第九十三話 甲
「つけてみておくれ」
ゴマミソアエの催促を受けて、甲を身につけはじめる。触手にとって、その軽さと柔らかさに驚く。だがそれが槍を容易くは通さぬ堅さを持っているのは、アカシも知ってのとおりだ。
後ろから嵌め込むようにして胴に纏う。やや小さめにつくられているそれは伸縮して、隙間なく胴に張り付く。次いで円環につくられた八つの甲を、触手の根元に一つずつ嵌めていった。
アカシの赤い体表を、黒い縞の入ったクロトラ族の甲殻が覆った。
軽く触手を動かしてみる。貝や珊瑚でつくられたものに比べ、圧倒的に軽く、身体の動きを阻害しない。表面はすべらかで、これまでマ族の戦士が身に着けていたものとはまったく違っている。
「これはよいものだ。感謝する、ゴマミソアエ」
「この戦で敵をたくさん狩れれば、小頭たちにもゆき渡らせられる。その次は、戦士たちだね」
ゴマミソアエが笑って言う。彼女たちも戦っているのだ、という思いが、身に付けた甲から体表のうちに染みていく。
ゴマミソアエに槍を突き出す。ゴマミソアエは槍を持っていない。だが触手の一本から下げていた珊瑚の槌を持ちなおすと、それで槍の穂先と打ち合わせた。
黒の具足を纏ったアカシが、再び戦士たちの前に立つ。マ族がいる。ミズ族がいる。タラバ族が、ズワイ族がいて、遠き地より来たワモン族と、棘持つものどももいる。この場にはいないが、ケンサキ族と、そしてメン族も、この群れをつくり出した功労者たちだ。
ふと、視界の端に留ったものがある。集落の隅にうずくまっている、イワツノ族のツボヤキだ。
ツボヤキは、少し前のうねりから、満足に動けなくなっていた。おそらく、砂に帰るときが近づいているのだろう。他のイワツノ族は皆去っていったが、あの老頭だけは、マ族の集落に残っていた。
そうだな。お主もいるのであったな。
戦うことはできぬだろう。最早、何の役に立つこともできぬだろう。だが、それでも仲間だ。アカシには、そう思えた。
これだけのものが、集ったのだ。
勝てるかどうかはわからぬ。だが最後の最後まで、アカシは手掻いてみるつもりであった。
「長き殻どもの群勢がこの集落に向かっている。その数は、我ら以上だ。やつらは強い。我らにとって、厳しい戦になるだろう」
息を継ぎ、さらに大きく声を張り上げる。
「だがここを抜かれては、我らに先の巡りはない。マ族だけではない。今ここにいる、すべての種族にとってだ。すべてのものの甲となれ。戦え、同胞たちよ」
槍を高く突き上げる。同じく掲げられた武器と声が、波となり、渦となって返ってきた。




