第五章 その三
朝、いつもの時間に出勤した洲堂のデスクへ、険しい表情をした下山がやって来た。昨夜は帰宅していないのか、ネクタイも締めずヨレヨレな印象だった。
「朝一で悪いけれど、ミーティングするから」
親指でオフィスの一角を占める会議室を示す。少々興奮している様だった。
「は、はい」
ハンドバッグを置くのもそこそこに、洲堂はその後に続いた。
会議室内には、もう参加者があらかた揃っていた。みな下山と同様、帰宅しなかった様だった。
「何か、動きが?」
参集した顔ぶれを見て洲堂は怪訝に思った。自らの所属する班の他に、他の班員も含まれていたのだった。他の班との情報交換は、班長達が一括して行なうのが普通だった。下山は何も言わず着席した。洲堂もそれに続く。
「まずは、洲堂君の活動報告をお願いしようか?」
「はい」
一つ会釈をし、洲堂は改めて一同を見回した。みな、下山同様疲れ気味の様子だった。しかし双眸には、ギラリとした光が宿っている。
「昨夜も57の行きつけ、バー、スプリングフィールドに顔を出しました。十九時半ごろ入店、一時間余り従業員と会話などし、印象付けを行ないました」
「うん、ご苦労さん。実は状況が変わってね、そちらの線は一旦保留する事になった。君もこちらに合流して貰うから」
横目で洲堂を見ながら、下山は言った。
「状況が?どの様に変わったのでしょうか?」
「実は、こちらのマークしている76(ななろく)、大山巌の関係者が57に接触してね、合同で監視態勢を取る事になった」
B班班長がそう説明した。
「合同で、ですか?」
下山が頷いて説明する。
「76を追跡していても、なかなか尻尾を捕まえられないのが現状だ。張り付いていてもなぜか所在を見失う。そこで、これを契機に57を監視の中心に据えようという事で意見が一致した。君も参加して貰うから」
「了解しました」
洲堂も頷き返す。
「うん。では、これから監視態勢の打ち合わせを始めよう」
下山の主導で、ミーティングは本題に入っていった。
後嶋に接触した翌日の夜、大山達はいつもの集合場所に参集していた。
「それで、貴女は放り出されるまで、こちらの情報を相手に与え続けたと?」
大山の顔をまともに見られずに、安藤は伏し目がちに小さく頷いた。その鋭利な視線を直視するのに耐えられそうになかった。
「…信じらんねぇ。お前、何しに行ったんだよ!?」
幡谷が怒鳴る。いつもの倉庫、その事務所内は、例のオーロラで覆われているため音が漏れる事はないが。
「仕方ないでしょ!?情報を引き出す為には、こちらもある程度出さなきゃ!そうじゃないと、会話が続かないし!」
「嘘でも何でも言っとけよ!そもそもだ、むざむざ情報話すくらいなら、その前に帰ってくりゃ良かったろうが!」
「嘘なんてばれたらそこで終りよ!私だって必死だった、一所懸命やった!そもそも相手の実力は未知数で、下手に動けば何をしてくるか判らなかったの!」
「一所懸命やって結果が出なきゃ、意味ねぇだろうが!」
「だったら貴方がやれば!?実力行使でも何でもして、聞き出せばいい!もっとも返り討ちに遭うかも知れないけどね!」
唇を尖らせる安藤。
「止めないか!」
大山の一喝に、石化でもしたかの様に二人の動きが止まる。
「…これは私のミスだ。私は余計な所に手を出したのかも知れない」
「そんな事ないですよ!こいつが使えないだけで!」
「君にミスがあったとすれば、人選だけだろう」
大山を慰める為に、幡谷と田ノ中は安藤を貶めた。彼女のプライドは、ズタズタだった。自分はなけなしの勇気を振り絞り、役割を果たそうと努力したのだ。それこそ、この身を委ねる覚悟までして。それを、この男達は何なのか?「ご苦労様」の一言もなく、ただ批難するばかりだ…彼女の胸に、怒りの炎が燃え上がり出す。もうやっていられるものか!
「判った。役に立たない私は抜けさせて貰う」
立ち上がる。その左手を掴む者があった。
「待てよ!今更何言ってんだ!?」
幡谷の右手を、安藤は振り解こうとした。
「貴方達は私の事を同志だなんて思ってない。だから私もそうする!金輪際さようなら!」
「まぁ、落ち着きたまえ。君には過大な役目を頼んだ私が悪いのだ」
大山が取りなそうとするが。
「そう!私は貴方が思った以上に役立たずだったって事!もういい、ここを抜けて、全てぶちまける!」
叫んで、室内の空気が凍り付いたのを見、自分が何を口走ったのかに気付いた。しかし、口を出た言葉は、取り返しようがない。
「てめぇ、何する気だ!」
激昂しつつ襟首を掴みに来る幡谷を、安藤が咄嗟に後退して躱す。もはや残る道はなかった。
「目を射る光よ、出でよ!」
彼女がそう唱えるや、暗闇から一転、事務所が光で満たされる。『閃光弾』の魔術を、詠唱短縮で行使したのだった。魔術士である彼女も普段は指輪に書き込んだ術式を使用するが、指輪を装着する暇がなかったのだ。行使直前に目を閉じていた為、まともに閃光を目にした大山達と違い一足早く動ける。ドアを押し開け。
「優しき風よ、我を受け止めよ!」
詠唱しつつ飛び降りた。『落下緩衝』の魔術により発生した、吹き上げる風のクッションが、彼女の念じたドアの前で彼女の体を優しく受け止めた。自分だけでなく他人も使用可能な点で、峻厳な地形で魔獣を追い、又は逃亡する時などに重宝する。特に”闘士”でない者達を移動させる際には必須と言えた。
「くそっ、追って下さい!」
背中に大山の声を聞きながら、安藤は倉庫を飛び出して行った。
倉庫を飛び出した彼女の姿は対テロ特殊対策室の監視員にも確認されていた。
「こちらマルビ76、マルカンの姿を確認。識別FDと思われる。建物を出、東南方面へ急行中」
暗視装置を覗き込みながら、運転席の男性がヘッドセットを通しスマホに話す。助手席の男性は引き続き倉庫を監視中だった。
「おい、出て来たぞ!」
ドアから続々と姿を現す大山達へと、運転手に注意を促した。
「76も確認。マルカンと共にFDを追跡中と思われる…はい、はい…了解、追跡します」
運転手は通話を終えるとバディの肩を叩いた。二人は降車すると、大山達の追跡を開始したのだった。




