第三章 その三
後嶋と山神の接触より数日後。定期報告会でその報告を受けた際、三条はどこか狼狽した様だった。その理由に関して、彼は何も語らなかったが。後嶋と山神が路上で会話をしている写真を目にして暫しの間ののち、瞠目しつつ小さく呟いたのだった。
「57(ご なな)と?」
それを耳にした下山は、立ったまま資料に落としていた視線を上げた。
「はい?」
下山の怪訝げな声に、すぐさま表情を元に戻す。
「…ふむ。それで?その後、何か動きは?」
「はい。B班からも報告があったと思いますが、76(なな ろく)とまた接触した様です」
「ああ、聞いている。四ヶ月程前から、頻度が上がっている様子だが?」
資料を繰りながら、三条は険しい表情をした。
「その通りです。四ヶ月程前から、何かが動き始めていると。13は、その後ろ盾なのでは?」
下山も、険しい表情になる。ただでさえ凄味のある顔が凄味を増した。
「この接触も、その一環なのか…報告に関しては了解した。すまないが、洲堂君を呼んできて欲しい」
「了解しました」
一礼し、踵を返すと下山は室長室を後にしたのだった。
数分して、下山は洲堂を伴い戻って来た。
「ご用、でしょうか?」
少々挙動不審となりながら、洲堂が訊ねる。
「…君が適任だろう。ある人物に接触し、情報を収集して欲しい」
「私に、ですか?」
突然の指示に、洲堂は固まった。およそ彼女の持つスキルの中に、その類のものはない筈だった。そんな彼女をよそに三条は立ち上がると、背後のキャビネットから一冊のファイルを取り出した。席に戻ると、神経質そうに表紙を開く。
「君の撮影した写真に写っていた二人の男性だが、一人はもちろん13、山神達人。もう一人は57、後嶋密という。現在三十六才、O.G.システムというIT企業を経営している。会社の住所は台東区だ。この人物に接触したまえ」
ファイルを上下逆さにし、デスクの上で押しやった。洲堂はデスクに近付くと、「失礼します」と一礼し、ファイルを取り上げた。年齢より幾分若いと思われる顔写真が添えられた経歴書が目に入った。ファイルは結構な厚みがあり、拾い読みしてみると、十年余り前からの報告者が綴じられているのが判った。
「こんな前から?未だ、三十六才ですよね?」
「対策室創設前から、”特殊失踪人”は複数存在が確認されている。警察の事情聴取等も行なわれたが、事件性も確認出来ず放置され、殊更に注目され情報の収集、統合化が為される事もなく、ただ単に目立たなかった、というまでの事にすぎない。その点で言うなら、山神などは少々特異な例だが。彼は公務中に失踪しているのだからな」
「それは、どういった?」
「…彼は要人警護、所謂SPだった。顔を洗いに立った、その僅かな時間の間に、失踪したそうだ」
「それで、そののち傭兵に?」
「一ヶ月余り後、どこからともなく帰宅時に、張り込んでいた捜査員に連行された。”特殊失踪人”が大抵そうである様に、彼も失踪の理由、失踪中の行動について一切語らなかったという。立場ゆえに様々な疑念を抱かれたが、結局のところ発作的な職務放棄というより他に、彼の行動を説明しうる証拠もなく、彼は解任されたのち国外に出、十四年前に帰国した」
「そんな事が…」
「我々は、”特殊失踪人”についてより深く知る必要がある。君は未だここに来て日が浅い。残念ながら、我々は彼らにしてやられる事が多いが、君ならば面も割れてはいないだろう」
「いえ、でも、私にはそんな経験、ないのですけれど…」
慌ててファイルをデスクに戻すが。
「経験ならば、丁度良い機会だろう。先輩からレクチャーして貰うと良い」
ファイルを閉じ、三条は洲堂を見上げる。
「あの、ですが」
尚も言い募ろうとする彼女の肩を、下山が軽く叩いた。
「室長が言う以上、やるしかないさ」
振り向いた彼女に、一つウインクしてみせる。ここはそういう場所なのだ、と納得せざるを得なかった。肩を落とす。
「…はい、了解しました。それで、どの様な情報を?」
「もちろん、13の用件についてだ。最初は名前をちらつかせ、反応を見る程度で良いだろう。後はあらゆる手段を尽くし、接触を維持する様に」
「あの、そういう話を切り出せる所まで持って行ける自信がないのですけれど…」
「先輩達とシナリオを練りたまえ」
三条は少々苛立っている様だった。
「そうですか…それと、あらゆる手段、ですけれど、その、それは、どの様な」
嫌な予感に表情が曇る。
「あらゆる、だ」
とりつく島もない。それが彼女にとって、非常に不穏当な手段を意味するだろうとは容易に想像がついた。
「はい…」
項垂れる。そんな彼女の様子にも無頓着に、三条は話を締め括った。
「ふむ。では、引き続き調査を」
「はっ」
「はい…」
下山が一礼し、少し遅れ項垂れ気味に洲堂も倣う。二人は退室していった。




