prolog
――雨が降っていた。
降り頻る冷たい滴は身体を伝い、浸透する。
灰色に染まった空を見上げ、佇む。
冷たい水が、頬を伝う。
それが雨なのか、涙なのか、自分にも分からない。
ただ、涙を隠すには、丁度良い。そんな雨だった。
「何を泣いているんだ?」
ふと、背後から声を掛けられる。
長く、切り揃えられた黒い髪、右目には黒い眼帯を付けた、小さな少女。
姿こそは少女そのものだが、身に纏う雰囲気は少女のそれでは無い。
「…泣いてなど、いない」
俺は答える。
…自分でも、答えは不透明なままだが。
「ふむ…お前がそう言うのならば、そう信じるしかあるまい」
少女はそう言い、空を眺めた。
青空見えぬ、暗い空を。
「…まだ降るな、この雨は」
「……」
「…まるで、お前の心だな」
「…何が言いたい」
「いいや、何も言わんよ」
少女は面妖な笑みを浮かべつつ、俺に近寄った。
「それより仕事だ。ここから北西にある線路に向かえ。貨物列車が通過する、それに乗れ」
「…積み荷は?」
「薬だ。裏社会の資金源のな」
「…仕事の内容は?」
「積み荷を消せ。障害があるならそれごとだ」
「…了解した」
俺は踵を返し、北西に向かって歩き出す。
「期待しているぞ…ブロッサム・ナイト?」
その言葉に返事を返さず、俺は雨の中駆けていた。
※
およそ五分後、線路に到着した。
「ここ…か」
俺は背に背負う大剣の柄を掴み、線路の上で待機する。
…やがて、線路から振動が伝わる。
「…あれか」
大剣を手に、列車に向かって走り出す。
列車の方は俺に気付いたのか、急ブレーキを掛けた様だ。
同時に、短機関銃を持った男達が窓から身体を出す。
「……はっ!」
高く飛び上がり、列車の屋根に着地する。
「な、何だあいつは!?」
男達は列車に飛び乗った俺を見て驚きを隠せないでいた。
普通の人間なら、走る列車の正面から列車の屋根に飛び乗るなんて事はまず不可能だ。
「待て、あいつまさか、『教会』の…!?」
どうやら、俺を知っている奴もいるそうだ。
「クソッ、教会だろうが何だろうが、俺達の邪魔するんじゃねぇ!」
男の一人が俺に短機関銃を発砲してきた。
「――!」
発射された弾丸を躱しつつ、俺は一気に男の懐にまで飛び込んだ。
「――消えろ」
そのまま、手に持つ大剣で男を斬り伏せた。
「は、速い…!それに、あの身のこなし…」
「おい、まさかあいつ…ブロッサム・ナイト…!?」
「ま、間違いない…あの銀髪と大剣、ブロッサム・ナイトだ!」
男達は戦慄しつつも、再び俺に短機関銃の照準を合わせた。
「ひ、怯むな!相手はガキなんだぞ!それに数では俺達が有利だ!」
「…そうか」
俺は大剣を構え、男達の元に一気に近付き…
「――And Then There Were None(そして、誰もいなくなった)」
そう呟きつつ、大剣を背に収める。
刹那――複数の男達は身体の各部が分断されながら床に伏した。
「あ…がぁぁ……!」
一人、男が生き残っていた。
どうやら片腕と片足を斬られただけで済んだ様だ。
「…恨みは無い。だが、これも仕事だ」
「ば、バケモノ…めぇ……!」
「…列車と共に消えろ」
そう言い残し、俺は運転席に近付いた。
「ひ、ひいぃぃぃ…!」
「抵抗するならお前も殺す。しないなら命だけは助けてやる」
「抵抗しません!しませんから命だけは…!」
男を掴み、そのまま窓から投げ捨てた。
投げ捨てられた男は湖に落ちる。
「…湖、か」
俺は貨物コンテナの上に乗り、辺りを見渡す。
辺りには湖が広がっていた。
「…はあっ!」
俺はコンテナから飛び降り、同時に車輪を大剣で破壊した。
次の瞬間、貨物列車はバランスを崩し、やがて脱輪して湖へと落ちた。
※
列車を湖に落とし、自分も湖に飛び込んだ後、泳いで浜辺まで辿り着いた。
…ここの湖は深い。湖底深くまで沈めば発見される事はそうそう無いだろう。
「……止んだ、か」
いつの間にか、雨は止んでいた。
灰色の空から、一筋の光が差し込んでいた。
「……俺は…」
一筋の光を眺めしばし、佇む。
…何かが欠けている。
俺には、何かが足りない。
でも…それは俺には分からない。
「…何を、求めている…?」
ただ、自問を繰り返す。
だが、答えには未だ辿り着かない。
…戦い続ければ、いずれ、その答えに辿り着けるかも知れない。
だから…俺は戦い続ける。
欠けた『何か』を見つけるまで。




