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第一章 その六

 そこは、さして広くはない会議室だった。窓にはブラインドが悉く下ろされ、外の様子は判らない。電灯は消されており、酷く暗かった。中央の、楕円テーブルに相対し着席する人物の、お互いの顔もろくに判別できない程に。本来ならば、その通りだったろうが。

「山神さん、もう話し合う事はない、と言った筈ですがね?」

部屋の下座側から、未だ若々しい声が発せられた。その声は落ち着いており、感情は読み取れない。

「まぁ、そう言うな、大山君。まだ考え直す時間はある筈だが?君達の行動が、我々”闘士”の存在自体を窮地に追いやる事態に思いを巡らせたかね?この一件で迷惑を被る者達の事は?」

対して窓際の人影は、掠れがちの老人の声で答える。下座側から、溜息を漏らす音がした。

「…我々が、どれ程煩悶し、根気強く解決の時を待ったか、よくご存知の筈だ。貴方方にどれ程期待してきたかを」

「だから、今も交渉を重ね、努力を続けておるよ」

老人の声は、低く威圧的に聞えた。

「それが結実する時期が見えないからこそ、実力行使に出るのです。いつまでものらくらと、我々の忍耐力を試す様な真似には、もうこれ以上従えないのですよ」

「しかし、向こうに反旗を翻すというならともかく、こちらにそのツケを回すというのは、筋が違うのではないか?」

「それが出来ない事を、よくご存知の筈だ。そうして我々は、不当に人権を抑圧されてきたし、これからもそうでしょう。ならば、こちらでささやかでも救済措置を講じて貰いたい、というのが、それ程に贅沢な要求なのでしょうか?」

「さぁて。交渉相手がどう考えているかは、さすがに判らんな。思念を読み取る魔術でも覚えておくべきだったか」

「…」

老人の冗談めかした発言に、下座側の人物は答えない。さぞかし苦り切った表情をしている事だろう。というか、老人にはその様が見えていた。老人は小さく咳をした。

「…まぁ、それはともかく。普通に考えるなら、儂らの申し出なぞ狂人の戯言と門前払いを食らうであろうな。それは認めるな?我らを理解出来る者など、この世界にはさほど多くはないのだ」

「どうであろうと、進展が認められない以上同じ事です。我々は自らの実力を行使して、交渉を結実させる。暴力に訴えるのは不本意ですが、もはや限界なのです」

その頑なな物言いに諦めを覚えながら、それでも最後の説得を、老人は試みる。

「なぁ、大山君。我々”長老会”は、君達の嘗める辛酸、窮状を知ればこそ、これまで最大限のサポートを行なってきた筈だ。これからもそれは変わらん。活動停止の様な状況にでもならん限り、その事は約束しよう。ひとまずは従来通り、で良いのではないかな?」

「その点に関しては、これまで何度も謝意を示してきた筈です。我々の問題は、本来許されるべき自由の享受が、どこぞの独裁国家の住人宜しく阻害されている、という点です。あちらで得た正当な『報酬』も、こちらではあまりにも不完全な交換システムの為に、無駄に積み上がるばかりなのが現実です。あちらで使おうにも、用が済めば直ちに送り返される。我々はただの、戦う道具扱いなのです!」

話しているうちに怒りがこみ上げてきたのだろう、テーブルを叩く音が響いた。

「…実力行使で目的を果たしたとして、恐らく長続きはせんぞ?様々な妨害もしてこよう。隙を見せれば、直ぐに潰しに掛かってくるやも知れん。それでもやると、言うのか?」

「覚悟の上です。目的がなった時には、ご支援お願い出来ますね?」

支援云々の所に力点を置く。ある程度の言質を取っておければ上々と言えたが。

「なった、時にはな。儂の一存では決めかねるゆえ、どの程度までかは確約出来んが、出来うる限り」

老人も慎重だった。静かな溜息の漏れる音。もはや話す事はない様だった。老人はこの会合で大山という”闘士”を説得させられるとは考えていなかった。謂わば最後通告のつもりだった。

「…それでは、失礼致します」

下座側の人影が立ち上がる。床に置いた鞄を手に取ると壁へと歩み寄り、スイッチに手を伸ばした。と同時に。

「クワイエット、イグジット」

囁く様な老人の声。特に会議室内の何かが変化した様には見えないが、それは確実に何かを変化させていた。蛍光灯が点灯し、会議室中を光が満たす。これまで言葉を交していた二人の男性の姿が露わとなった。壁際に立つ男性は、三十代だろう長身とは言えないが厳つい体型をしている。それに比して容貌は何処か優しげで人好きする。老人も立ち上がり、窓際へと歩み寄った。こちらは六十代だろう。巨躯といって良かった。浅黒い肌。左目には黒いアイパッチをしていた。良く見ればこめかみや頬等に、細長い古傷がうっすらと窺える。二人とも背広姿だった。老人は立ち上がると、窓のブラインドを上げ始めた。

「…ところで、今のメンバーで充分、と考えておるのかな?」

「優秀な者達が集結しつつあります。まだまだ増える事でしょう。見事に目的を達成しうるものと自負していますが」

会議室を出て行こうとしていた大山は足を止め、振り返った。今更何を、と言いたげに山神の背中を見詰める。

「そうか、頼もしい限りだな。しかし、戦いに想定外は付きもの、戦力は多いに越した事はあるまい?」

振り返り、山神は優しげな視線を大山に向けた。

「それはそうですが。志を一つに出来ないのであれば、却って害となりかねません…誰か、心当たりでも?」

「噂通りならば、な。直接は知らんが、接触してみるつもりだ。確約は出来んが、どうだ?」

「…期待していますよ」

言葉とは裏腹な投げやり感を滲ませつつ返答をし、会議室を出ていった。その姿を、山神は静かに見送った。

「さて、どうなる事か…」

癖か、アイパッチを左手で弄りつつ、山神は小さく呟いたのだった。

 廊下に出た大山は、丁度やって来たスーツ姿の女性に気付いた。

「ああ、岩村さん。社長は未だ室内ですか?」

四十代だろうか、パンツスーツ姿の女性は山神の秘書だった。

「はい。社長には、色々と手厳しい指摘を頂きましたよ」

爽やかさを心掛けつつ、笑顔で答える。

「今日はこちらで?」

「いえ、支社に戻ります。業務改善提案書を纏めないと」

「あら、大変ですねぇ」

「いつもの事ですから」

笑い合い、会釈を交して別れる。実際には、彼はこの会社の社員などではない。”長老会”との連絡を、時折社員の振りをしてこのビルを訪れ行なうのだった。今日は山神から呼び出された。この期に及んでは、無視しても一向に構わなかったのだが。

「ふん、老人共め…」

上から目線の物言いの割には役に立たない隠居共め、今に見ていろ、と、胸中で毒づく。知らず、歪んだ笑みが浮かんでいた。


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