかった、薄情なオレにはかける言葉もない。
母を亡くし追い討ちをかけるような恋人の容態・・この人たちにオレができることなんてないのではないか・・あまりに大きすぎる問題。
「おらぁーはじめっ。もっと呑め。おごったる、付き合わんかい」
「見かけによらずよく入るなぁ」
今日はオレも飲みたい気分、とことん付き合ってやろうと思った・・店のことはすっかり記憶の彼方。
「加賀さん・・まだ来てない、か」
病院から駈け出したまま仕事場まで走ってきた・・帰りに来るはずの加賀はまだいなかった。
オレだけくるのもおかしいと、近くの公園へ向かう・・薄暗くなってる空、ベンチに座る成仁。
思わず・・飛び出してきてしまった、姉ちゃんがあんなこと言うから。
あんな弱気なの、嫌だ・・だって元気にやってるし、悪いなんて思えないくらい・・・それが、姉ちゃんの強さなのはわかるし、そんなすぐに治るものじゃないってこともわかってる。
あんなもうダメみたいなこと・・言わないでほしい、そんなのありえないし。
「姉ちゃんに気使わせてどうするよ・・オレってホントにガキだよなぁ・・」
それが真実だとしても姉ちゃんには笑っててほしい、今までの償いはちゃんとするつもりだ。
なにもできないけど、笑ってるくらいできる、と思う。
笑ってたってどうにもならないかもしれないけど、泣いてるよりましだろう。
これでもオレは長男だ、たった一人の家族守ってく・・きっと、俊さんも一緒に―――
いつのまにか飲み比べになってしまっている飲み屋の二人。
「ええかげんにあきらめたらどうだよ、おまえの負けだろ」
「アホぉ〜誰が負けじゃとぉー・・まだいけるわぁ・・」
「もうやめとけって・・飲みすぎ。オレも相当きてるし、そろそろ帰ろうぜ」
机にうつ伏せる俊を抱えるはじめ、お酒に強いと思った俊・・見かけ通りあまり強くなかったらしい。
とりあえず店を出た、肩に俊を抱えてどうしたものかと悩んでいると電話が鳴った・・着信は「成仁」
速攻で繋ぐ。
「ナイスタイミングだな成仁。悪い、車出せないか?」
『あ?なにやってんの、もう店閉める時間でしょ。店長さっきから外見に来てるよ』
「あーそうだった。どうしようか・・悪い、おまえ行ける?今近くにいるのか」
『いるにはいるけど、オレがやるの?なんでこれないんすか』
「・・ちょっと俊と呑み過ぎて、つぶれてるんだわ。動けない」
『うそぉ、マジ?そんなの見たことない、大丈夫なの?』
ちょうど近くのバス停にあったベンチに座って伸びてる俊、心配してるぞと伝えると大丈夫じゃない顔で笑ってる俊。
「ダメだってよ。だから行けないんだけど・・来てくれるか?」
『しかたないじゃん。店先に閉めてくるから、すぐは行けないよ』
「わかった。いろいろごめんなぁ、待ってるよ」
『たまにはいいんじゃない?俊さんも息抜き必要だろうし』
「なんかいろいろあるみたいだな、好きなだけ飲ませたらすぐつぶれたよ。がまんしてたのかな?
おまえは大丈夫か?」
『・・がまんなんかオレたちしてないよ。俊さんのことよろしく、すぐ行くから・・もっかい店入ってて。あそこだろ?』
「そう、いつものとこ。ごめんな、頼む。手当てつけるからな」
『そんなのいらないよ。じゃあな』
これは成仁もなんか落ちてるなぁ、幸さんとの話なんかあったのかもしれない。
当事者にしかわからない、二人の問題に大きくため息が出た・・
隣で潰れてる俊、夜風がなんだか気持ちいい・・眠っている俊を起こすのも忍びないとそのまま成仁を待った。
テレビを見ながら見上げる時計、昭次は小さくため息をついた。
「兄ちゃん今日は遅いのかなぁ、これはもうごはん食べてるな。足痛くてなにも作れなかったからよかった。そろそろ寝よかな・・明日はがっこ行きたいし」
足を引きずりながら戸締りと片付け、二階へゆっくりと上ってく。
今日は一日暇だったなぁ、ケガなんかするもんじゃないよ・・
そういえば、今日って兄ちゃんお見舞いだったっけ?成仁くんのお姉さんの。
なんかあったのか・・それか意気投合して話し込んでるか、迷惑かけてないといいんだけど。
ベッドにやっとでたどり着くとうつぶせに転がる昭次、電気もつけない部屋は暗闇。
『昭ちゃん。足、大丈夫か?』―――
不意に見知らぬ子供の顔が頭に映った・・オレに向けての問いかけに、びっくりして飛び起きる。
足の痛さも忘れるほどに。
な、んだ?今の・・
小さな子の影を思い浮かべる・・
「誰なんだろう今の・・小さい子だったよな、なんか見たことあるような気もするけど・・」
小さい時のこと、覚えてるはずがない・・兄ちゃんのことですら、覚えてないのに。
兄ちゃんは思い出さなくてもいいってなにも教えてくれないし、こうやって思い出す両親の顔も写真の顔だけ・・小さい時はわからないことも今ならちゃんとわかるのに。
両親がいなくなったとともに消えてしまったオレの記憶・・きっと事故とつながってるのだと思う。
「いまさら。思い出せず悲しんでるのはもうやめたんだ、思い出さなくていいならそれでいいし。オレにはちゃんと兄ちゃんがいてくれる・・」
言い聞かすように言うが頭に広がる疑問、一人になると考えてしまうクセのようなもの。
「・・いったぁ。いつものことながら頭、痛い・・」
考えるとこうなるってわかってんのに・・今は昔のことより明日のこと・・学校行けると、いいなぁ・・
ふっと意識がなくなるように、深い眠りへと落ちていった―――
夢を見ていた・・・
『待って、待ってよぉー』
小さな昭次が前に走る人たちを追いかける。
『早くおいでおいてくよ。はやくはやく』
『ちょっと、まだ小さいんだから待ってあげなよ。兄ちゃん、はやいよぉ』
先に走っていく一番大きな子を追いかけていくもう一人の子、その一足遅く着いてくのが昭次だった。
『待って、おいてかないでっ。いやだ、待ってぇえ』
笑いながら走って行く二人を一生懸命追いかけるが・・差は広がるばかり。
『ほら、ちゃんと待ってるからゆっくりでいいよ。母さんたちもちゃんといるだろ』
『おいで、ゆっくりでいいから。ゆっくりで・・』
『うん、今行くから。待っててね』
急ぐ昭次の目の前で・・一瞬にして消えてしまうみんな、暗闇が広がった。
『ど、こ・・どうして・・兄ちゃんっ、母ちゃん、父ちゃんっ。おいていかないでぇー・・』
―――――――・・
跳ね起きる昭次、汗びっしょりで荒く響く息・・
「・・夢?なんで、こんな・・・今の、オレだよな・・」
暗闇に、取り残された感覚がよみがえり・・呆然とベッドの上座り込んでいる昭次。
なぜか怖くて・・目が閉じられなかった。