プロローグ
「なかなか思い通りにならぬものだな。このような星などもう要らぬ。重力変動波!全てを無に帰すのだ!」
超銀河帝国スーパーギャラクシーインペリアルとの最終決戦。十年にも及ぶ過酷な戦い。様々なことがあった。魔法使いたちを導いてきたジャンガリアンハムスターに似た聖獣は激戦の最中に散った。安らかな、やりきったような顔で、まるで眠るような最後であった。享年三歳四ヶ月。寿命だったのだ。ハムスターにしては長生きだった。
そして戦いの終幕。重力変動波によって宇宙皇帝スペースカイザーの掌中にブラックホールが形成され、周囲の空間が吸い込まれていく。
「この世界はあなたのおもちゃじゃない!」
「僕にも嫌なこと、逃げ出したいこと……いっぱいある」
「それでもみんな希望や願いを胸に抱いて生きているのです!」
「「「それを一人の傲慢で消し去って良い訳が無いっ!みんなの力をひとつに!」」」
魔法使いたちを中心に世界の理が書き換えられる。ほとばしる光。それが収縮すると巨大な光の拳が現れる。
「喰らえ。無限の可能性。『死人に口無し』」
「まさかこの余がぁああぁぁああぁ!」
三人の魔法使いたちは思いをひとつにして、スペースカイザーを打ち破った。
「くっ……くくく……くはーっはっはっは!まさか宇宙皇帝たる余が敗北するとはな!しかしこのブラックホールが崩壊すればどうなるかな?……余の全てを重力変動波に変換してくれる!」
スペースカイザーがブラックホールに飲み込まれると、徐々にブラックホールが収縮していく。
「?小さくなっていく?もしかしてこれで終わりなんじゃ……?」
小さくなるブラックホールを見て少しの期待が胸に去来する。しかし制御する者のいなくなったブラックホールが突如、割れた。
「崩壊ではなく、割れた?ありえない。このままじゃ特異点がむき出しになる!どうなるの?」
「わかんないよ!物理の意味なんて無いんだから!」
「そんなことより修復急ぐのです!」
次元の裂け目を魔力糸で縫合していくがそれよりも早く裂け目が大きくなる。このままでは第二のビッグバンが起こり宇宙が崩壊してしまう。
「マジかー。あのおっさん最後の最後にマジかー」
「ぼやいても仕方がないのです」
「私の場合は就活しなくてもよくなったから……うそうそ。そんな目で見ないでー」
「こうなったら最後の手段しかないよね」
そう言って魔法使いたちはスペースカイザーがやった様に自らを魔力へと変換。そしてその命と引き換えに特異点を魔力で掌握、圧縮、消滅させた。
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魔法使いたちが目を覚ますとほの暗い部屋にいた。辺りを見回しても光の粒が流れるように部屋の外を飛び交うだけで何も無い。
「ここは……?」
答えなぞ期待はしていない、ただの呟きであったが、答えが返ってくる。
「ここは多限宇宙管理検閲室だ。全てを見ていたよ。ようこそ、世界を救った勇者たち。私は室長のシャルル=ニコラという」
先ほどまでいなかったはずのスーツ姿の男性が現れる。
「たげんうちゅう……?」
「多限宇宙管理検閲室。簡単に言うと全ての世界の中心だ。生きている人間がここに来るのは久しぶりだね」
言っている事の半分も理解は出来なかったが、ある言葉が引っかかった。
「生きているの?私たちは?」
自らを魔力に変換したはずだった。それが生きている。歓喜に胸が沸く。
「ああ生きているとも。ただね、残念なことに元の世界には戻れないんだ」
申し訳なさそうにシャルルは言う。
「どうしてでしょうか?」
「もっともな疑問だね。正確に言うと戻れはするのだが、君たちが魔力流……魂の状態になり特異点と融合した時点で、君たちの世界が”君たちが死んだ”と認識してしまったんだ。いや、死んだのだろうね。けれど特異点では全ての可能性が肯定される。本当に運が良かったんだ。だから君たちが元の世界に戻ったとしても世界の修復しようとする意思によって殺されてしまうだろうね」
「そんな……。だったら死んでいるのと変わらないじゃないか」
一度は死を覚悟していた魔法使いたちであったが、助かったと知らされた後のこれだ。希望から絶望へ。魔法使いたちの表情の色が落ちる。
「だが安心してほしい。君たちの世界でなければ問題はないのだ。問題はないのだが……」
言いよどむシャルル。しばし沈黙が場を支配する。
「多限世界条約によって無闇な次元移行は禁止されているのだよ。向こうから請われて移動するに限られているのだ」
「俗に言う異世界召喚に限定されているということでしょうか。トンネルを抜けたり、東京タワーで光に包まれたりする?」
「トンネルを抜けるのは違うが、概ねその通りだ。してどうかね?請われるということはその世界は何らかの問題を抱えていて、その解決策を模索しなければならないということだ。君たちが望めば優先するが?無論このままここに留まるもよし、死を選ぶもよしだが」
三人はしばし話し合い、結論へと至った。
「異世界で生きていきます。僕たちは生きたい」
「ただ条件があります。弟と結婚できる異世界に行きたい」
「……は?はぁ!?お姉ちゃん何言ってんの?バカなの?死ぬの?」
「私は死なないわ。異世界で姉弟で生きるもの」
「ねーねは相変わらずなのです。でも、にーににぶっちゃけちゃって良かったんです?」
「問題ないわ。確かに日本ではアブノーマルだったかもしれないわね。でも二親等で婚姻が許されているということはその世界では至ってノーマルってことでしょ?」
「これだから学生時代戦いしかしてなかったバカは困る!常識!常識って大切!」
「勉強は出来るわよ?一応私、国立大だし。それに今までの常識が覆るってさっき言ったでしょ?」
「にーにも大概戦いしかしてなかったですけどね」
ギャーギャーと喚く救世の勇者たち。助かる、生きられるとわかった途端に現金である。見かねてシャルルが咳払いをひとつ。話し始めた。
「こほん。まあその、なんだね。特異点の露出に関しては多限宇宙管理検閲室の不手際だと言っていい。まさかあのような状況になるとは思っていなかったからね。ブラックホールの崩壊、あの世界が一になるだけだと思っていたのだから」
「だけってそんな!」
怒気をあらわにする。
「それも世界のひとつの選択だよ。我々にその意思を否定することも介入することも出来ない。それはそれとして、そんなわけで必要最低限の要望は聞こうじゃないか。異世界航行は次元の歪みが発生してしまうため、あまりに多くは聞けないが。そうだな。一人ひとつぐらいが限度か……」
「なら私はさっきも言った通り二親等でも婚約が出来る世界に行かせて欲しいわ」
食い気味に自分の要望を言う長女。先ほどのピリピリとした雰囲気が雲散霧消し、今度は間の抜けた脱力感のような雰囲気に変わる。けれど先ほどの雰囲気のままでは建設的な話し合いは出来なかっただろう。
「では私はこの三人、全員での異世界移動を望むのです」
それを察してか三女も要望を答える。その内容にグッジョブ!と長女の声がする。
「僕は……ええと」
口ごもるのは先ほどシャルルに食って掛かった長男だ。
「もっと男らしい容姿に……」
「「却下」」
長男の要望はすげなく姉妹に却下される。
「なんで僕の時だけ!?冗談みたいな自分の好きな事言っていい雰囲気だったよね!?」
「あら?冗談だったの?」
「いや、割と本気だけど」
「さっき私のことバカって言ったわよね?どっちがバカなのよ。それに私が愛しているのは今のあなたよ。もちろん容姿が変わっても変わらず愛せる自信はあるのだけれどね」
「にーにはもっと自分に自信を持つのです。学校でもモテモテだって聞きました。……ねーねはなにどさくさに紛れてにーにのことを"あなた"とか言ってやがりますか。もう結婚したつもりでいやがるのです?」
「僕の学校は男子校だよ!いやだよ、もう着替えのときにちらちら見られたりするのは!お姉ちゃんはさらりと恥ずかしいこと言わないで!」
「もう自重しなくても良いのだもの。であるならば私は常にフルスロットルよ。全力全開でぶっ飛ぶわ」
「そのまま変態の世界に飛んでいけばいいのです。先ほどの要望を変えて『三人で』ではなく『にーにと二人で』にするのです」
「ごめんなさい!自重します!」
再度あーだこーだ言い始める姉弟。結論が出たのか長男が一歩前へと出る。
「僕たちの身を守れる異能を下さい。変身パクト壊れてしまっていたので」
うむ、わかった……と魔法使いたちのやり取りに若干引き気味になっているシャルルが相槌を打つ。
「うむ。先の二人の要望は今すぐというわけには行かないな。先に君の要望を叶えよう」
そう言って色違いの宝石を差し出すシャルル。魔法使いはそれを手にとり質問をする。
「これは?」
「魂の欠片だ。君たちの言っていた変身パクトと似たようなものだ。変身の文言、衣装はそのままのはずだ。詳しくは彼らに聞いてくれたまえ。副次効果で異世界の言葉、文字を喋る、読む、書くことが出来るようになっている。手放さずにいてくれ」
「うげっ。私もう大学生なんだけどなぁ。きっついわ……。精神的にも服のサイズ的にも」
「僕なんか性別から間違ってるよ」
「私は今のところさしたる問題はないのですが、ねーねを見ているとあの衣装は無いと思います。変更を希望するのです」
一言余計なのよ、と三女の頭をこずく長女。反応するところが少しばかりズレているように思う。
「とは言ってもね、それが君たちの異能、魂の形なのだよ。いまさら変更は出来ないんだ」
苦笑と共に説明するシャルル。
「フリッフリのいかにも男に媚びている服装が……」
「僕たちの魂の形……」
姉兄の落ち込む姿を見て三女はあっけらかんと言い放つ。
「ねーねはキツイですが、見ようによっては十八禁美少女ゲームのヒロインみたいですし、にーには女の子にしか見えない容姿。ピッタリなのです」
ピキッと何かが割れる音がした……気がする。
「あなたもあと五年と経たない内にこうなるわよ?覚悟しておくことね!」
そう言って妹にチョークスリーパーをかます長女。長男といえば
「僕は男だ。どこからどう見ても……」
一人、絶望の淵へと沈んでいた。
「あっあらええてういんえーるおあえあらいいのふ(だったらせめてツインテールを止めればいいのです)」
チョークスリーパーを極められながらもツッコミを入れる三女。
「似合ってるじゃない!大丈夫、可愛いわよ。元気出して、ね?」
姉のフォローが長男の心に刺さる。
「もう!何がいけないって言うの!?」
「性別ですかね」
「……。」
もうぐぅの音も出ない長男。うな垂れるというよりも、サイ○イマンにやられた○ムチのようだ。もうやめて!長男のライフはゼロよ!
「で、では異世界からの要請があったらまた来よう。それまでは申し訳ないが君たちはここにいていれ。それではな」
そそくさと帰る多限宇宙管理検閲室室長。彼(女)らはそれを見送ると、これからのことに思いをはせる。
地球では辛い戦いの毎日だった。別の世界に行けば少しは平和な、楽しい日々を送れるのだろうか。それとも地球に居た頃よりもさらに険しい道のりなのだろうか。
けれどどんなことがあってもきっと大丈夫。乗り越えていける。魔法使いたちの間には『家族』という繋がり以外にも強い絆があるのだから。そう、愛情である。少なくとも長女はたった一つしか出来ない願いを愛のために使った。『弟と結婚出来る世界に行きたい』。……愛情ではなく、情欲かもしれない。
ただひとつ言える事は、日本では為し得なかったであろう事に、一筋の光が差したということだけだ。それだけでも未来に希望が持てる。
「……。………。」
長男以外は。