表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/37

第五章 その七

 安藤を追いかけ倉庫を飛び出した大山達だったが、追跡されているのに気付き、それを巻く必要があった。彼らは風系列魔術の遠隔通話(通話可能距離が短いのが欠点だった)で短い遣り取りをし、ある行動に出た。一旦追跡から外れ、とある横道に飛び込んだのだった。追跡者達が少し遅れ飛び込んだ時には、そこには誰も居なかったのだが、追跡者達を困惑させたのは、そこは高い塀に囲まれた袋小路という事だった。三方の塀の向こうには三階建て以上の一軒家がそれぞれ迫り、塀の陰に隠れるのは不可能と思われた。そもそもそう容易く乗り越えられる高さの塀でもない。マンホールの類もなく、考えられる限り唯一の可能性といえば、建物をほんの二十秒余りの間に乗り越えた、という事だが。

「馬鹿な…」

予め何か仕掛けていたならばともかく、ただの袋小路にそれは考え難かった。暫し茫然自失状態の追跡者達だったが、袋小路内をくまなく検索し、ごく短時間のうちに人間が脱出出来そうな抜け道がないだろう事を確認後、班長への報告の為スマホを手にしたのだった。

 袋小路を難なく脱出した大山達は、屋根の上で安藤を捜した。彼女の”闘士”としての能力を把握していた彼らにしてみれば、未だ追跡の再開は可能、という判断だった。離されたとして、せいぜい一キロ程度。

「よし、三方向に分けて探索する」

大山は幡谷達に方向を指示すると、左腕の腕時計に触れた。その文字盤には、幾つかの石があしらわれている。彼の特注だが、ベースとなっている時計も高級ブランドなどではなく、見た目に反し高価な物でもない。後嶋の指輪等と同じく、魔術の使用に重要な役割を果たす。

「クレヴォヤンス!」

彼は探索魔術を使用した。脳裏に肉眼とほぼ遜色ない風景が浮かぶ。自分の直上から、仮想の眼球を動かす感覚で担当する方向へと視線を移してゆく。視える距離にはかなりの個人差があるが、集団で虱潰しにする方法で、カバーは可能だった。ただし、魔力による物理干渉に敏感な魔獣などは気付く事があり、精神攪乱をもたらす様な魔術と併用する使用法が通常とられた。

「いました!」

その声に、大山は仮想の眼球を自身に引き戻した。脳裏から映像が消える。振り返った。

「君津君、どこだ!?」

「ここから、六百メートル程のマンションに!」

その方角を指さしながら報告してくる。居合わせた全員が、そちらを向く。

「そうか。行くぞ、諸君!」

言うなり大山は飛び出した。追跡者達は続々と、それに従った。

 三階建てのアパート屋上で、安藤は立ち止まっていた。目の前には、六階建ての団地が聳えている。W形の団地は、二十メートルは離れていた。下は駐車場と駐輪場になっている。彼女は今、その上を跳び越え、せめて団地横に設置された非常階段へと移動する為、魔力貯蔵を行なっていた。飛行魔術もないではないが、出来れば使いたくはなかった。屋根から屋根へと移動してゆくのは決して楽な事ではなく、足場は高さも形状も、距離もまちまちであり、転落しないよう精神を集中し魔力を消費しつつ逃走するのは精神、身体共に大きな負荷となっていた。ならば道路を逃げればよい、と思われるが、頭上を抑えられるのは不利だった。そもそも地上で戦闘となれば、無関係な人々を巻き込む危険性が高くなる。もちろんカメラ等に記録される危険性も。それらを嫌い再び屋根に戻るにせよ、魔力は消費する事になるのだ。そもそも彼女は魔力貯蔵量がさして多くはないのだった。”闘士”は大別して戦士と魔術士となるが、戦士には向かないから魔術士となった程度のものなのだ。そして魔術士にとって、魔力貯蔵量の制約は致命的ですらあった。そんな彼女がお世話になったのが大山だったのだ。だから彼から反乱の話を振られた時、断り切れなかった。それは恩義を感じて、というより万が一向こうでまた顔を合わせた時の為に、という打算が多分に働いた結果だった。実際のところ、本気で反乱を起こすとも考えてはいなかったのだ。精々がガス抜きの為の、愚痴の捨て場所くらいの認識しか、当初は持っていなかったのだが。明白に自分には不向きな方向へと転がってゆく状況に、手を引くには丁度良い頃合いだったのだと、彼女は思い込む事にした。

 魔力の貯蔵が完了し、振り返る。千里眼の『視線』には、気付いていた。通常ならば対象の感覚に干渉し、これに気付かせない様な処置を取るのだが、その様な気遣いは無用、という事なのだろう。彼女の面が強張る。

「早過ぎるっ!」

大山達は既に百メートル近くまで接近していた。彼女を包囲できる様にか、散開している。もちろん地上を走る様なスピードは出せないためまだ余裕はあるが、一刻も早く立ち去らなければいずれ追い付かれる。団地へ向き直ると、キッ、と非常階段を見据えた。

「力強き風よ、我を誘え!」

途端、彼女は風を纏い始めた。微かに腰を落とし、伸び上がると、突如巻き起こった暴風が、彼女を中空に舞い上がらせた。見る間に目標地点が近付いて来た。前のめり気味に、屋根の上に着地する。ほっ、と溜息が漏れた。彼女でも飛行魔法を使用すればもう少し空を飛べるが、逃走のため魔力は節約したかった。ともかく時間が惜しい。前を見据え、彼女は屋上を疾走し始めたのだった。

 小学校の屋上で、安藤は追い付かれた。彼女の頭上を跳び越えた大山が、直立姿勢のままスムーズに着地する。足を止めた彼女へと、ゆっくり振り返った。幡谷達は、彼女を遠巻きに包囲した。

「随分と迂闊な事をしましたね。もうこの辺にしませんか、疲れましたよ」

笑顔をつくり口調も軽めだが、目は冷ややかだった。怒っている、というよりどう処分すべきか、冷静に計算している風だった。

「…もう、充分。これ以上ついて行けない!」

こうして対峙すると、安藤は腰が引け気味になってしまう。しかし、事ここに至ってはもはや戻る事はあり得ない。彼女にはそう思えた。

「なぜです?もう間もなく全てが動き出すのですよ?貴女なら、賢明な判断が出来る筈です」

一歩近付く。安藤は、周囲を警戒しつつ口を開いた。

「硬き礫よ、出よ!」

呪文を唱えるや、彼女の頭上に十程の、その握り拳大の礫が出現した。大山は大袈裟に肩を竦めて見せた。

「それは、どういうつもりですか?まさか私とやり合うと?」

小馬鹿にした様な笑み。安藤にも自分が無謀な賭に出ようとしているとは認識していた。大山ならば、礫など余裕で回避しつつ自分を無力化できるだろう、と。大山は、努力のみならず、恐らく”闘士”としては自分などより遥かに恵まれた素質を持っているのだ。問題は、それが彼を幸福にしてはくれなかった、という点なのだ。

「お願い、もう、辞めさせて!」

懇願。しかし、大山はやれやれ、とばかりに首を振った。

「はぁ。今更その様な泣き言を聞かされるとは。よいですか、我々はもう、帰還不能点を通り過ぎたのですよ」

「そんなの、知らない!」

彼女は大山に対峙するので精一杯だった。だから、背後の動きに無防備となってしまっていた。

「駄々こねてんじゃねぇ!」

突如、背後から沸き起こった声に振り返る暇もない。うなじに暖かい物が触れた、と思う間に、背筋を激痛が駆け抜けた。息が詰まり、痙攣する。体勢を維持できる筈もなく、その場に跪いた。彼女が現出させた礫が、彼女の上に降り掛かり砕けた。

「ったく、しょうもねぇ奴だな!」

右手で鉄砲を作った幡谷の、蔑む様な視線が見下ろしてくる。人差し指の先端に究極まで集束させた電撃を、安藤に打ち込んだのだった。魔獣に組み倒された時などに脱出する方法としても用いられるが、今回は電流をかなり加減してあった。

「このヘタレが!お前なんぞもう同志じゃねぇ!」

安藤の背中を蹴りつけた。呼吸を調えるのもままならず、彼女はされるがままだった。

「ちょっと、幡谷君。乱暴は感心しないな」

静止する様な言葉の割には、大山は立ち位置もそのままに動きを見せない。

「大山さん、提案があるんですが。こいつ、もう同志じゃないんで、別の使い途を考えた方が良いんじゃないですかね?」

「ほぅ、別の使い途、とは?」

幡谷の含む所にピン、ときたのか、大山の笑みに邪悪なものが混じる。

「とにかく、一件に片が付くまで、何処かで大人しくしといて貰うと同時にですね、俺達のストレスをスッキリ、させて貰うんですよ。これから合流する連中も、きっと喜んでくれると思うんですけど?」

スッキリ、を強調する。直接的な表現を避けながらも、それが性的な意味合いを帯びている事は安藤にも察しが付いた。

「…なるほど。安藤君、新たな役割を与えよう。とても重要な役割だ。君を共有する事で同志達の紐帯を強化する、という」

共有、という言葉に、その発言の下劣な意図が端的に表現されていた。それに気付いた男達は、ただ一人を除き口元を歪め、下品な笑みを浮かべたが。

「本気か、大山君!?」

田ノ中だけは狼狽していた。ほんのつい数時間前まで共に行動を起こそうとしていた者を、今では急速に慰み者にする話が纏まろうとしているのだ。槍玉に挙げられた安藤に対する同情もなくはないが、かつて過激派として活動した者達の、末期における狂気じみた行動に似ている気がして、青ざめる。

「本気、とは?我々は、今まで本気で全てを用意してきた筈ですが?」

「ついさっきまで同志などと呼んでいた人に、非人道的な仕打ちをするのも、その用意の一つなのか!?」

少々呂律が妖しくなってくる。

「彼女は、色々と知り過ぎているのですよ。身柄は拘束せねば。その上で、我々の役に立って貰おうというのです。彼女もきっと、喜んで協力する筈ですが?」

ねぇ?と同意でも求める様に安藤を見下ろす。

「大山君、君は!」

「うるさいですよ、田ノ中さーん!」

田ノ中が気付くより前に、幡谷はその眼前に立ち胸ぐらを掴んでいた。酷く面を歪め、血走った目で見詰めてくる。

「別に、参加しないんならそれで良いんですよ?どっかそこいらで自分でやってて下さいよ。後で混ぜて、って言っても遅いですけどね!」

「…君は…」

狂ってしまったのか、という言葉を呑み込む。若者を直視できずに視線を彷徨わせる。と、上空に天翔るものの姿を捉えた。

「あ」

彼が一言発する間にも、それは大きくなってくる。形状は、鷲に似ている。彼の視界の中では、朱色の頭部とクリーム色の腹部が闇夜に目立つ。それが、視界を埋め尽くすまでになり。

「な、ロックバード!?」

風圧を感じ振り返った幡谷がそう漏らした時には、巨鳥は安藤を足の爪で掴み、再び飛翔しようとしていた。

「誰だ!?」

襲い来る風圧に、右手で顔を庇う様にしながら大山。その巨鳥が単独で、この世界に存在する事などあり得ない。拘束具らしき物が見当たらない事から、誰かの相棒であると知れた。問題は、それが誰かなのだ。巨鳥は見る間に舞い上がり、飛翔しようとしていた。

「ええい!」

見る間に小さくなってゆく巨鳥に、大山は向き直った。右手で腕時計に触れた。

「フレイムアロー!」

彼の周辺に、矢状の炎が出現する。その数六本。右手を学校から遠ざかりつつある巨鳥へ、真一文字に伸ばし。

「シュート!」

炎の矢が、見えざるボーガンから放たれる。それらは、巨鳥を火だるまにするべく飛翔するが。

「アクアシールド!」

不意に、どこからともなく屋上に着地した者の声が夜空に響くや、中空に突如発生した水の盾が、水面に落としたマッチ棒の如く鎮火してしまう。役目を終えた水の盾も消滅した。

「くうっ、貴様は!?」

忌々しげに闖入者へと視線を投げつけてくる大山に対し。

「ちょっと!人の相棒に何してくれてんすか!?」

愛用の得物を両手に、苦笑を浮かべ揶揄する様な小隈。

「小隈君、なぜここに!?」

幡谷を押し退ける様に、驚愕の表情を浮かべた田ノ中が進み出た。

「小隈、こいつが!?」

幡谷も色めき立つ。もはや巨鳥は魔術による追撃不可能な領域に離脱していた。そもそもこちらの世界で派手な魔術を濫発する事は、厳に戒められなければならない。人目につき、SNSで拡散される様な事態は避けねばならないのだった。

「小隈君、あれは、君の相棒なのかな?」

腕時計に右手を翳し、中空から得物を取り出しつつ大山は訊ねた。巨大な金槌、ウォーハンマー。先端及びなぐりの反対側にスパイクが付いていた。田ノ中を除く同志達も、それに倣う。敵意に満ちた幾多の視線にも、小隈が怯む事はない。

「そッスよ。カッコ良いっしょ?」

「判っているか?君は、我々の同志を拉致したのだぞ」

「はははは!女性一人、野郎どもで取り囲んで麻痺させて、不埒な事しようとしてたんでしょ?それで同志ッスか?」

呆れた、とでも言いたげに肩を竦めてみせる。大山の眉がピクリ、震えるが。

「…人にはそれぞれ、役割というものがある」

「出ましたよ詭弁!その理論で言うんだったら、あんたはさしずめ後嶋さんの引き立て役ッスかね!」

短刀を構え、小隈はあくまで軽い口調で挑発する。見る間に緊張感は膨張し、不意に破裂した。尋常ならざる者達が、その力を叩き付け合うべく、弾け飛んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ