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第五章 その五

 ワンルームアパートの屋上で、下山達に並びハイム プリマヴェーラを監視していたB班班長が、スマホに向かい怒鳴った。

「失尾した!?全員がか!?」

大山達を追跡していた班員が、大山達が横道を曲がったのを見て、少し遅れて自分達も追跡したが、そこに人影はなかったと、そこは袋小路だったと、説明しているのを微かに聞きながら、下山は意地悪げな微笑と共に呟いた。

「76達め、また魔法でも使ったのか?」

「魔法なんて…」

暗視スコープを覗き込みながら、洲堂が呟く。この職場に来て、不可思議な事象を目で、耳で多々知る事になった。そういった人間達を、自分達は追っているのだ。しかし、全てには何らかのカラクリがある筈で、魔法などバカバカしいとしか思えない。その態度、認識は現代の常識人ならば当然だろうが、それはまた彼らが、自分達が調査対象とする者達を理解する為の、大きな阻害要因となっているのだ。もちろん、そんな事はつゆ知らず、ハイム プリマヴェーラ正面玄関を監視していた彼女は、姿を現した小隈を確認した。

「班長、102(ひとまるに)、出て来ました!」

小さく報告すると、下山も暗視装置を目にやる。102とは、小隈のコードネームだった。

「そうだな。彼も今一つ、判らないんだよなぁー。57との接点とか、経歴を調べた限りじゃ何もなさそうだし」

「彼は、二年前に”特殊失踪人”指定を受けたんですよね?」

「ああ。バイト先の東京のコンビニから、突然消息不明になったそうだ。飲み物の補充中に、誰にも知られずに店を出るのはまず不可能らしいけれどね」

コンビニバイトの経験がある洲堂は、その状況を想像した。飲み物の補充中という事は、彼は冷蔵室にいたのだろう。どの様な時間帯であれ、一人きりという事はまずあるまい。レジには最低一人、入っていただろうから、コンビニ唯一の出入口はほぼ常に店員の視界内にある。たとえ見ていなかったとしてもドアが開けばチャイムが鳴って、視線はそちらに行く筈なのだ。つまり、誰にも気付かれず店舗外に出る事は、ほぼ不可能に思えた。たとえそれが可能だったとしても店舗内には防犯カメラがあるのだ、それらも回避出来る可能性はまずゼロだろう。

「あの、防犯カメラも?」

「確認されたそうだよ。出て行くところは確認されなかった。まぁ、冷蔵室にはカメラはないそうだけれどね」

「ええ。確かに不可解ですね…」

会話の間にも、小隈はアパート横の道に折れ、塀の陰に見えなくなった。

「どうします、尾行しますか?」

洲堂の問いに。

「うーん、とりあえずは放置、かな。76関係が主だから」

「そうですか…私、もう一ヶ月になりますけれど、ここで何をしているのか判らなくなる時があるんです」

「それを言っちゃうか?我々に許されているのは、あくまで調査だけだよ。そして真面目に働いている証拠として、警察なり何なりに報告書を提示する。事件、事故などの容疑で逮捕、取り調べ、送検をするのは、あくまでそちらの仕事だ」

「税金泥棒でないアリバイ作りの為に、こんな事してるんですか?」

溜息混じりに洲堂が言うと。

「きっついなぁー。誰かがやらなくちゃいけない仕事さ。そう自分に言い聞かせるんだ」

洲堂は一つ、長い溜息をついた。と、何かが動いた、気がした。小隈が消えていった横道、塀の陰から、何かが飛び出した様な気がしたのだった。直ぐに電柱の陰に入り、それが何だったのか判然としなかったが、人の様だった。

「誰か、跳ねましたか?」

「ん、何、102?」

洲堂と同じ方向へ暗視装置を巡らせる。

「あの、アパートの隣の、その、塀の上、辺りに」

指さしながら下山に報告する。その時には、既に小隈は屋根の上で安藤達の動きを観察していたのだが。

「何だい、誰も見当たらないけど?」

「確かに、誰かが…」

半ば、見間違いだったのではないか、などと自分自身を疑いながらも、洲堂は尚も食い下がったが。

「…あの塀さ、恐らく一.五メートルはあるだろ?誰かあの塀の上に立とうと思ったら、到底跳び上がったくらいじゃ無理だと思わないか?トランポリンとかある筈ないだろうし」

「…そうですね」

溜息が漏れる。自分達の常識外の戦いが、そこから百メートル以上離れた場所で繰り広げられている事など、彼女達には想像もつかないのだった。


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