千変万化
「とりあえず一度変身してみるべきなんじゃないかと思うんだ」
シャルルが去って数十分。姉妹たちの必死の慰めによってようやく絶望の淵から這い戻ってきた長男が提案する。
「賛成なのです。パクトではなく、魂の欠片なるもので変身するのですから多少の差異が生じているかもしれないのです。異世界で何をやらされるにしろ、保有戦力の確認は重要なのです」
「そうね。今のままではどうやって変身するのかも分からないもの。まったく……取扱説明書くらい置いていって欲しいものだわ」
やれやれ、といった様子で肩をすくめる長女。
では誰から試してみようかと相談を始めると三人以外の声が鳴った。
「シャルルが言っていたでしょう。「詳しくは彼らに聞いてくれたまえ」って!」
三人は顔を見合わせてから辺りを見回してみる。当然三人以外に誰もいない。
「えーだれなのー?(棒)」
「いったいどこからこえがー(棒)」
「そういえばそんなことを言っていたような気がするのです。ねーねとにーにがうるさくて聞き流してしまいましたが」
戸惑うような三者三様の反応。姿の見えない謎の声。
「ここよ、ここ!」
なんとその声は長男の手の中、魂の欠片から発せられていた。
「「な、なんだってー(棒)」」
ただの丸い石にしか見えない物体が意思を持ち、声を発した。その事実に驚く姉弟。次女は声も出ないのか表情の変化も無く、ただただ黙って魂の欠片を見る。
「そういう気とか使わなくていいからホント」
「あら、そうなの?」
「こういうお約束はしておかなきゃいけないと思って」
「……二人に代わって謝るのです。魔法使いになるときもこんな感じだったので、声が聞こえた瞬間に予想がついたのです」
「驚いて話が進まないのは困るけど、慣れているのにも困りものね……」
はぁ、とため息をつく長男の魂の欠片。
「まぁいいわ。とりあえず自己紹介をしましょう。私はそこのツインテール男の魂の欠片。名前はまだないわ。イイ感じのをお願いするわね、マスター?」
茶化すような声音で長男に言う。
「ツインテール男って……。僕の名前は吉良成実だよ。吉良は大吉、中吉の吉に最良の良、しげざねは成長の成に果実の実って書く」
「ふーん……なるみちゃんね。よろしく」
「なんで皆そのあだ名で呼ぶんだよぉおおぉ!わざわざ自己紹介のとき遠回しに言ってるのにっ!」
「なるちゃん、元気出してね。私はピッタリだと思うわよ?」
「そうなのです。にーにには『しげざね』よりも『なるみ』の方が合っているのです」
うなだれる成実に姉妹がフォローという名の追い討ちをかける。
「まぁ何でも良いんだけど。それよりも私の名前を……」
そうだったね、と一言相槌を打った成実は気を取り直して自らの相棒の名前を考え始める。
「うーん……いろははどうだろう?」
「いろは……まぁ悪くないんじゃない?」
満更でもない様子で成実の魂の欠片改め、いろはが言う。
「よろしくねーいろはちゃん。私は三人の魔法使いの長女。なるちゃんの姉で婚約者の綾よ」
「妹のせんなのです。よろしくお願いするのです」
綾とせんも紹介を終えるといろはも「よろしくー」と人懐こそうな声で返事をした。
「もう私で分かったと思うけど、魂の欠片には各々に自我がある。個性があるのね。だから綾さんもせんちゃんも自分の魂の欠片に名前をつけてあげて。それに名前をつけるのはただ愛着がわく、とかそういう理由だけじゃないわ。名前が無いと魂の欠片自身の自己の確立が出来なくて変身、その他副次効果も得られないわ」
個性があるのに自己の確立が出来ないとは?疑問を抱き三人は首をかしげる。
「ちょっと語弊があるみたいね。個性があれば自己の確立、自分で自分に命名することも出来るんじゃないかってことかしら?確かにそれも出来るわ。私たちはあなた達の魂の一部だったもの。今でも糸のように繋がってる。けれど自身のみで己を確立してしまうと個性が強くなりすぎてその繋がりが薄くなってしまうの。私たちの活動エネルギーはその糸から流れてくるあなた達の魔力。その供給手段が絶たれるということは結果、自己の崩壊に繋がるわ。それが自己のみでは自己が確立できない理由ってわけ」
いろはそこで一息つき簡潔にまとめる。
「長々と説明したけど、簡単に言っちゃうとペットには名前をつけるのと似たようなものよ。そうするとそれが犬とか猫とかではなくて、その名前で認識する。ペットもペットでその名前が私、その名前をくれたのがご主人様だと認識する。相互に認識しあうことで魂の繋がりを強固にできるってわけね。愛着がわくだけじゃないって言ったけど、それもひとつの理由ではあるの」
こんなところかな、といろはは魔法使いたちに了解を求める。
「つまり名前をつけてあげてってことね!」
明朗快活に綾は返事をする。いろはの説明は無駄であったかのような綾の返事に、いろはは嘆息する。
「そうね……」
「その気持ち、わかるよ」
成実といろはは早くも意気投合していた。
「んじゃさっそく。私の宝石は赤色だからアカでいいかな?」
「またそんな安直な……」
「ねーねの魂の一部だったのです。ヘンタイに決まってるのです。いっそのことサキュバスとかにすればいいのです」
綾の命名に成実とせんは異論を唱える。
「了解しました。はじめまして、新しいご主人様」
一拍遅れて綾の手の中にある魂の欠片から返事があった。
「なんてことです!?まさかの闘う魔法使い正統派マスコット……!インテリジェン○デバ○スみたいでずるいのです」
「なんて貫禄のある……。アカなんて呼び捨てに出来ないね。むしろアカさんだよ」
「よろしくね、アカさん」
「こちらこそ」
綾・アカコンビも問題なく命名を終えた。
「ねーねがアカさんみたいのなら私にもチャンスはあるのです。それこそ日曜日の朝にやっているような小さいお友達から大きなお友達まで熱狂する国民的魔法使いになれるのです!」
意気軒昂に自分の魂の欠片に話しかける。
「私はあなたのマスターであるせんと言うのです。あなたの人となりを知りたいのです」
「おい、タバコくれよ」
せんの魂の欠片から野太いおっさんの声がする。
「なんなのです!もうなんなのです!第一声がタバコくれってどういうことなのです!?こういうのはにーにの役割じゃないのですっ!?」
地団太を踏むせん。
「聞こえなかったのか?おい、タバコくれよ」
「聞こえたから怒っているのです!それにタバコなんか持ってないのです!お前なんかもうタバコで十分です!お前の名前はタバコ!」
「「駄目だ!」「駄目だ!」「駄目だ!」「了解!」「名前の変更を要請する!」」
「……なんなのです?複数人の声が聞こえるような気がするのですが?」
せんは目頭を押さえて苦悶の表情で問いかける。
「はっ!我々は個にして群、群にして個。個々が連携を取り合い、独自に判断して攻撃を行う、近代的戦闘集団であります!体がないゆえ集団的散開戦術は取れませんが……」
「それなんて軍隊ですか。もういいです。分かりました。あなた達の名前はヘイタイさんなのです」
「「了解!」「了解!」「了解!」「おれぁタバコでもかまわねえぜ?」「お前はだまっとれ!」「了解!」「貴君の指揮下に入れること、光栄に思います」「了解!」「新しい提督が着任しました。これより我々の指揮に入ります」」
「あらあら、私のはヘンタイさんじゃなくて闘う魔法使い正統派マスコット?だったのに、せんのはヘイタイさんだったのね」
意趣返しだろうか、綾はここぞとばかりに先ほどのせんの言葉を用いて茶化す。
「ぶふっ!」
綾の言葉にたまらず噴き出す成実。
「うううううるさいのです!さっさと変身してみますよ!……なにか特別な動作とかはあるのです?」
「いえ、動作によるアルゴリズムは設定されておりません。音声のみです。設定されている文言は現在変更できません。オクレ」
ザザザとノイズのようなものが走ってから、ヘイタイさんはせんの質問に答える。
「設定されている文言とはなんなのです?」
「以前、指揮官殿が使用していたものです。確認されますか?オクレ」
「いえ、結構なのです。ちなみに"現在"変更できないと言いましたが、将来的には変更は可能なのです?」
「可能です。ちなみに衣装の変更も可能になります。指揮官殿と我々の魂の緒がより強固に、我々の自我がより確固としたものになれば、ではありますが。一応言っておきますと、他のお二人も同じ状況下にあります。オクレ」
「そうなのですか。ありがとうございます。もう大丈夫なのです」
「お役に立てて光栄です。以上、通信オワリ」
ぶつっと音がしてヘイタイさんは沈黙する。
「だ、そうなのですよ?」
せんは綾と成実の顔を見渡し、声をかける。三人は顔を見合わせて頷き合う。そして魂の欠片を天へと掲げ、変身の文言を高らかに歌い上げる。
「「「マジカル・ミュージック☆デコレーション!」」」
「準備を開始します」
「いくわよ!」
「海軍の支援を要請する!」
各々の魂の欠片が文言に答える。
ポップでクール、そして甘やかな音楽が奏でられる。それはまるで天上の調べ。三人の服が弾け飛び上昇していく。そのまま3A+3Lzのコンビネーションジャンプ。基礎点だけで13.5点だ。ポイントが高い。そして光の粒子の集合体のようなリボンが身体を包み、縛り付けるかの様に収縮していく。ぽよんっという音と共に手足、上半身、下半身の順に各所に可愛らしいフリルが遇らわれている衣装が纏われる。そして最後に頭部にひときわ大きな光の粒子が集まり、ぽぷよんと弾ける様にヘッドドレスが乗る。
始めに地上に降り立ったのは、二つの熟れた水密桃と安産型のでん部、悩ましい太ももを窮屈そうに赤を基調にした可愛らしい衣装に押し込めた綾だ。
「燃える心はフォルテシモ!・スィート・ムジカ!」
シャラランンと流れるような音が鳴る。その手には巨大な注射器。腰にいくつかの試験管を佩いている。
続いて黄色の衣装に身を包む成実が降り立つ。ツインテールが天使の羽のようにふわふわと広がる。
「軽やかにはじけるスタッカート!フラッフィームジカ!」
きゃるるんとした音と共にポーズをキメる。手には圏を思わせるナックルダスター。
最後にせん。青を基調にした衣装。残念なことに上半身には九八式外套が引っ掛けてあり、下半身には同じく九八式冬号制服が履かされている。腰には弾薬盒や革帯などの装備一式、手には三十年式小銃が握られている。その姿はまるでパー○ェクトジ○ング旧日本陸軍仕様といった風体だ。
「涼やかな調べはマルチアーレ!クール・ムジカ!ってなんなのですか!この格好はっ!」
ぱっぱぱぱぱぱぱぱ、ぱぱぱぱぱー、ぱっぱぱっぱぱっぱぱっぱ、ぱぱぱぱー、ぱっぱぱっぱっぱぱっぱぱっぱぱぱぱぱぱーっ!
起床ラッパの音と文句と共にキメポーズをするせん。ちなみに起床ラッパに紛れて小さくびしぃっという効果音が流れていた。
「「大和撫子がみだりに肌を露出するとは何事ですか!」「俺は別にいいと思うんだがなぁ」「駄目だ!」「駄目だ!」「駄目だ!」「九八式は私の物です。気にせずにお使いください」」
そんなヘイタイさんの言葉を無視してせんは質問をする。
「変更できないのではなかったのですか……?」
「「「我々の総力の結晶であります!」」「引き算は出来ませんが、私たちが自分を認識している姿を貸し与えるような足し算でしたら比較的容易です。とはいってもこれでリソースはいっぱいです。しばらく変更はできません」「大和魂、見せてやったぜぇ!」」
「そんなことに容量を使わないで欲しいのです。この変更は却下なのです」
「「駄目だ!」「駄目だ!」「駄目だ!」」
「駄目じゃないのです。これは命令なのです」
無慈悲な命令がヘイタイさんに告げられた。
「「わかり、ました。命令に従います」「喇叭は?喇叭も駄目なんじゃろうか!?」」
「駄目だ!……なのです」
うつった、うつったよねと綾と成実の声がぼそぼそと響く。
「しかしわしは喇叭しか能があらん。せーが駄目となると……」
「駄目なのです」
せんは一蹴するとヘイタイさんがにわかに騒がしくなる。
「「おい!こいつ自決する気だぞ!」「やめろ!木口!手りゅう弾を放せっ!」「止めんでくれ!わしは役立たずなんじゃ……指揮官殿バンザァァアアァァァイ!」「駄目だ!「駄目だ!」「駄目だ!」「指揮官殿からも言ってやってください!」」
「あーその、なんなのです。そのラッパは容量を使わないのです?」
「はいっ!喇叭は木口が吹いておりま……って木口ぃぃぃ!待て!もう少しだけでいい!きっと指揮官殿は許してくださる!」
「……分かりました。ラッパは許可するのです」
「「やったな、木口!」「ほんまに……ほんまじゃろうか?許してくれるんじゃろうか?」「ああ!間違いなくそう言っていた!な、指揮官殿!」」
「ええ」
ヘイタイさんの勢いに押され、生返事しかできないせん。
「「やった……やったぁぁああぁぁ!」「よかったなぁ、よかったなぁ!」「指揮官殿!バンザァァァイ!」「「「バンザァァァアアァイ!バンザァアァァアアアァイ!バンザァァァァアアアァァイ!」」」」
万歳三唱を始めるヘイタイさん。
なにはともあれ、三人ともが無事に変身を終えた。すっかり蚊帳の外に追い出された綾と成実、そしてその魂の欠片であった。