第三章 その二
後嶋との会合から数日後、山神はあの会議室で大山と相対していた。ブラインドは下ろしてあるが、遮光はしていない。黒く垂れ込めた雨雲が、大粒の雨を地上に降り注いでいる。室内は、相変わらず消灯したままだった。
「こう度々呼び出されては、変に思われないでしょうかね?」
皮肉混じりに大山が問うが、山神は微塵も揺るがない。
「別に、問題のある社員を指導するのに遠慮はいるまい?」
皮肉げな笑みと共に山神が返す。
「そう来ますか。ところでご用件は?」
苦笑しつつ大山が訊ねる。
「ふむ。この前、助っ人を紹介すると言ったな?その結果についてな」
大山は少し、迷惑そうな表情をした。
「その程度の事でしたら、電話で済ませて頂ければ宜しかったのでは?」
「色々と、会話内容を話しておきたくてな。そうせねばならんだろう」
「そうですか。それでその助っ人とは、どうなったのでしょうか?」
さして関心もなさげに水を向ける。しかし、すぐに態度は一変する事となった。
「ふむ。後嶋密というのだが、これがかなりの傑物でな。助力を得られれば、必ずや成功間違いなし、と思っておったのだが」
名前を耳にした途端、大山の目つきが鋭くなる。田ノ中が口にしたその名を、ここで再び耳にする事になろうとは。単なる偶然だろうかと勘ぐりたくなる。いかに”闘士”の社会が狭かろうとも。
「うん、どうしたのだ?」
「いえ。それで、その後嶋さんの返答は?」
大山の態度に違和感を覚えながらも、促されるままに山神は話を続ける事にした。
「うむ。結果的には、断わられたのだが。しかし、まずは興味深い話が色々と出来たものと思う」
「ほぉ。呼び出しを受けたのに値する程の話ならば、良いのですが」
揶揄する様な内容ながら、口調は重々しい。
「恐らくはな。彼は、貴様らの活動には干渉せぬ、と明言した。やりたいなら御勝手に、とな。ただし、こちらに火の粉を振りまくな、と釘を刺されたがな。悪い事は言わぬ、彼の周辺に迷惑を掛けぬ事だ」
「もし、それが守れないとすれば?」
「彼は許すまいよ。だから忠告するのだ」
「それはどうも」
大山が本気にしていないだろう事は明白だった。しかし、山神が重ねて注意を促す事はなかった。
「さて、特区に関してじゃが、もし勝ち得た場合には、参加する事も吝かではない、との事じゃった」
大山のこめかみがひくついた。露骨に嫌悪感を面に表す。
「つまり、こういう事ですか?火中の栗を拾うのは御勝手に。しかしそれが美味しければ、是非頂きましょう、と?自分勝手が過ぎますね、不愉快です」
「決して悪い話ではないと思うがな?交換所にしたところで、資金が多ければそれだけ経済活動が活発になろう?彼もかなり硬貨を死蔵しておる様じゃしな」
「金銭面の話だけではないのですよ!我らと同じ怒り、意志を共有しているかが問題なのです!それなくして、ただ利潤のみを追求しよう、などという輩を我々は容認するものではありません!」
「我々、というが、それは貴様の個人的信条に過ぎぬのではないのか?参加者内でコンセンサスは取れておるのか?」
「志を同じくするから同志なのですよ。我々の意志は統一されています」
「つまり、貴様の信条は皆の信条、という事だな?ふむ…ならば良いが。ともかく、”闘士”の中に支援者を募るとすれば、彼に声を掛けるのも良かろう。誰ぞ心当たりがあるかもな。儂の紹介とでも言えば良いわ」
「一応、心に留めておきましょう」
全く気のない調子で大山は答えた。山神は苦笑した。
「それが良かろう。ともかく、事の成否に関わらず、被害は最小に留める事じゃ。人様に余計な迷惑を掛けぬ様に」
まるで子供を諭す様な調子に、大山は不満げだった。
「むろん心掛けてはいますよ。行政府の出方次第、ではありますが」
立ち上がりかけた大山へ、尚も山神は話を続けた。
「良いか、くれぐれも肝に銘じておけ。特に後藤氏の事はな」
「それ程まで気に入ったのなら、”長老会”幹部にでも迎えてはいかがですか?」
皮肉な口調の大山に対し、山神は満更でもない様だった。
「ふむ。彼が承諾するならば、それもあり得るか」
「…」
”闘士”としての力量に、大いに疑問のある人物を?と、呆れた様に山神を見下ろし、大山はテーブルを離れた。壁の、電灯のスイッチを入れる。
「もし特区が成立したとして、誰を運営に携わらせるか、を決めるのは我々で宜しいですね?」
「もちろんじゃ。功労者なのじゃからな。まぁ、こちらの要望も考慮して貰えるなら、大いに有り難いが」
笑顔で、山神は大山を見送ったのだった。




