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八尺様 その弐

「んで、すごすごと帰ってきたわけか」


「そんな言い方はないんじゃないんですか?」


「そんなもんドアぶち破ってでも入れよ」


「無茶言わないでください」


美希ちゃんを駅まで送った後、教授部屋に戻ってきた僕は、先生のむちゃくちゃな言動に辟易しつつソファに沈み込む。先生は書類の散らばった机に腰掛けている。


「だが気になるな」


「何がです?」


「健治くんの怯えようだ」


「まあ八尺様を知っているようですし、それに、友達もいなくなってる訳ですし」


「健治くんが八尺様を知っているのは問題ではない。オカルト版でもかなり有名な話だからな。友人の亮くんの失踪、目撃した背の高い女性、いくら八尺様の話を知っているからといって、リアルに感じすぎている」


「まあ確かに、不安に思うことがあっても、ちょっと異常ですね」


「やはり健治くんに直接話を聞いてみる必要があるな」


僕はさらに深くソファに沈み込んだ。


「ところで件の八尺様ってどんな話なんですか?」


「お前ね。俺の助手やっててなんで知らないんだよ」


「何ですかそのいかにも残念そうな顔は。いいじゃないですか、別に」


「まあ、いいけど。多少はしょりながらになるが、八尺様ってのはとある農村に封じられていた。いや、奉られていたモノと言った方が近いかもな。とにかくそういうものだと思ってくれ。ある少年がその村の祖父を訪れる。そこで八尺様を見かけてしまうんだ。その姿は白っぽいワンピース着て、帽子をかぶっている。この少年にはそう見たそうだが、喪服の女だったり、老婆だったり、野良着の年増女だったりと、見る人間によって違うらしい。だが共通しているのは、必ず頭に何かを載せていることと、男のような声でぽぽぽと笑うことだ」


「ぽぽぽ?へんな笑い方ですね?何か一時期そういう歌がなかったですか?」


「歌?何言ってるか知らんが最後まで黙って聞いとけ。少年はその事を祖父に話すと、祖父は慌てた様子で帰す事ができなくなったので一晩家に泊まるようにと言って、Kさんと呼ばれる老婆の霊能者を連れてくる。Kさんは部屋中を新聞紙と御札で目張りされた部屋を用意し、少年に入るように促す。一晩何があっても絶対に出てはいけないと釘を刺してな」


ここまできいて僕は健治の部屋の窓が新聞紙で目張りされているのを思い出す。


「少年はさっさと寝てしまおうとしたが、真夜中に目を覚ます。そして、窓をコツコツと手でたたくような音が聞こえる。何とか風の音だと思い込もうとした少年だったが、そんな時に祖父の声が聞こえてきた。だが少年にはそれが祖父だと思えず、開けることは決してしなかった。そして、ぽぽぽという声が聞こえてくる。恐怖に打ち震えながら少年はいつの間にか寝てしまい、朝を迎える。朝になると祖父は村の外まで送るといって、ワンボックスカーに少年と数人の男を乗せ、車を出す。前には祖父の運転する軽トラ、後に少年の父親が乗る車。祖父の話では八尺様の目を誤魔化すために、少年の血縁者の男を集めたらしい。少年は絶対に目を開けずに、俯いていろと言われていたが、途中聞こえてきた、ぽぽぽという声につい目を開けて窓の外を見てしまう。そこには車について来ている八尺様の姿があった。昨晩と同じように車の窓をたたく。少年以外の男たちには八尺様の姿は見えることはないが、窓をたたく音は聞こえるようだった。しばらく走った後、この村には四つの地蔵があり、その時地蔵を結ぶ境界線を超えた時、Kさんが上手く抜けたと言い、そうして少年は助かることが出来た」


「なんだ、最後には助かったんですね」


「まあ、この話を掲示板に書き込んでいるのはこの少年本人だからな。助かっていないと書き込めないだろ?」


「ああ、体験談なんですね」


「そうだ、そこが話の信憑性を際立たせ、聞き手によりリアルに伝えることが出来る。怪談話の古典的手法だよ。そしてこの話はもう一つの古典的な手法で終わる。この話は実は十年前の話で、最近になって祖母から電話がかかってくるんだ。八尺様を封じていた地蔵が何者かによって壊され、少年の家に通じている道の封印が解かれたというな」


「え?じゃあ封印が解かれたなら、その少年も危ないって事ですか」


「そうだ。怪談話だからな。助かってハッピーエンドにはならないらしいな。そして、それと同時に八尺様の封印が解かれ、この話を読んだ人間の前にも現れるかもしれないという事も示唆している。これがもう一つの古典的手法だよ。単なる怪談話が、身近な脅威に変わるんだ。それが一層この話の恐怖を演出している」


「じゃあやっぱり、美希ちゃんの彼氏もこの話を信じて」


「だとしても、二十歳も超えた大の男がそこまで怯えるものか?」


「確かに。やっぱり話を聞くしかありませんね。うわっ」

突然スマホが鳴り出した。僕のだ。八尺様の話を聞いた後だったんで、神経が敏感になっているのか、声を出してしまった。スマホには笹原美希と表示されていた。


「なんだぁ、あって間もない彼氏もちの女の子の番号をゲットしたのか?お前もなかなかやるねえ」


「ちょっと何のぞき見てるんですか!?違います。いつでも相談できるようにって事で交換したんです!ていうか番号をゲットって言い方がおっさん丸出しですよ!」


「動揺しすぎだろ。つーか早く出てやれよ」


「ったくもう。はい。猿頭寺です。…うん。…えっ、本当?わかった。うん、大丈夫だよ。今から行くよ」


美希ちゃんからの電話は健治君が今夜あってくれるので、一緒に来てもらえないかというものだった。

会ってくれるんならこっちが尋ねたときに会ってくれればいいのに。

何か後で冷やかすような声が聞こえるが、僕はそれを無視して教授部屋を後にした。


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