表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/37

第五章 その十一

 公園の少し手前で小隈は相棒を放し、コンテナ倉庫の一つに飛び降りた。ここからは道路を少し歩いて行く。相棒には、まだ安全圏に脱出出来るまで小休止をとって貰うつもりだった。地面を確認し、静かに、敷地に降り立つ。魔力切れか、大山は飛行魔術で追跡しては来なかった。もっとも、それは小隈とて同じ事で。普通に道路を早足で行くと、間もなく公園に到着した。一見して、そこに誰の姿もない。公園内に足を踏み入れ、周囲を見回す。公衆トイレ横の桜の木、見上げてゆくとそれが発する魔力のパターンに違和感を覚え、いた、と胸中で呟いた。ただ姿を隠していただけと判り、安堵の胸を撫で下ろす。

「大丈夫ッスか?」

桜の木へと呼び掛ける。微かに、葉が鳴った。

「後嶋さんに絡めって、あの連中に言われたんでしょ?さっさと逃げた方が良いッスよ」

微かな間の後、聞き取れないほど小さく低い声が。木の上で風が渦巻き、次の瞬間には、安藤が根本に立っていた。両手で自分を抱き締める様にしている。

「さっ、ここを離れるッス」

右手を差し出しつつ一歩近付くが、安藤は一歩引いた。

「…どこへ、行くの?」

「とりあえず、後嶋さんの所へ。行くつもりだったっしょ?」

屈託のない笑顔、それが彼女には眩しく、思わず目を逸らす。自分はその後嶋を騙し接近しようとしたのだ。たとえバレバレだったとしても、その事に変わりはない。己の短慮によって招いた窮地に、他に縋れそうな人物が思い付かなかったとはいえ、本来ならば筋違いの話なのだ。

「…ご免なさい、それは無理」

「何で?後嶋さんなら大丈夫ッスよ?全て正直に話せば、きっと温かく迎えてくれるッス!」

「でも…」

「追ってくる連中の事ッスか?ちょっと戦った感じじゃあ、全然後嶋さんの敵じゃあないッスよ!俺相手に苦戦してる様じゃあ」

と、その背後に複数の人の気配が降り立った。

「ひっ」

思わず安藤が小さく悲鳴を上げる。

「ふん、好都合だな。安藤君も一緒とは!」

振り返れば、大山が歪な笑顔を作っているのが見えた。その背後、幡谷達は、少し間を取っていた。

「本っ当に、しつこいッスねぇ。飛行魔術とか使って、もうヘトヘトっしょ?」

「ふん、減らず口を!私をたばかった事を後悔させるまで、追跡は終わらないのだ!」

「謀る?あの、俺、あんたに嘘ついた記憶はないんすけど?」

「とぼけるつもりか!?仲間になると言いながら、田ノ中さんとの決闘を利用し逃走したではないか!」

手にしたウォーハンマーの石突きで、思い切り地面を叩く。

「いや、俺言ってないッスよ!?田ノ中さんに怒ってんで、タイマン張らせて、って申し出ただけで!」

「!…とにかく、君は逃走した。それだけで充分だ!」

会話を思い出し、仲間になる云々の返答を聞いていない事に気付く。それさえも自分は嵌められた、という風に解釈した。右手のウォーハンマーを上げると、その背後に控えた者達が動き出す。自分が標的かと構えた小隈を素通りし。

「きゃっ!」

安藤は二人掛りで羽交い締めにされ、口を押さえられた。幡谷が喉元に剣を突き付ける。

「あんたら、本当に最低のクズ野郎どもッスね!」

彼女の様子を確認し大山に向き直った小隈の双眸は、怒りに燃えていた。

「君の逃げ足が早いからな。もううんざりだよ追いかけっこは。そこで提案だが」

言いつつ、大山はウォーハンマーを前方に、なぐりの反対側のスパイクを下に向け地面に降ろした。そのまま一回転すると、直径四メートル余りの円が地面に描かれる。

「この中で、男の語らいをしようじゃないか。武器無し魔術無し、拳と拳の語らいだ」

円の外にウォーハンマーを逆さに突き立てた。両手を組む。

「なるほど…で、それはどうすれば終わるんすか?」

安藤を押さえられている以上、応じない訳にはゆかないだろう。わざわざ指定してくるからには、タフネスには自信があると判断した。小隈は機動力で翻弄するタイプで、一発の軽さは自覚していた。狭いフィールド内での攻防には、正直自信がない。しかし、ここでやらねばこれまでの苦労が報われない。ここで一つ、保険を掛ける必要があった。

「なに、簡単な事だ。どちらかが、このラインを割ったら負けだ」

右手で輪を指し示す。

「良いッスよ…」

両手の短刀を屈んで地面に突き刺しつつ、胸中で小隈は相棒に呼び掛けた。不意に、ベンチの背後が騒々しくなる。

「馬鹿鳥が!?」

木の葉のさざめく音と共に、巨鳥が垂直に飛び立ってゆく。重力を無視しているとしか思えないその所業は、魔力を扱う存在ゆえだ。

「あ、大丈夫ッスよ。相棒は俺思いなんで、ちょっとこの場を外して貰うだけッスから!」

ウォーハンマーに手を伸ばした大山を、相変わらずの軽い口調で制止しつつ、輪の中へと入ってゆく。確かに相棒は飛び去っていった。

「さて、じゃ、始めますか!」

「ふむ」

合図もなく会釈し合い、互いに構えを取った。大山は余裕ありげで、小隈は小手調べ、とばかりに先に動いた。大山は微動だにせず、腹部へのストレートを敢えて受けた。魔力は小隈の拳と、何より大山の腹筋を鋼に変えていた。拳はめり込むことなく弾き返される。

「痛うっ!硬いッスねぇ!」

右手を少し振り軽口を叩くと、間を取り構え直す。

「フッ。衝撃打も効かないぞ!防御強化は得意な方だ。そもそもが軽い!」

衝撃打は体内にダメージを与える物理攻撃だった。甲殻類の魔獣等に対抗する為の攻撃法として用いられる。

「あちゃー、こりゃ痛い!こっちはスピードと手数重視なんで!」

言いつつ今度は左の頬に打ち込む。しかし腹部同様弾かれる。大山のしたり顔。それならば、と、右足で金的目掛け蹴り上げるが。

「姑息な!」

右の拳が迎撃する。弾かれた右足を引き戻しつつ、再び右拳を大山の顔面へ。今度は手応えがあった。大山が、少しぐらついた。

「お、急所を狙われてお留守になったッスか?」

「…貴様…」

大山の眦が吊り上がる。それはもう、般若面の様に。

「あれ、ちょーっと、まずったかなぁ?」

小隈の額に冷や汗が浮かんだ。視ているだけで、大山の体温が上がってゆくのが赤外線カメラ映像の様に判る。代謝を上げ、魔力を急速に循環させているのだ。

「これでもまだ、軽口が叩けるか!?」

目にも留まらぬ程のスピードで、右の拳が迫ってくるのをすんでの所で小隈は躱した。が、即座に次弾が襲う。殆ど引き戻さず、魔力を込めただけの拳。通常ならば牽制程度の威力しかない筈の一撃が、ハンマーで殴られた程の衝撃を帯び、防御した小隈の左腕を痛打する。

「いや、ちょっ!」

左右のコンビネーションによるラッシュ。小隈は防戦一方の状況に追い込まれた。ガードを擦り抜け、何発か腹や顔に被弾した。これが一般人だったなら、既に危篤状態に陥っていただろう。じりじりと、ライン一杯まで後退する。

「どうした、ラインを割るぞ!?」

ラッシュを止めることなく吼える大山の声に、不覚にも小隈の視線が逸れた。

「どこを見ている!?」

大山の右の拳が、小隈の左頬にクリーンヒットした。意識がとびかける所へ、立て続けに今度は左の膝が。鳩尾に決まり、遂に背後へ倒れた。体の殆どが、ライン外に出た瞬間だった。一応魔力でガードはしていたが、それでも被弾ダメージは大きかった。

「はは、私の勝ちだな!脚が使えなければこの程度か!」

「ハァハァハァ、まぁ、それは認めるッスけどね。これでも後嶋さんと組むと相性良いんすよ」

息も絶え絶え、といった風で、小隈は大の字になった。

「知った事ではないな!それより、だ。私の勝ちだな。さぁ、勝者の私の言う事を聞いて貰うぞ!同志になれ、反抗は許さん!」

「俺、何の約束もしてないんすけど?」

苦しい息でも自分のペースを崩さない。しかし、その返答は大山も予想していたらしく、もはや表情を変える事もない。

「なるほど。ならば、こうするよりないな」

肩で息をしながら後ずさる。突き立てたウォーハンマーの所まで戻ると引き抜き、再び戻って来た。

「残念ながら、君の口を封じねばならない」

両手で抱えたウォーハンマーを示す。小隈は横たわったまま、空を見上げた。脳裏には、そんな彼を小さく捉えた映像が浮かんでいた。公園全体が見渡せる程の距離からの。

「…まさか、それを俺の口に突っ込むつもりじゃ、ないッスよね?」

あくまで軽口を叩き続ける。大山は、哀れむ様な表情を浮かべた。

「いいや、違う。こうするのだ!」

ウォーハンマーを、スパイクを下にして振り上げる。振り下ろされたなら、間違いなく小隈の体に大きな穴を穿つ事だろう。それがどこかは小隈の抵抗次第という事だが、少なくとも大ダメージは免れまい。しかし、小隈は動かない。その脳裏に浮かぶ映像を、横切る者があったのだ。自然と笑みが零れる。それと対照的に、安藤は口を押さえられながら声にならない悲痛な声で叫んだ。

「そう、いくッスかね?」

言い終わる前に、異変は起きた。彼の視界内を何かが横切った、と思う間もなく、大山が背後に転倒したのだ。土埃が舞い上がる。

「な、何だ!?」

不意に背後からウォーハンマーを掴まれ、剛力で引き倒された様だった。尻餅を搗いたまま背後を振り返ると。

「宜しくないですねぇ。素手での戦いではないのですか?」

円の外側で、左手にウォーハンマーを持ち背を向けた後嶋が静かに問うた。ウォーハンマーを地面に突き刺す。

「何者だ!?」

立ち上がり誰何する大山に答えたのは。

「すいません、後嶋さん」

小隈も立ち上がり、衣服の埃を叩く。後嶋はゆっくり、振り返った。

「き、貴様が後嶋か!?」

「はい。初めまして、で宜しいですね?それはともかく。素手の闘いに、武器を持ち出すのはいただけません」

極めて冷静な口調とは裏腹に、眼光は鋭い。

「素手だと?それが何だと言うのだ!?」

「小隈君の短刀は地面に突き立てられたままですよ。貴方だけ武器を手にするのは、フェアではない」

「何を言うか!勝負はもう着いたのだ!この男は私に負けた!」

右手で背後を指さす。小隈は両手を合わせ、謝る仕草をした。後嶋は少々呆れた様に溜息をついた。

「なるほど。では、私が後を引き継ぎましょう。皆さん疲労が溜まっている事でしょうし、全員でどうぞ。武器もご自由に。私は使いませんし、ここも動きません」

平然と、後嶋は言い放ったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ