第九十七話 殻の盾
群勢の先頭は坂を登り切ろうとしている。それに先じて、アカシは盾を並べる戦士たちの上から後列の戦士に長槍を突き出させる。ここまでの進撃で疲れているであろう長き殻どもを、再び坂の下に突き落としてやるのだ。
「構えよ」
合図を出し、巨大なクルマ族を待ち受ける。だが、そこでクルマ族たちは、アカシの思惑から外れた行動をとった。
前面に掲げていた殻の銛避けを、戦士たちの列に向けて投げつけたのだ。
長き殻どもの恐ろしさの一つが、その力の強さだ。ただの殻であっても、クルマ族の持つ力で放られては、堪らない。
回りながら水中を飛ぶ殻が、盾の列に次々ぶつかる。列は、墨が広がるがごとくに崩れてゆく。
ただ銛を避けるだけでなく、こうして使うのも狙いか。
思惑を越えたクルマ族の戦い方に驚いたアカシであったが、すぐに気を取り直した。
声を張り上げ、何とか列を保持させようと指示を飛ばす。だが、クルマ族の先頭が坂を越えたのが早かった。
積み上げられた大岩にクルマ族がその多数の脚で取り付く。
槍が突き出される。だが、その穂先は揃っていない。隙間を縫ってクルマ族が、脚を、そして顎を戦士たちの列に突っ込んだ。
脚や顎にかかった戦士たちが引きずり出される。水中を舞うようにして引っ張り上げられ、それから殻持つものどもの列の中へと消えていく。
戦列は、崩壊しつつあった。
アカシも水中を跳び、槍を突き出す。アカシの槍は五本持ちの赤珊瑚だ。他の戦士たちとは比べ物にならないアカシの力で振るわれたそれは、クルマ族の頭部をも貫き通す。
列の間を縫ってくる頭部を見つけては、アカシは槍を突き込み、押し返す。後ろからは、的確な投げ銛の投射が、銛避けを捨てたクルマ族たちを穿っている。
だが、盾の列は次々と倒れ、今や穴だらけとなっている。坂からは、後方のクルマ族たちが続けて襲い来る。
ここまでか。
散開し、三頭ひと組の戦い方に移るべく指示を出そうとした、そのときだ。
「列を開けよ」
割れたような野太い声が響く。
クルマ族よりも更なる巨体を持つズワイ族の鋏客、シメノ=ゾウスイが、後ろにタラバ族の若者カニカマを従え、列の前に出た。
一頭のクルマ族が脚と顎を向け、その巨体に喰いかかる。
ゾウスイはやや身体を低くすると、アカシがようやく見えたほどの速さで刀を抜きざま、目の前の敵に叩きつけた。
頭部と胴を切り離された一頭のクルマ族が、坂を転がり落ちていった。




