表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/37

エピローグ

 エピローグ

 76(ななろく)、すなわち大山が消息不明となって、対テロ特殊対策室は色めき立っていた。海外渡航を始め判明している限りの立ち回り先の確認が行なわれ、いずれも痕跡なし、との情報が上がってきたのだった。

「二年一ヶ月ぶり、って事だね」

オフィスの自分のデスクで資料を確認しつつ下山。椅子を借りた洲堂も横から、その資料を覗き込んでいた。

「新しい隠れ家でも、用意したんでしょうか?」

「さぁね。あるいは、密かに国外へ出ているのかもね」

背もたれに上体を預け、下山は大きく伸びをした。

「…今度は、戻って来ない、とか?」

資料を閉じ、洲堂はデスクに置いた。

「さぁ、どうだろう?何か画策していた気配は濃厚だけど、それを掴んでいた訳ではないし。早急に逐電しなきゃならない理由は、うーん、思い付かないなぁ。あるいは」

頭の後ろで両手を組むと、それきり黙り込む。

「そうですねぇ」

資料の表紙を撫でつつ洲堂。何度目かの事態ではあるが、今回は事情が異なる気がしていた。大山と後嶋、そして安藤。短期間のうちに安藤が、この男達の間で動いているのだ。まるで中間子の様に、二人を結び付ける形に。大山の消息不明に、この事が何か関係しているのではないか?自身の監視体験や印象から納得度は低く、また物証の欠如から単なる憶測に過ぎないが、大山は、後嶋と安藤の共謀によって殺害され、密かに死体を遺棄されたのかも知れない。そうする動機もまた不明だが(痴情の縺れ、の類だろうか?)、最悪の場合、そういった可能性もあり得る。もっとも現状ではあくまで可能性の一つに過ぎず、また軽々しく口にして良い内容でもなく、彼女は発言を控えた。あるいは、下山の脳裏にも同様の想像があったかも知れないが。

「…まぁ、とにかく。中断していた57(ご なな)との接触、明日からまた再開するから」

きちんと座り直すと表情を引き締め、下山は洲堂に言った。洲堂の表情も引き締まる。

「はい、頑張ります」

「宜しく頼むよ」

下山は軽く、洲堂の左肩を叩いたのだった。


 ドアを開いて、河島こと洲堂は即座に後嶋を発見出来た。彼がバー スプリングフィールドに立ち寄るのを確認してから向かったのだ、当然の事ではあったが。

「あ、この前はどうもすいませんでした、後嶋さん!」

言いつつ隣のカウンター席に腰掛ける。アパートで会ってから五日が経っていた。

「ええ、あの時はお構いも出来ずに、すいませんでしたね」

グラスをコルクのコースターに置き後嶋。

「いえいえ、こちらこそ!不躾に押しかけてしまって」

マスターにカシスオレンジを頼み、洲堂は小さく頭を下げた。

「まぁまぁ…ところで、今藤いまふじさん、と言いましたか、貴方の上司の方は」

「え、ああ、はい。余り名前で呼ばないもので、つい」

一瞬、何の事かと素に戻ってしまい、下山の偽名である事を思い出した間の言い訳をする。後嶋はただ一度、頷いて見せただけだった。

「…機会があれば、是非ともお話ししたいですね。貴女の事や、仕事の事など」

「そう、ですね。話しておきます」

少々ぎこちない笑顔で適当に受け流す。そういう状況には、まずならないだろう。そんな様を、後嶋は横目で眺めていた。それからはぽつぽつと、仕事の話などを交し。

「…ところで、ちょっと出ませんか?」

洲堂が呑み終えるのを見計らい、後嶋は洲堂の耳元で囁いた。来た来た、と洲堂は内心身構えた。お持ち帰りするつもりか、と。

「え?」

「少し、話したい事があるので」

言って、返答も待たず後嶋はマスターを呼ぶと二人分の精算を済ませた。席を立つと、洲堂もそれに合わせ二人して店を後にした。

 後嶋の行動は、洲堂の予想とはかなり違っていた。店を出て直ぐの、狭い路地に入って行く。街灯の光もろくに届かない闇へと。乱暴されるのではないかと、いざという時には攻撃をする覚悟を決める。と、不意に後嶋は立ち止まり。

「きゃっ!」

洲堂は背中にぶつかり立ち止まった。

「…以前、貴女は自分が母親に似ている、と言いましたね?」

言いつつ、ゆっくりと後嶋は振り返った。

「え?ええ、はい」

そういえば、そんな事を言ったな、などと内心呟きつつ、頷く。

「…それは、嘘ですね?いや、嘘ではないのかも知れない。ただ、少なくとももう一人、貴女によく似た人が、身近に居ましたね?例えば、お姉さん、とか」

背筋に電流が走る。この男は由加莉の、姉の事を、確信を持って言っている。もはや他人の空似、などという話ではないのだ。自分がどんな表情をしているのか気になったが、この暗がりでは動揺を悟られてはいるまい、と祈る様に考えた。必死で心を落ち着け、口を開いた。

「いえ、私に姉はいません」

我ながら平静に言えたと思ったが。暗闇の向こうから、微かな溜息が聴こえた。

「嘘は結構です。芝居も無用にお願いします。それでもまだ、自分に姉はいない、と?」

「はい…」

胸が痛む。本心では職務を投げ出し、姉について知っている限りの事を聞き出したかったが。この会話は聴かれているのだ。

「そうですか…では、全て忘れて下さい。私の勘違いだった様ですから」

そう言って、彼女の横を通り過ぎようとした。その刹那。

「いつか、再会出来ると良いですね」

耳元で、辛うじて聞き取れる程の囁き。我知らず溢れ出る涙を止めるのに必死で、洲堂は背中で遠ざかる後嶋の足音を聴いていた。

END


これでこの物語は完結となります。お楽しみ頂けたなら幸いです。

平成中に完結させるつもりでしたが、令和元年一日となったのも何かの縁かと。

また新しい物語でお会い出来たら喜ばしい限りです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ