第九十六話 陥穽
群れのうちの何頭かが、蹲るのがわかった。
集落前の坂はなだらかなもので、登るのにさほど苦労するものではない。もちろん多少なりとも突進力は鈍るであろうが、その程度のものだ。
そう、何もなければ、だ。
アカシは前もって、その坂には罠を仕掛けていた。岩と砂が半ば入り混じるその道には、小さな貝や殻、珊瑚の破片を数多くばらまき、埋め込んである。それは、身体の軽いマ族やミズ族にとってはさほど危ういものではないが、腹を地につけて蠢く長き殻どもにとっては違う。
クルマ族、そしてクロトラ族もだが、彼らが誇る甲殻のうちでも、動く箇所の多い腹側の甲殻は、他の部分に比べてかなり脆い。前の戦で、彼らの弱みがその腹の部分にあることに、アカシは気付いていた。彼らのどれもが腹の部分を守って戦っていることを、アカシは見逃さなかったのだ。
機敏に動かすことのできる部分は脆く、弱い。これはタラバ族も同様である。そこを突くべきだと、アカシは考えた。
銛避けを携えたことが、仇となったな。
タラバ族の甲殻を抱えたクルマ族は、常よりも重みが増している。そのことが深く、彼らの腹部を傷つけたようであった。
だがそれでも。動きを鈍らせながらも、クルマ族は登って来る。
アカシは槍の石突きで地を突いた。
坂の半ばで、叫びが上がる。クルマ族のものと思しき体液が水中を染める。
坂に埋めていたのは破片ばかりではない。砂の中に潜んでいたマ族の戦士たちが、一斉に銛を突き出したのだ。それらはクルマ族の柔らかな腹部を、次々と貫いた。
「戻れ」
アカシの合図と同時に、埋伏していた戦士たちが水を泳ぐ。怒りにとらわれたクルマ族が頭と脚を振り回す。一頭の触手が顎に捕まり、群れに引きずり込まれた。
戦士たちが水中を泳ぎ、戻ってくる。その後をクルマ族が追う。堪りかねたのか、一頭が群れより跳び上がった。
他のものより倍の長さのある銛が、飛んだ。
それは過たず、見せた腹を貫き、地に落とす。タコワサの放った一投だった。
怒れ。焦れ。群れを崩せ。
敵の群勢を分断し、削る。それがアカシの、マ族の戦い方だ。
群れを成させず、突進を許さない。それができれば、タラバ族と戦うのとさほど変わらぬ。それがアカシの導いた答えだ。
敵の先陣は、諦めることなく集落へと近づいている。だが。
八体満足に動いているクルマ族は、半数まで減じていた。




