青年の話
窓を開け放し、そよ風が部屋中を探索しているなかで、青年が寛ぎながら本を読んでいた。
サイドテーブルには、トレーにお菓子とお茶がのせられている。
静かな部屋には、ページをめくる音が響き渡る。
「秋兄。何か話してよ」
青年の背後から少年が抱きついた。慣れているのだろう、青年はしおりを差し込み、少年を自身の前へと移動させた。
「何の話をしようか」
「秋兄なら、たくさん知ってるでしょ」
少年を撫でながら青年は考える。季節柄ちょうどいい話を知っていた。
「それじゃぁ、『衣神』なんてどうだろうか」
少年は知らない話だったようで、青年にせがむ。青年は念のためにと準備していた予備のコップにお茶を注ぎ、お菓子を少年に分け与えた。
「この話は、ある国の伝説なんだ」
今はもうなくなってしまっているけど、ある場所に寿と呼ばれる国があった。
国にはたくさんの人が住んでいた。人も、獣も、そして神すらも。
家には必ず一人の神様が住んでいた。何を司る神なのか、住んでいる人が選ぶことはできなかったけれど、住んでいる人は一緒に住んでいる神様を、とても大切に崇めていた。
そんなとき、一人の外国人の男が移り住んできた。男は何も持たない代わりに、変わった特技をもっていた。手品だ。
彼は特技の手品で多くの人々を楽しませた。中には神様すら手品のタネ……仕掛けがわからず、男に教えてもらっているのもいた。
男は見破った人が多いものからいくつかをネタ晴らししたりと、あまり自身の技術を秘密にしようとしなかった。そういった陽気な娯楽と性格が幸いして、一人の女性と結婚した。
娘にも恵まれ、夫婦から家族へとなり、幸せな日々を過ごしていた。けれど、彼らにはどうしても手に入らないものがあった。
神の祝福だった。
外国からやってきた男の家には、神様が一人も住んでいなかった。嫁になった女の実家には神様がいたけど、家を出て行った女に神様がついてくることはなかった。
それから子供も大きくなり、娘は針をもつようになった。神様の加護がある娘らと違って、加護が全くない娘の技術はなかなか上達しなかった。
「上手になりにくいとはいっても、全く上手にならないわけじゃない。だから、毎日のお稽古を頑張るだけ」
娘はひたむきに衣を縫い続け、たった1年で素晴らしい技術を身につけた。娘の努力と技術に心打たれた村長は、主神と地上に降りられない神々のために捧げる衣を作る巫女に選んだ。神に捧げる時間は一月後。あまりにも短い時間だった。
それでも、娘は自分ができる巫女としての仕事は、神様が喜ばれる衣を作ることだと、ご飯を食べる暇も、寝る時間も惜しんで衣作りに没頭した。
娘が作った衣は、5色に輝き日々の移ろいに合わせて色合いが変わってくる世にも美しい衣だった。
人々はその美しさに魅了され、各々の家に住まう神々ですら魅了された。神すら魅了してしまう不思議な衣は、神に捧げるに相応しい衣だとされ、空の星々がもっとも美しく輝く日に奉納された。
主神はたいそう喜び、娘に褒美として主神の加護を授けることにした。主神の加護を与えられた娘は、針を持てば国一番の娘として有名になった。
それからというもの、娘の努力と技術に心打たれた人々は、娘を崇めるようになっていった。
娘のような技術とその努力に敬意を表して。
娘の印として、自分の愛用している針を祭壇に捧げて。
「似たような話を聞いたことがないかい」
青年はお茶を飲みながら考えていた少年に声をかける。
「話は聞いたことないけど、なんか七夕の話と似てる気がする」
「そう。この話は少しフィクションを入れているけど、七夕の話の元ネタなんだよ」
青年は少年を撫でる。青年の視線は庭に飾られている大きな七夕飾りに向けられていた。
珍しく短冊が一枚もさげられていない七夕飾りだった。
「でも、お願い事をするなんてなかったよ」
「お願いごとをし始めたのは、もっとずっと後だよ。自分にもその技術を分けてくださいってお願いしてる人から、どんどんなんでもお願いをしまくるようになったんだ」
「お願いしちゃダメってこと?」
「違うよ。上手になりたいことがあります。一生懸命頑張るので見守ってくださいってお願いするんだよ」
少年は分かったようなわからないような顔をしながら、お茶を飲みながら青年を見つめる。
微笑む青年は、最後に少年を抱きしめた。