お題
機械、魚、タイムループ
魚がなぜ泳ぐか知っているかい。それはね、時をすすめるためなんだよ。
誰かさんが昔話したほらばなし。僕はなぜかよく覚えている。子供ながらに分かるような嘘なのに、忘れられない。魚は止まっているとずっと今から抜け出せないから明日にめがけて泳ぐんだって。泳ぎ続けて時を刻むんだって。君の世界では魚たちは時の神様の従者で、時計を進めるために泳いでいた。鳥は天気を変え、人間は夢を見るためにある。そんなちょっと素敵で不思議な世界。君は覚えているのか。それを聞く術は今の僕にはない。
けれど、もし、もしも泳ぐことをやめたならば、僕も時間をとどまることができるんだろうか。
君が目を覚ます。いつもと同じきっかし7時。大きく伸びをしたあとしばし黙って、ちょっと深刻な顔をしてそれからその白い顔を僕に向ける。
「おはよう」
君の声は小さいけれど澄んでいる。僕は黙って微笑んだ。
「ごめんね、わざわざ。でも、大丈夫だから安心して。急に悪くなることはないってお医者さんが昨日いってたから、あれ、これ前も言ったっけ?」
昨日。君は『昨日』からこの病院に入院している。悪い病気は確実に、でも、ゆっくりと君を蝕んでいる。もう、どうなるか僕にはわからない。判断がつかないんじゃなくて、どうしていいのかわからない。だって、僕になにができるっていうんだよ。
「そっか、よかった」
「全然嬉しそうじゃないぞー」
僕はたぶん苦笑いしている。相変わらず変なところで君は鋭い。その観察眼は機械に囲まれたこの場所でも健在である。どんなにからだが弱ってもその思考は僕の届かないようなところに存在している。
「何か果物たべる? これなら食べれるでしょ?」
「心配しすぎ。でも、ありがとね。はいこれ、まかせたー」
果物の山から君は桃を抜き取る。そしてそっと僕の手にのせた。僕は皮をむき、果物ナイフで食べやすいサイズにカットしていく。いつも通りのやり取り。最初は君はリンゴを投げて寄越した。その次は梨、次はオレンジ。バスケットの中身が減るにつれて高さが低くなっていって今ではての上に乗せるだけ。優しいようで無慈悲だ。
「はい、出来た」
「半分どうぞ」
白い皿をベッド脇のテーブルにのせる。君はフォークで一きれを口に放り込み、屈託なく笑う。君がふと時計を見やった。僕の心臓がわかるはずないとおもいつつもどくりとおとをたてる。
「明日はクリスマスなのにこのざまかぁ」
窓の外は行きが降り積もっている。クリスマスの風景としては申し分なかった。君も窓をゆっくりとみやる。
「魚がさ、私の回りだけ時間を止めてくれたらいいのにね。その間になおっちゃえば明日はあんたと出かけられるんだけど」
君がたくさんある機械の一つを指でなぞる。どこか寂しげに見えるのは僕の気のせいだといいのだけれど。
「電話、なってるよ」
「あ」
「ここじゃダメだったはずだから外ででてきなよ」
僕は大人しく部屋を出る。電話の相手はよく知る人物で、僕は病室からさらに距離を置いてから通話ボタンを押した。
「もしもし。いつもごめんね。あのこの様子、どうだった?」
「いつも通りですよ」
「そう………まだクリスマスツリー片付けられないわね。明日には私も戻れるからそれまであのこのことお願いしますね。申し訳ないけど………」
「わかりました」
「じゃあ」
いつも通り短い通話だった。僕は待ち受け画面に戻る。2月8日。君にとっては何回目のクリスマスイブなんだろうか。繰り返される入院二日目を思って僕はそっとまた病室へ戻るのだ。
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Q.何が書きたかったの
A.わからないです。機械の魚がタイムループする話にしようと思ったけど台詞なしになる可能性濃厚であまりにも辛そうだったので