第九十二話 戦の前
集落に帰りついたアカシは長老に顛末を報告すると、すぐさま戦士たちの配備にかかった。
僅かにマ族の集落へ戻ってきていた族民たちを、再びミズ族の集落へ移動させる。それから戦士たちを北側に集めて、それぞれの配置につかせた。
前回の戦場となった北壁の切れ目には、あらかじめ用意していたいくつかの大岩を転がし、突進を阻害するように仕向ける。北壁の上には、左右二頭ずつの僅かな戦士だけを配した。これは、生き残れる公算が少ない死兵である。前の戦でも大銛を扱った戦士たちの中から志願した四頭を選んだ。タコワサも志願したが、これはアカシが退けた。タコワサには、別の役目を負ってもらわねばならない。
整然と並んだ戦士たちが、アカシの命を待っている。その後方には、大きな殻持つものの姿、タラバ族の若者カニカマと、ズワイ族の鋏客シメノ=ゾウスイの姿もある。
カニカマは長く太い棒を担いでいる。その先端が、鋭く研がれていた。ケンサキ族の匠頭、シオカラが研いだのだ。あの奇妙な二頭とカニカマは、すぐに仲良くなったようであった。
目につくのは、それだけではない。
さらにその後方。殻と壺と珊瑚を組み上げてつくられた高台の上に、なぜかミズ族のオドリグイがいる。
オドリグイは色とりどりの海藻と、大魚の歯、珊瑚を纏っている。舞で、戦士たちを鼓舞するというのだ。そして確かに、オドリグイの姿がそこにあることで、戦士たちは皆いつも以上の力を発揮するのである。それこそが、彼女が随一の舞い手と呼ばれる所以なのであろう。
そしてその左右には、同じく舞い装束を纏ったマリネとナムルが侍っている。どれほど言葉を尽くしても、この二頭はミズ族の集落へ引き籠ろうとはしなかった。
三頭の舞い手を守るように佇んでいるのは、二頭の棘持つものどもだ。相変わらず、何を考えているのかはわからない。だが、きっと守ってくれるだろう。それだけは、疑いないように思えた。
ミズ族集落の守りは、アヒージョとジェノベーゼに任せた。旅を経て力を増したあの二頭なら、様々な問題にも対応してくれるだろう。ジェノベーゼは特に、シオカラを守るためなら何だってするはずだ。
全群に第一声を発そうと、水を吸い込んだときだ。集落から一頭が急ぎ泳ぎ出で来る。匠頭の、ゴマミソアエだ。
「こいつが、ようやく完成したんだ」
アカシの傍らまでやって来ると、海藻の包みを手渡した。
開いてみると、黒い縞の入った甲殻で組まれた甲が出てきた。アカシが討伐したクロトラ族の殻でつくったものだ。




