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第五章 その九

 大山の繰り出す突きを、小隈はあるいは受け、あるいは弾いた。その隙につけ込んでくる攻撃も、ダンスのステップを踏む様に間一髪で回避し、蹴り等で反撃する。もし屋上に今、用務員でも姿を現したなら、その彼ないし彼女はライブで演じられている特撮番組の戦闘シーンでも目撃しているのか、と錯覚する事だろう。ただし、彼らの動き、数メートルに達する跳躍や瞬時の移動など、CG無しでは再現不可能だろうが。

「はっ、これは参ったッスねぇー」

小さく跳躍し大山から距離を取る小隈は、内心焦り始めていた。大山達の連携に脱出の契機を掴めないでいたのだった。屋上から跳躍するには魔力を貯蔵せねばならないが、当然それは隙になるのだ。彼の今の役割はあくまで足止めであり、彼の相棒は安全圏まで脱出出来ているのは判っていた。成人女性一人を掴んだままではさして距離を稼げない。そこからでは直接ハイム プリマヴェーラに逃げ込めないし、そもそもアパートは何者かに見張られているのだ。一旦近くの小さな公園に着地させるつもりだった。

「ふむ、なかなか!」

小隈を追い詰めたとみた大山は、構えていたウォーハンマーを引いた。なぐりの反対側のスパイクを肩に掛ける。

「なぁ小隈君、どうかな?君も”闘士”ならば、我々と行動を共にする気はないかね?ここまで手合わせして実力の程は判った。現状を変えたい、と思った事はないかな?」

一転、笑顔を浮かべ、右手を差し出してくる。半ば以上、本気の勧誘だった。短時間ながら戦ってみて、安藤より役に立ちそうだと判断したのだった。もちろん断わられたり、多少でも不審な動きを見せれば決着をつける腹づもりだったが。小隈にしても、そういった腹の内は見透かせていた。

「なるほどね…考えても良いッスけど…ここで一つ、済ませときたい件があるんですけど?」

大山の背後に、隠れる様にして控えている田ノ中へチラリ、視線を遣った。田ノ中は小隈との戦いには消極的だった。安藤の一件で醒めてしまった、というのもあるが、何より小隈との戦いを忌避する様な感情が働いたからだった。それは戦友的な連帯感もあるだろうが、それ以上に小隈への畏怖、恐れが大きかっただろう。実際に、彼は間近でその活躍を目撃しているのだ。

「?それは、何だね?」

「えーと、俺と田ノ中さんが会って、喧嘩したのは知ってるッスか?」

田ノ中をチラ見しながら、小隈が問うと。

「ああ、聞いているが」

大きく頷いてみせる。小隈も頷き返した。

「そッスか。実はですね、俺まだ怒ってんすよね。けじめつけたいんで、タイマン張らせて貰って、良いッスすか?」

口角を吊り上げ、邪悪さ全開の笑顔を作る。

「ふむ…」

「ええ、え!?」

暫し黙考の大山に顔色を変えたのは田ノ中だった。魔術の使用も制限した”闘士”流の、本気の戦いでないとはいえ、四対一でもここまで凌いできた小隈の実力は、自分とは比較するべくもない事を田ノ中は熟知していた。それがご指名で戦いたいというのだ、叩きのめされるのは目に見えていた。

「田ノ中さん!」

どうか断わってくれ、と胸中で手を合わせていた田ノ中に、決断を下した大山が声を掛けた。

「な、何だね!?」

自分に声を掛けた、という事は、願いは叶わなかったと悟りつつ、思わず訊ね返してしまう。

「小隈さんの申し出を、受けてはくれませんか?」

無感情に言ってのける。要請の形だが、実際には命令だった。

「いや、しかし、私は…」

「今のこの状況は、貴方の失態にあるともいえるのですよ。少々遠回りをしましたが、ここで決着を付け後腐れなく新たな同志を迎えようではありませんか?小隈さんも、この一戦が済んだら禍根は無し、で宜しいですね?」

「やらせてくれるんすね?それはOKッス!」

大山から視線を外し、小隈は田ノ中を見据えた。

「どうッスか、田ノ中さん?殺しゃしないっすから。ただちょっと、痛い目見て貰うだけで」

「危険な状況になりそうなら、我々も割って入ります。腕試しの様なものですよ」

「ほらほら、田ノ中さん。人を待たせるもんじゃないですよ!」

「…」

ニヤけながら幡谷が背中を押す。最年長というだけでいつも偉そうにしている田ノ中を、彼は心中不愉快に感じていたのだった。いっそこのまま逃げ出してしまいたい、と思うが、自分の力量では到底無理な事は、田ノ中には充分すぎるほど判っていた。やるしかない、と歩を進め始める。

 決闘の為に、大山達は大きく空間を空けた。二十メートル余りの間隔を開け、二人は対峙した。小隈にしてみれば三秒と掛からず詰められる距離だった。

「さ、どうするッスか?来るんなら、お先にどうぞ」

短刀を弄びながら、余裕を見せつつ小隈は挑発した。片手剣を構えつつも、田ノ中は動かない。先に動いた方が負ける、などという実力伯仲の関係ではない。ただ単に動けない、動きたくない、というだけなのだ。仕掛けた所で軽くあしらわれるか、手痛いカウンターの餌食だろう。かといって、守りに入った所で手数に押し切られるのは目に見えていた。

「来ないッスか?だったら、こっちから行くッスけど?」

短刀を構え、腰を落とす。次の瞬間には短刀の間合いに入られた田ノ中は、完全に主導権を失うだろう。ならば、と田ノ中は覚悟を決めた。

「…くっ!」

田ノ中が、動く。見る間に距離を詰め、突きを繰り出した。短刀でそれを弾く小隈。崩れ気味の体勢でも、斬撃に繋げてゆく。スルリ、と躱された。

「へぇ?剣使いはマシになったじゃないッスか。でも!」

剣撃を捌きつつ、小隈は笑っていた。田ノ中の動きは読みやすく、フェイントらしいフェイントもない。見る間に手数も減ってきた。田ノ中は顔面を紅潮させ、息も荒くしている。斬り下ろしの一撃を、両手で受ける。

「相変わらず、魔力運用が下手ッスねぇ!」

右足で腹部を蹴り飛ばす。腹筋も鎧の様になっているため、大したダメージにはならないが、二、三メートルも後退させられる。体勢を立て直す前に、今度は小隈から仕掛ける。一瞬の後、右膝が再び田ノ中の腹部にめり込んだ。と、ほぼ同時に顔面に肘が。鼻血が一筋、垂れた。

「ぐぅ!」

唸り声を漏らす田ノ中を後目に小隈は後退、距離を取った。

「ここで一言、言っとくッスけど。田ノ中さん、後嶋さんはこんなもんじゃないッスよ。本気だったら、今頃は体中の骨へし折られて、鼻血どころか血反吐吐いてるッスからね」

「なぁ、もうやめないか…この前の事は謝るから…何なら、その後嶋さんに直接謝罪しても良いから」

鼻を左手で摘み、鼻声で田ノ中は許しを請うた。大山達が失笑する。

「いやいや!鼻血ぐらいで何泣き言言ってんすか!?怪我のうちにも入らないっしょ!もちっと骨のあるとこ見せないと、お仲間にも呆れられるッスよ!」

小隈の言う通り、大山達は苦笑を浮かべている。つい先程までの緊張感はどこへやら、この決闘は今や見世物と化していた。

「ほら、田ノ中さん!少しは良いとこ見せて下さいよ!俺達の同志でしょうが!」

「鼻血ぐらいでは、せめて回復の必要な負傷をする程度までは、気概を見せて下さい」

幡谷と大山もけしかける。田ノ中に救いの手を差し伸べる者はなかった。もはや逃げ場所を失ったのは彼の方なのだ。

「お仲間も、ああ言ってますけど?また先手を取らせてあげるッスよ」

掛かってこい、とばかりに両手を広げてみせる。田ノ中は血が滲まんばかりに唇を噛んだ。

「…はぁ!」

裂帛の気合いと共に、殆ど破れかぶれで田ノ中は飛び出した。六、七メートルの距離を瞬時に詰め、次々と突きを繰り出す。小隈は少しずつ後退しながら躱し、捌き続けた。大山達には、それも余裕の現れ、ちょっとしたおちょくり程度に見えていた。先程と同様、手が止まった所で反撃を開始するつもりだろうと。屋上の、高さ二メートルはある柵まで一メートル余り、後退した所で田ノ中の手が止まる。

「何だ、ここまでッスかぁ?じゃ、行くッスよ。田ノ中さん、悪いッスね!」

言うなり腰を落とし、次の瞬間には、一気に三メートル近くの高さまで跳躍する。このまま体重を乗せた斬撃が来るかと、田ノ中は剣で受けの構えを取るが。

「エアロ、ボム!」

田ノ中の胸当たりで、何かが炸裂した。想定外の暴風に、両足を踏ん張っていた彼ものけぞり、尻餅をついてしまった。その視界の上端に、ベリーロールで柵を越えてゆく小隈の姿があった。柵を越えるや、体を丸め死角に落下してゆく。

「自爆か!?」

大山達が柵に走り寄る。魔術の選択を誤り自滅したのかと思ったが、次の瞬間には彼の姿が再浮上した。飛び石の如くエアロボムを数度使用し、グラウンドを越えて、アパートの屋根に着地したのが小さく見えた。

「逃げた…!?」

そこまで来て、ようやく大山はその考えに至った。とすれば、田ノ中との決闘は、最初からこの為の布石だった、という事か。わざと余裕を見せつけ田ノ中を愚弄し煽り、我々を油断させてこのチャンスを作った。田ノ中を指名したのは、もちろん力量を把握出来ていたから。全ては芝居、この瞬間の為の。

「やられた、追跡を!」

誰も聞いた事のない様な金切り声を上げた大山の様子に、幡谷達は少々引いた。尻餅をついたままの田ノ中も固まってしまった。

「どうした!?早く!」

怒りを募らせた大山が、もはや外聞をかなぐり捨て絶叫した。幡谷達は彷徨う様に視線を交し、仕方ない、とばかりに溜息を漏らすと跳躍の姿勢を取る。呼吸を調え、次の瞬間には柵の向こう側へと飛び出していた。大山はその様を一瞥し、感情を鎮める様に深呼吸を数度、繰り返すと、今度は田ノ中を見下ろす。

「いつまで休んでいるんです?田ノ中さんも、追って下さいよ」

手を差し出すでもなく、侮蔑を含んだ視線を投げ掛けてくる。田ノ中は首を竦めた。

「お願いだ…もう、勘弁してくれ…」

蚊の鳴く様な声に、大山は大きく溜息をつき、何度も首を振った。

「同志ならば、身勝手は許されませんよ。貴方は、結束を弛緩させる様な真似をするつもりですか?それとも、安藤さんの様に、我々を裏切る、とでも?」

大山の目が妖しい光を宿した。使えない機械に怒り、廃棄を考えている様な。彼の得物はウォーハンマーだが、今にもそれを振り上げ、自分の頭上に振り下ろしかねない雰囲気を、田ノ中は感じた。

「い、いや、そんなつもりは…」

「ならば!今すぐ立ち上がり、追って下さい!」

不意に、大山の怒声が炸裂した。弾かれた様に、田ノ中は起立した。まるで小学生が先生の号令に従う様に。

「さぁ、早く!」

「はいっ!」

凍りついた表情で返答し、時間を掛けて魔力を溜めると柵を跳び越えてゆく。

「くそっ、忌々しい!」

遠ざかってゆく田ノ中を見送りつつ、腕時計に右手を添える。

「フライト!」

大山の全身が、風を纏い始めた。たちまちミクロな竜巻と化し、彼を軽々と中空に浮遊させる。飛行魔術は、使用中かなりの魔力を継続して消費するが、彼は実用可能なレベルまで使いこなした。

「待っていろ、全速で行くぞ!」

柵の遥か上方から小隈の去った方向を睨み付け、言い捨てると流星の如く、飛翔を開始したのだった。


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